プロフィールの森


作者へのQ&A:希望喪失から希望創出へ

6.14/03

Q:ゼロ代(10歳まで)で一番思い出に残っていること。

A:社会科の勉強をしたとき、自分が封建時代に生れなくて本当によかったと思ったこと(なぜなら、一生、報われない人生を強いられたにちがいないから)。

Q:10代で一番思い出に残っていること。

A:高校と大学への受験勉強に対する呪い

Q:20代で一番思い出に残っていること。

A:司法試験の受験勉強。

Q:30代で一番思い出に残っていること。
A:子育て。

Q:最もショックだった出来事

A:1989年6月、中国国家が市民を虐殺した「天安門事件」。
  1998年8月、雑誌「群像」に連載された柄谷行人の「トランスクリティーク」最終章を読んだとき。
  2003年3月、アメリカ国家がイラクを侵略した事件。

Q:その結果、どうなったか。

A:「天安門事件」のあと、柄谷行人しか読むに値するものはなかった。
  「トランスクリティーク」最終章を読み、柄谷行人と連絡を取るしかないと思った。
  今回の米国のイラク侵略のあと、チョムスキーしか読むに値するものはなかった。英語をやるしかないと思った。

Q:最も尊敬する人物。

A:柄谷行人とノーム・チョムスキー

Q:最も興味を引かれる人物

A:奥崎健三(「ゆきゆきて神軍」の主人公)とエドワード・サイード、そして自分のオヤジ(→彼のHP)。

Q:好きな文芸作品

A:10代半ばから小林秀雄(ランボーからドストエフスキー)。
  20代半ばから埴谷雄高(ドストエフスキーからカント)。
  30代半ばから柄谷行人(カントからマルクス)。
Q:好きな映画

   A:かつて、洋画はタルコフスキー。邦画は原一男の「ゆきゆきて神軍」
     今は、イラン映画「酔っ払った馬の時間」からデカプリオの「ギルバート・グレイプ」まで、雑多。

Q:嫌いなもの

   A:
車、テレビ。

Q:好きなこと

   A:現実と向かい合いながら、創造的なことに取り組むこと。

Q:嫌いなこと

   A:
車に乗ること、テレビを観ること。創造的なことと無縁な時間をすごすこと。

Q:好きな言葉。

A:「自分自身の道を歩む勇気を持て----間違えたり、失敗する危険をおかして。間違いと失敗は、共に人生で最も価値あることです。」(ミヒャエル・エンデ)
Q:最後に。
A:振り返ってみると、大学受験勉強を開始した9歳から30代半ばまで、殆ど「引きこもり」人間でした。
  しかし、それには訳があったのです、私個人の問題には解消されない社会的な。
  そのことをきちんと考えさせてくれる力と勇気を与えてくれた人たちの作品や映画をずっと読み続けてきて、今に至ったという気がしています、 long and winding road を歩きながら 。
  いわば、長い希望喪失の時代を経て、希望創出の時代に行こうとしています。
  その意味で、やっと今自分の青春が訪れたという気分です。それを可能にしてくれた思想家・芸術家たちと無名の市民の人たちの激励に心から感謝しています。

2001.11.12

(注:但し、リンクは一部準備中)

1951.9.21 0歳 新潟3区で出生。「貧乏ぼっちゃん」として育てられる。

 53.2   1歳 吹雪の中、迷子になる(第1回目)。

 58.    6歳 横断歩道で自動車に引かれる(第1回目)。

 59.4     小学校入学後、喋りすぎると教師から口にばんそうこうを貼られる。
 60.    9歳 校庭でブランコに激突、目の脇を縫う(第1回目)。
         クラスの女子から1+1=1であることを教わり、それまで自信満
         々だった算数に一挙に自信を失う。
          T大をめざして受験勉強を開始する。以後、29歳まで永続的受験生
         としての生活を送る。
         4年生から、試験慣れするためにそろばん塾に通う。

 61.   10歳 悲惨なT大受験生日記を読み、以来不眠症始まる。

 62.   11歳 この頃、「路傍の石」を耽読する。

 63.5   12歳 修学旅行で担任に将棋で敗れ、以後、将棋を辞める。
    6      体力作りのために軟式野球部に入部するが、ボールが目を直撃、
          危うく失明(第2回目)。

 64.4  13歳 中学入学後、学業を自己点検するための日記をつけ始める。
          中学3年間、毎年失恋する。

 67.4  16歳 優秀なる成績で高校入学するも、直ちにノイローゼに陥る。
          辛うじて最悪の事態を免れるものの、以後さっぱり勉強しなくな
          る。
          高校3年間、小林秀雄、ロシア文学など雑読にふける。

