アキラの独立

----シナリオ習作1作目----

1988.08.06



東京近郊(朝)
 夜明けの光景。
 虫の音。
 朝日が、まだ眠りについている街を照らし始める。

影山家・寝室(朝)
 明(34)とその家族三人、所狭しとばかりに寝ている。
 太郎(6)、廊下に頭が飛び出し、桃子(4)、妻純子(32)の尻に頭をつけて逆さまになっている。
 時を告げる鶏の声。
 明、目を覚ます。ついで、子供を起こしにかかる。

同・物干し場(朝)
  二階の屋根の上に、あきらかに手作りとわかる物干し場がしつらえてある。
 近くの国道から、トラックなどのけたたましい騒音。
 物干し場の端に取りつけられた竹竿の先に
 宇宙船モモ・タロウ号
 と横書きされた白い旗がなびいている。
 明、半袖シャツとステテコ姿で朝日を凝視している。
 太郎、わきで双眼鏡をのぞいている。
 桃子、そのわきで、紙を丸めて作った望遠鏡をのぞいている。
太郎「前方異常なし!」
桃子「前方異常なし!」
明「出発進行!」

同・寝室(朝)
 明、太郎、桃子、蒲団をあげている。
 階下からトントンまな板を叩く音。

同・階段(朝)
 明、洗濯ものをかかえ降りてくると、洗濯機につめる。
 太郎と桃子、そのわきで、鼻歌混じりにぞうきんがけをしている。

同・表(朝)
 明、太郎、桃子、めいめい大中小のゴミ袋を運んでいる。
 太郎、ゴミ集配場に捨てられているテレビを発見し、大喜びする。
 太郎、明に助けられ、テレビを担いでくる。
 桃子、後ろから、卓上アンテナを担いでくる。

同・居間(朝)
 家族四人、炬燵の台を食卓がわりにして、賑やかに朝食をとっている。
明「(純子に)…だからさ、今度の日曜日には、絶対山登りに行こうよ」
純子「はいはい、モモが登れるところに行きましょう」
太郎「(間髪を入れず、純子に)ね、とおちゃん、昨日ね、ぼくたち、運動会の練習したんだ。そいでさ、かけっこやったら、ぼくのズボンがやぶけちゃったの。さて、ぼくは何着だったでしょう?」
桃子「一着!」
太郎「ブッブッブー。残念でした。正解、ぼくはビリでした」
純子「なんで?」
太郎「そりゃあ、ズボンがビリビリ破けたからさ。そいでさ、今日、チーム・リーダー決めるんだ…」
桃子「(これを遮るように、純子に手を上げて)ハイ!、ハイ!、おかあちゃん、あたいのチームもね、今日ね、(舌足らずで)キャップテンを決めるの。それでね、あたし、立候補しようと思うの…」
純子「(笑いながら)モモの好きにしたらいいわ。そのかわりね、チームのみんなのこと、ちゃんと面倒見なくちゃ駄目よ」
桃子「だいじょぶ、だいじょぶ、あたしに任せて(と、胸をこぶしで叩く)。だってさ、あたし…」
太郎「(身を乗り出して、純子に手を上げて)ハイッ!、ハイッ!」

(F・O)

同・表(朝)
 純子、ポンコツの軽自動車の運転席で、エンジンをふかしている。
純子「(大声で)お父さん!私、今日、残業で遅くなるから、太郎たちのお迎え、お願いね」

同・玄関(朝)
 明、太郎、桃子、食卓から玄関に駆けてくる。
桃子「(駆けながら、明に)ね、おかあちゃん、はやくう…」
 と、だっこをせがむ。
 三人、玄関脇の窓から顔を出し、
 「いってらっしゃあい!」

同・表(朝)
 明、玄関の鍵をかけている。
明「(太郎、桃子に)さあ、いこうか」
太郎「(元気よく)うん!」
桃子「‥‥‥‥」
明「?」
 桃子、腰をモジモジさせている。
桃子「(小さく)ウンチ‥‥」

