「煮豆売り」無断複製事件

----98年6月25日訴え提起の訴状----

6.25/98


コメント
 
 本日、東京地方裁判所に絵画の無断複製をめぐる著作権侵害の裁判をおこした。以下は、その直後、裁判所内の司法記者クラブで記者会見したとき、配布した資料。

 江戸風俗研究では現在、第一人者といわれる画家三谷一馬(以下原告という)が、210年の伝統を誇る佃煮の業界の老舗「新橋玉木屋」を、同社が自己の絵を無断で使用して商標登録して、平成7年12月から9年8月まで朝日新聞(添付資料1参照)全国版の広告や、包装紙、パンフレットチラシなどに使用したとして、商標の図柄の使用差止と損害賠償と謝罪広告を求めて、25日、東京地裁に提訴。

1、 事実のあらまし
 画家三谷一馬は、昭和三八年五月、「江戸商売図絵」(発行青蛙房)を制作出版しましたが、その中に収められた「煮豆売り」の絵(添付資料2参照)が、のちに、新橋玉木屋により、無断で使用され、昭和61年2月、商標登録出願の標章(図柄)として使われました(添付資料3参照)。その後、この商標は、昭和63年11月登録され、以後、同社の商品の商標として、新聞広告、包装紙、パンフレットチラシ、看板などに現在まで使われてきたものです。

2、交渉の経緯
 平成8年2月、この無断使用の事実を知った原告は、新橋玉木屋と交渉、調停まで起こして適正な解決を図ろうとしましたが、
《店に古くからあった絵を使用したものだ。その原画は今は倉庫か何処かにしまってある。さがして連絡します》
といった言い訳に終始し、調停の中でも、原告の絵画(添付資料2参照)と被告図柄(添付資料4参照)とが酷似していることは認めたものの、しかし、肝心要の著作権侵害の点をあくまでも否定しつづけ、これをあいまいにしたままの玉虫色の解決に固守したため、右調停は、本年5月27日、つい不成立に終わったものです。
 それで、正式に著作権侵害の裁判を提訴するに至りました。


 これも実は単純明快な絵画の無断複製という、ありふれた事件にすぎないが、当事者が問題の本質を直視しないで、例のニッポン的なナアナアのズルズルべったりの態度に固守したため、とうとう正式裁判にまで至ったものである(と少なくとも代理人の私は見ている)。

 ここでの法律的な争点は、訴状の第五、本件絵画の著作物性をめぐって、で詳述した通り、唯一「模写の著作物性」だけである。
 それよりむしろ、ここでは、かくも単純明快な著作権侵害事件が、なにゆえ、ここまでこれじなくてはならなかったのか、という紛争生成の原因にこそ、(ここにも今のニッポン的な体質が余すところなく露呈しているように思われる)学ぶべき教訓があるように思う。

事件番号 東京地裁民事第29部 平成10年(ワ)第14180号 著作権侵害差止等請求訴訟事件
当事者   原 告 三谷一馬
       被 告 株式会社 新橋玉木屋
            
訴えの提起    本年6月25日


訴 状

   当事者の表示   別紙当事者目録記載の通り


著作権侵害差止等請求訴訟事件

訴訟価額  金七五二万〇八五二円也
貼用印紙  金   四万五六〇〇円也

請求の趣旨

一、被告は、別紙目録一記載の図柄を使用してはならない。
二、被告が有する別紙目録一記載の図柄を使用した包装紙、パンフレットチラシは廃棄せよ。
三、被告は原告に対し、金四〇〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四、被告は朝日新聞(全国版)に一回ずつ別紙目録二記載の謝罪文を別紙目録三記載の条件で掲載せよ。
五、訴訟費用は被告の負担とする。
旨の判決並びに三、五項につき仮執行宣言を求める。

請求の原因

第一、当事者
 原告は、昭和一四年東京美術学校日本画科を卒業後、挿絵の仕事に従事し(産経新聞連載の土師清二「足軽鶴亀」、日本経済新聞連載の「村松剛「冷めた炎」など)、その後、ここ三〇年来、江戸風俗の資料画を描くことに専念し、昭和三八年五月、「江戸商売図絵」(発行青蛙房)(検甲第一号証参照)を刊行後、「江戸吉原図聚」(昭和四八年)「江戸物売図聚」(昭和五〇年)「江戸庶民風俗図絵」(昭和五〇年)「明治物売図聚」(昭和五二年)「江戸職人図聚」(昭和五九年)「江戸年中行事図聚」(昭和六三年)などを執筆刊行した。
昭和六二年に、「江戸庶民風俗図絵」「江戸職人図聚」等により、吉川英治文化賞を受賞し、現在、江戸風俗研究の第一人者といわれている。また、NHKラジオ番組「人生読本」に江戸風俗研究の専門家としてゲスト出演したこともある。