 68.   17歳 この頃、チェーホフの卒業したモスクワ大学医学部進学を夢見る。

 69.12  18歳 教師と対立(未遂事件)。辛うじて退学を免れるが、最悪の成績で高
          校卒業。

 71.4   19歳 大学入学するが、1週間で授業に見切りをつける。以後、部屋に
          閉じこもる。
    7      病気寸前のところ、裁判所で或るおばさんに拾われ、以後、足立
          区鹿浜の都営団地に出入りする。
          大学3年間、足立区と川崎市の土手で子供たちと遊ぶ。

 73.9   22歳 知り合いの連中から「簡単だから、一緒にやろう」と騙され、司
          法試験の道にはまる。
   10      初めて書いた答案を合格者から「こんな答案は見たことがない」と
          酷評を受ける。
          以後、20代を毎年、不合格で過ごす。

 77.8   26歳 万年受験生たちと海岸で初めて「ペッパー警部」を踊って、はか
          らずも感激する。

 79.8   27歳 結婚(髪結い亭主)。
       28歳 この頃、漫画「おれは鉄兵」「おれは直角」を読み、 タガが外れ
          るような衝撃を受ける。
    12     たまたまパブロ・カザロスの演奏と人生を知り、驚愕する。

 80.2       長男出生。
    10  29歳 ラストチャンスの司法試験で辛うじてピリオドを打つ。憤り冷め
          やらず。生まれて初めてクラシックレコード(バッハ「無伴奏チ
         ェロ組曲」)を買う。

 81.1     湯川秀樹の「妄想」論に出会い、感銘。
    4     司法研修所の修習生生活始まるが、至るところで異和感を覚える。
    6     出勤途上で、自動車にはねられる(第2回目)。
    9  30歳 初めての手作りオーディオでグルダのモーツアルト「ピアノ協奏
         曲20番」(ライブ)を聴き、圧倒される。以後数年間、クラシック狂
         の生活にはまる。

 82.6     久々に見た映画「泥の河」に目が覚める思いがする。
    7     久々に読んだ埴谷雄高の中から「魂の渇望」論に出会う。裁判官志望を撤回
         たまたま見たドラマ「事件」に衝撃を受ける。ケーシー高峰・松田
         優作という役者を知る。
         この頃、白昼から歴程の会や芝居にはまり、「霧隠才蔵」と名付け
         られる。
   9  31歳 最も法律家らしくないと思えたベンゴシ大野正男氏の事務所入所を
         希望したが、逆に「家裁の裁判官になったらどうか」と勧められ、
         不採用。
   11     司法研修所の後期修習始まる。連日の試験漬けにノイローゼに陥る。

 83.4     辛うじて修習生生活を終了。
         東京一ケッタイな事務所を希望し、何とか推薦してもらった文京区の
         ケンタッキーフライドチキンの2階にある某法律事務所に就職、身を寄せる。
         最初の刑事裁判、裁判所から被告人と間違われる。
         最初の少年事件、裁判所から少年と間違われる。
    6     少年事件に打ち込みすぎで、おたふく風邪こじらせ入院。
         退院後、三四郎の池で時間を潰す毎日をおくるか、薬師丸ひろ子の
         写真集を買い漁る。

 84.8     テレビ番組「核戦争後の地球」に勇気づけられる。
         テレビ出演中の大岡昇平が、突然号泣したのを目撃する。
   11 33歳 弁護士会にドラマ「事件」の監修担当を申し出たが、脚本の早坂
         暁氏が続編を書かないため、実現せず。
         仕事に出かける元気を得るため、この頃から毎朝、マーラーの交響曲
         4番を聞く。
   12     遠山啓の「無限と連続」を読み、「カントールの無限集合」に目から
         うろこが落ちる。

 85.6     業界の遺書のつもりで「ダバ」を書く。snap
    8     業界から足を洗う決意を固める。
   12  34歳 偶然、大河ドラマ「春の波涛」の著作権裁判にかかわる(最初の
         著作権の仕事)。

 86.6     小1の息子と映画「蒲田行進曲」に感激する。
    8     著作権勉強会を始める。

 87.1  35歳 森敦・柄谷行人から、数学に「ゲーデルの不完全性定理」なるもの
         があるのを知り、驚愕する。
         この頃、黒澤明の自伝「蝦蟇の油」を読み、弁当を投げつけるシー
         ンにいたく感激し、以来、黒澤明のイメージが一変する。

 88.1  36歳 ふたりの友人が次々と過労死で逝去。
 88.3      独立し、アキラ法律事務所を開く。
   4      シナリオ講座に通う(第1回目)。松田優作を主人公にした脚本
         を書く。
   ?     或る夜、ふと「数学をやるしかない」と思い知らされる。
   11  37歳 「ハッカーズ」に出会い、回心する。