駐車場(朝)
 野原に砂利を敷き詰めただけの簡易駐車場を、太郎を先頭に明、桃子、歌を唄いながら歩く。
 (アニメ『小公女セーラ』の主題歌)
  わたしだって、泣こうとおもったら
  声をあげて何時でも泣けるけど
  胸の奥にこの花あるかぎり
  強く生きてみようと思う
 太郎、草むらへ駆け出す。
 明、桃子の「トンボ!」の声に、手で輪を描きながら、トンボを捕まえようとする。
太郎「(手を振って)お父さん、バッタがほら、こんなに大きくなったよ」
桃子「あんちゃん、ほんと!」
 明、桃子、太郎のところへ駆けていく。

(F・O)

国道にかかった歩道橋(朝)
 明、太郎、桃子、草花を手に、渡っている。
 三人、中央までくると、立ち止まり、激しい自動車の往来を、ついで、まっすぐ伸びる国道が閉じたあたりになみなみと広がる山々を眺める。

保育園(朝)
 太郎、桃子、保育園の門をあけ、歓声をあげて、園舎に飛び込む。
太郎・桃子「おおおい!」
園児「(これに気づいて)太郎!モモ!」
明「(太郎のあとから)ゆうすけ、おはよう!だいき、おはよう!のんちゃん、おはよう!君ちゃん、おはよう!…」
 と、ひとりひとりに挨拶をして、子供らのなかに飛び込んでいく。

(F・O)

同・門(朝)
 駆け出す明。
太郎・桃子「(園舎から手を振って)いってらっしゃい!」
 手を振りながら、走り続ける明。
 表情が一変し、急に思いつめたようになる。

影山家・玄関(朝)
 玄関に飛び込む明。

同・台所(朝)
 水道のほとばしる音。
 忙しく洗い物をする明。

同・居間(朝)
 忙しく(共稼ぎ特有のウルトラ技で)洗濯物を干す明。

(O・L)

同・居間(朝)
 タンスの前で忙しくネクタイをしめる明。

  ●同・表(朝)
 忙しく自転車に乗る明。

道(朝)
 暴走する明。

駅・表(朝)
 改札口へ飛び込んでいく明。

ビル・エレベーター
 一流どころのオフィスビル。
 エレベーターの扉が開く。
 明、息を切らして出てくる。

同・一室の扉
 大保原総合第一法律事務所

大保原法律事務所
 明、入ってくる。
明「(遠慮がちに)おはようございます」
 室内には、年配の事務員Aがいて、明の顔と10時30分を指している時計を見比べながら
事務員A「あら、おはよう。はい、これ、ボスから新件ね」
 と、事件の袋を五個、明の机のうえにドサッと置く。
明「(溜息まじりに)ボスは?」
事務員A「(隣の机を指さして)こちらのピチピチギャルと朝からこれよ」
 と、ゴルフのスウィングの構えをする。

(O・L)


 むきになってペンを走らせる明。
 電話のベル。
事務員A「影山先生、電話。女の人からよ」
明「はい(と、受話器をとりながら)もしもし…」
電話の声「(抑揚のない女の声で、ポンポンと)こちらoo不動産のooです。本日は、マンションの格安物件をご紹介致します。
 場所は、国電四谷駅から徒歩十分の、新宿区四谷一丁目十八番地に十階建マンションが昭和六十二年六月完成予定…」
明「(苛立ちながら)あの、わたし、あんまり関心ないんですが…」
電話の声「(明を無視して)このうち、四階から、十階までが今回売出中で、各室平均十坪余りの床面積、お値段のほうも、坪当り…」
明「‥‥‥‥うるさい!」
と、ガチャンと受話器を切る。
明「(時計を見ながら)いけねえ、急がなくちゃ」
 と、外へ飛び出していく。

拘置所・面会室
 初老の風格ある弁護人と被告人が面会している。
弁護人「ooさん、どうです、ひとつ本当のことを言って下さいませんか」
被告人、しばし、うなだれているが、やがて泣き崩れ
被告人「申し訳ありません。実は…」

