新橋玉木屋事件とは‥‥
三谷一馬氏が、210年の伝統を誇る佃煮の業界の老舗「新橋玉木屋」を、同社が三谷氏の絵を無断で使用して商標登録して、1995年12月から97年8月まで朝日新聞全国版の広告や、包装紙、パンフレット、チラシなどに使用したとして、商標の図柄の使用差止と損害賠償と謝罪広告を求めて、98年6月25日、東京地裁に提訴したもの。
1、 事実のあらまし
三谷氏は、昭和38年5月、「江戸商売図絵」(発行青蛙房)を制作出版しましたが、その中に収められた「煮豆売りの絵が、のちに、新橋玉木屋により、無断で使用され、昭和61年2月、商標登録出願の標章(図柄)として使われました。その後、この商標は、昭和63年11月登録され、以後、同社の商品の商標として、新聞広告、包装紙、パンフレット、チラシ、看板などに現在まで使われてきたものです。
2、交渉の経緯
1996年2月、この無断使用の事実を知った三谷氏は、新橋玉木屋と交渉、調停まで起こして適正な解決を図ろうとしましたが、新橋玉木屋は、
《店に古くからあった絵を使用したものだ。その原画は今は倉庫か何処かにしまってある。さがして連絡します》
といった言い訳に終始し、調停の中でも、三谷氏の絵画と被告図柄とが酷似していることは認めたものの、しかし、肝心要の著作権侵害の点をあくまでも否定しつづけ、これをあいまいにしたままの玉虫色の解決に固守したため、右調停は、1998年5月27日、つい不成立に終わったものです。
それで、正式に著作権侵害の裁判を提訴するに至りました。
3、裁判の争点
裁判で、被告の新橋玉木屋は、いろんな論点を持ち出してきましたが、ポイントは江戸時代の原画を模写した三谷氏の絵に創作性が認められるか、つまり著作物であるかどうかでした。模写の原画となった「教草女房形気」に収められた絵画と三谷氏の絵画は次のようなものです。
約1年の審理の中で両作品を比較検討した末、裁判所は、三谷氏の絵に創作性を認めました。次が判決中のさわりの部分です。
被告は、本件絵画は本件原画の単なる模写であるから著作物性を有しない旨主張する。
本件絵画は、前記第二の一2のとおり本件原画を参考にして制作されたものである。しかしながら、証拠(甲一、七、九、乙八、検甲一の一)と弁論の全趣旨 によると、@本件原画及び本件絵画は、いずれも江戸時代の煮豆売りが荷箱を前後に下げた天秤棒を肩で担ぎ右手で右天秤棒を持っている姿を描いたものである が、本件原画は、後ろの荷箱の途中から後ろの部分及び前の荷箱の右側の下半分の部分が描かれていないのに対し、本件絵画は、煮豆売りの姿全体が描かれてい ること、A本件原画は、天秤棒が前の荷箱の上面の左端にあり、また、人物の左足が後の荷箱に隠れて足首の下しか見えないのに対し、本件絵画は、天秤棒が前 の荷箱の上面の中央やや左よりの位置にあり、また、人物の左足のうち太股及びすねの一部以外は後の荷箱に隠れていないなど、荷箱、天秤棒及び人物の位置関 係が異なっていること、B本件原画は、人物の描き方が、肩をいかり肩にし、太股を太くするなど全体として力強さを強調した表現になっているのに対し、本件 絵画は、肩はなだらかで、太股も太くなく、人物をそのまま自然に描いたものであること、C人物の各部位の描写も、本件原画では右手の肘が袖に隠れているの に対し、本件絵画では右手の肘が見えており、また、本件原画では顔は一切描かれていないのに対し、本件絵画では右の眉毛らしきものが描かれているなどの違 いがあること、以上の事実が認められる。これらの事実によると、本件絵画は、本件原画をそのまま機械的に模写したものではないことは明らかであって、本件 絵画は、創作性を有するものと認められる。したがって、本件絵画に著作物性を認めることができる。
新橋玉木屋事件の裁判記録(一審:東京地裁民事第29部 平成10年(ワ)第14180号)(著作権法判例百選9)
一審判決(9.28/99) 弁論終結(結審)より2ヶ月ちょっとで判決言渡し。内容は、謝罪広告の点を除けば、原告の言い分を全面的に認めたもの。
原告準備書面(5)(7.15/99) 原告の第6回目の準備書面であり、この日をもって弁論が終結(結審)。本書面は、依拠性の立証方法について、原告の見解(それが既に十分尽くされていること)を述べたもの。
原告準備書面(4)(7.9/99) 原告の第5回目の準備書面。本書面は、主に、裁判所の最終段階における質問(依拠性の要件について)に対し、回答を述べたもの。その際、とにかく、テキパキと判決を出してもらいたいと繰り返し要求。
原告準備書面(3)(6.11/99) 原告の第4回目の準備書面。本書面は、主に、被告の質問に対する回答を述べたもの。
原告最終準備書面(5.17/99) 原 告の第3回目の準備書面。被告の作戦が審理の引き伸ばしにあり、裁判所もそれに乗せられ気味だったので、原告から、「これが我々の最後通諜である、裁判所 もさっさとケリをつけてもらいたい」というメッセージを込めて、「最終準備書面」なるものを作って、提出したもの。ここでは、なおかつ絵画における創作性 (個性の発揮の有り様)とは何かについて、原理的な考察を検討したもの。
原告準備書面(2)(4.21/99) 原告の第2回目の準備書面。損害の理由付けについて補強したもの。
原告準備書面(1)(12.17/98) 原告の第1回目の準備書面。この時点で訴え提起から既に半年が経過している。それは、ひとえに、交渉段階で被告代理人を務めた弁護士が、鼻くそのような答弁書だけ書いて、さっさと辞任してしまい、その後、被告の後任の代理人がなかなか見つからなかったため。
訴状(6.25/98) 佃煮の老舗「新橋玉木屋」が画家の日本画を無断で使用して商標登録し、朝日新聞全国版の広告や、包装紙、パンフレット、チラシなどに使用したとして、商標の図柄の使用差止と損害賠償と謝罪広告を求めて、東京地裁に提訴。そのときの訴状。
原告自身の陳述書(6.22/98) 三谷一馬氏自身が書いた本件紛争に関する書面。