 89.1     NECのパソコン88と出会い、一瞬たりともそばを離れられなくな
         る。
   6     天安門事件の報に接し、頭がおかしくなる。

   11    シナリオ講座に通う(第2回目)。専任講師の石堂淑朗氏の話に感銘
         受ける。2回目の脚本を書く。

 90.2  38歳 著作権の関する論文を世に問うが、反応なし。業界に見切りをつける。
   8      花巻の賢治記念館で衝撃を受ける。

 91.9  40歳 自立し、アキラ法律事務所を閉める。
         京都の森毅に押しかけ内弟子を申し込むが、断られる。
         以後、数学のニセ学生として、京都の山口昌哉氏と交流し、東京の
         甘利俊一ゼミに出入りする。
   11     この頃から、しょっちゅう正体不明の発熱で床に伏す。

 92.8     数学・物理の勉強に行き詰まり、インドに行く(初の海外旅行)。

 93.5  41歳 小森陽一氏と知り合い、翌年秋から、彼のゼミに出入りする。

 94.7  42歳 この月、関わってきた著作権事件(大河ドラマ「春の波涛」事件、
         漫画「タイガーマスク」無断続編事件、ディズニー映画「101匹ワンチャン」並行輸入事件)
         の判決が全て出そろう。
    8     ニッポンに見切りをつけ、仕事を探すために訪米
   11  43歳 加藤直之氏と知り合い、パソコンを再開し、パソコン通信を始める。

 95.2     映画「ゆきゆきて神軍」に衝撃を受ける。
    3     初めての小説「恐怖」を書く。
    4     柄谷行人ゼミに出入りする。
    9  44歳 「自由の森」学園で生徒たちと自主講座を開き、柄谷行人、浅田彰
         、小森陽一、ちばてつやの諸氏を呼ぶ。

 96.1     著作権の仕事を再開
    5     松井正道氏、逝去。
    8     バリに旅し、賢治のイーハトーブを初めて見た思いがする。snap
   10  45歳 ホームページを開設(感激の瞬間)

 97.1     バーチャルな生存様式を生きた従兄弟の事故死を契機に、バーチャルな様式に
         しか思えなくなったホームページを喪に服する(閉店)。
    5     フジモリによるペルーの平和回復を契機に、ホームページ再開。人権侵害の森
        を新設。
    6    集団暴力事件と集団退学事件を機に、自由の森学園の死を確認。
     46歳 

 98
    9 47歳 ホームページの休業へ(〜01.11)

   11   「壁の世紀」事件の一審判決出る。

 99.4   「ときめきメモリアル」無断改変事件の高裁判決出る(逆転判決)。
    5   2ヶ月間缶詰で、「北の波涛」事件の上告理由書を作成。
        この間、今村昌平、原一男、吉永春子、橋本佳子各氏へのインタビューにいそしむ。
    7   NTT横須賀研究所への見学が講演会に化け、リンゴ村出身の曽根原登氏に出会う。
        彼のネット配信に賭ける夢に、賭ける気になる。
    8   群像連載の柄谷行人「トランスクリティーク」最終章を読み、驚愕。
        柄谷氏に、連絡を取ろうとするが、行方知れず。
        「ときめきメモリアル」アダルトビデオ制作事件の一審判決出る。
    9   「新橋玉木屋」事件の一審判決出る。
     48歳 この頃から、コンテンツのネット配信のインフラ整備の標準化をめざすcIDf
       (コンテンツIDフォーラム)に参加。
   10   インディーズ系のアーティストが数多く参加するMAA(マルチメディア・アーティスト・
        アソシエーション)に参加。ここで、坂本龍一氏、松武秀樹氏らと知り合う。
   11   4年ぶりに、柄谷氏と再会。

 00.2   文芸家協会主催のシンポ「「活字のたそがれか? ネットワーク時代の言論と公共性」に出席。
    3   NYに30日滞在。コロンビア大学の柄谷ゼミに出席。
        ポール・アンドラ、インドラ・リービ、高祖岩三郎各氏ら多くの人と知り合う。
    5    雑誌「批評空間」の編集者内藤裕治氏と会い、批評空間社の設立に向けて検討開始。


     49歳 

 01. 2   批評空間社の設立手続が完了。
    3   NYに40日滞在。コロンビア大学の柄谷ゼミに出席。
    4   ハリウッドでのcIDfの国際シンポジウムでスピーチ
    6   翻案権に関する初の最高裁の(逆転破棄自判)判決出る(「北の波涛」事件)。
      50歳 
    10   K氏、5年ぶりに禁煙へ。
    11   ホームページ再開。



ギネスブック関係
1、受験勉強の元最長年数記録保持者(1951年生まれとして)
2、法廷における笑いの最大記録保持者


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