(O・L)


明「ooさん、どうです、ひとつ本当のことを言って下さいませんか」
別な被告人「(うなだれたまま)‥‥‥」
明「(うなだれて)‥分かりました。でも、最後に一つだけお願いがあります。あなたにだって、一つくらい言い分があるでしょ。
 (ぐっと、身を乗り出して)何でもいいです。それを聞かせて下さい。」
別な被告人「‥‥‥」
 明、頭をかきむしる。

江戸時代の館・廊下
 侍に扮した明が、剣を持って走ってくる。
 襖をあけると、部屋に飛び込む。

同・室内
 明、バッタバッタと侍を切り倒す。
 ついに姫の前にいる悪徳代官らしき侍を切る。
明「姫、もうご心配はいりませぬ。さあ、参りましょう」
 と、手を差し伸べると、姫、明のもとへ駆け寄る。

(WIPE)

裁判所・法廷
 検事(悪徳代官と二役)が被告人(姫と二役)に質問をしている。
検事「(優しく)さっきからあなたの話を聞いていると、確かにいろいろ同情すべき点 はあるようですね。(改まって)しかし、世の中にはあなた以上に厳しい境遇の中で、立派に生きている人がたくさんいるのですよ。分かりますね」
被告人「(うなだれて)はい」
  明、弁護人席で舌打ちをする。
検事「(厳しく)ですから、あなただって、もうすこし頑張る気があれば、こんな犯罪にはならなかつたのではないですか」
被告人「‥‥‥」
 明、身を乗り出し、かぶりを振って被告人に答えを伝えようとする。
検事「違いますか!」
被告人「(嗚咽しながら)はい‥」
検事「そうでしょ」
被告人「はい‥」
 明、愕然として、席に身をうずめる。

大保原法律事務所
 むきになってペンを走らせる明。
明「(五時を指している時計を見て)あっ」
 と、机の上をバタバタと整理して
明「おさき」
 と、外に飛び出していく。

駅・ホーム
 列に並ぶ明。息を切らしている。

 暴走する明の自転車。
保育園・園舎
 なかをのぞく明。
 さきほどまでの険しい表情は、失せた。
 室内では、親の迎えを待つ園児が十人ほど賑やかに遊んでいる。
桃子「(明に気がつき)あっ!とおちゃんだ。とおちゃん!とおちゃん!」
 と、入ってきた明に飛びつく。
太郎「(大声で)とおちゃん、ぼくたち、すもうやっていたんだ。ねえ、とおちゃんもやろう!」
 明、元気よく子供らの輪のなかに飛び込む。

(F・O)

影山家・居間(夜)
 太郎、桃子、夕食のあとかたずけをしている。
 明、台所で食器の山を洗っている。
 順子、洗濯の山をたたんでいる。
太郎「(明の脇で)とおちゃん。ね、テレビ見ていい」
明「駄目」
太郎「(明に手を合わせて)ね、一生のお願い。そのかわり、今週はもう見ないから」
明「今週ったって、お前、今週はもう明日でおしまいじゃないか」
太郎「じゃあ、今月はもう見ないから、見せて」
明「なに、今月だって、お前、あさってでおしまいじゃないか。何いってんだ。」
太郎「(半分べそをかきながら)じゃ、今年はもう見ないって約束するから。お願い」
純子「(洗濯物をたたみながら)おとうさん、テレビはおとうさんも担いできたんでしょ」
明「(少しムッとして)じゃあ、少しだけだぞ」
太郎・桃子「(万歳して)やった!」

(O・L)


 太郎、桃子、正座してテレビに見入っている。
 明、順子、仕事を続けている。
 突然、太郎のけたたましい笑い声。
 明、びっくりして振り返る。
 テレビの画面に『モダン・タイムス』の、主人公がベルトコンベアの前でナット締めの作業中、コンベアに巻き込まれるシーンが映し出されている。
 太郎と桃子、その前でもんどりかえって大笑いしている。
明「‥‥‥‥」

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