 被告は、佃煮類の製造販売を主たる業務内容とする法人であり、天明二年(一七八二年)の創業という二〇〇年以上の歴史を誇り、江戸時代から名が知られていて、「現在も佃煮屋として、新橋に立派な店を構えている」佃煮の業界の老舗である(甲第二号証。高橋正人「伝承デザイン資料集成商家・諸職篇『日本のしるしA―諸業種家じるし』一五五頁参照)。

第二、権利の目的たる著作物及び著作権者
 原告は、昭和三八年ごろ、「江戸商売図絵」(以下本件書籍という)に収められている絵「煮豆売り」(以下本件絵画という)を制作した(甲第一号証)。
 すなわち、原告が本件絵画の著作者であり、著作権及び著作者人格権を保有している。

第三、被告の無断利用行為
 ところが、被告は、平成七年一二月頃から平成九年八月まで、月一回ないし二回、別紙目録一記載の図柄(以下被告図柄という)を朝日新聞(夕刊)の全国版の広告に使用し(甲第二号証)、そのほか、包装紙(検甲第二号証)、パンフレット(検甲第三号証)、チラシ(検甲第四号証)などに使用している。
 被告図柄は、その拡大コピー(甲第三号証)と本件絵画を透明フィルムにコピーしたもの(甲第四号証)とを重ねて対比してみれば一目瞭然の通り、本件絵画をそのままコピーして、その上で、荷箱に書かれた「座ぜん豆」という文字を削り、「玉木屋」「津くだ煮」と書き直して、以下の機械的な細工を施しただけのものであることが分かる。
@ 後方の荷箱に縦線を入れる。
A 半纏の背中の文様を微細に書き替える。
B 半纏や脚絆の白線を塗りつぶす。
C 半纏の下部の模様を書き足す。
D 全体に輪郭の線を太くする。
 従って、被告図柄は本件絵画の複製にほかならない。
 また、被告図柄は、右の通り、本件絵画の「座ぜん豆」という文字を削り、替わりに、被告の商号と販売商品を書き直したりしており、著作権法上、原告が有する同一性保持権の侵害行為に該当する。

第四、被告との交渉の経緯
 原告は、平成八年二月六日、たまたま朝日新聞(夕刊)の広告に使用されている被告図柄を目にして、一目でこれが自分の制作した本件絵画の複製であることを見抜き、そこで、自身が高齢であることもあって、年来の友人の訴外宇田川東樹に委任して、被告との交渉にあたってもらった。訴外宇田川は、平成八年三月より被告と交渉を持ったが、被告は、
《店に古くからあった絵を使用したものだ。その原画は今は倉庫か何処かにしまってある。さがして連絡します》
と言いながら、その後訴外宇田川より何度にもわたって催促をしたにもかかわらず、原画なるものをついに見せないままずるずると時間が経過し、そのため、原告の代理人として弁護士がついて平成八年一二月一三日及び翌平成九年三月五日、代理人名で被告図柄の作成経緯を明らかにするよう要求書及び再要求書を送付した際にも、被告はこれを全く無視した。
 そこで、原告はやむなく、平成九年五月一九日、東京簡易裁判所に被告図柄の使用中止を求めて調停を申し立てた。その後、一年にわたって調停が続けられたが、被告は、この間、本件絵画と被告図柄とが酷似していることは認めたものの、しかし、肝心要の著作権侵害の点をあくまでも否定しつづけ、これをあいまいにしたままの玉虫色の解決に固守したため、右調停は、本年五月二七日、つい不成立に終わった(甲第五号証宇田川陳述書・甲第六号証甲第九号証原告陳述書(1)参照)。

第五、本件絵画の著作物性をめぐって
一、本件は私人間の交渉でもなければ、双方の合意を前提とする調停でもないから、もはや「原画がさがしても見つからない」などといった言い訳をもって被告の抗弁とすることが通用しないことは明らかである。
従って、第三で前述した通り、両作品の実質的類似性が火を見るより明らかな本件事案において、被告に残された唯一の抗弁とは、原告自身が本件書籍の「はじめに」でも述べている次のくだり、
《絵は全部著者が原画より模写したものです》(検甲第一号証序終わりから一〇行目)
の言葉じりをとらえて、
《だから、本件絵画も原画の単なる複製にすぎず、原告の著作物ではないのだ》
という反論であろう。すなわち、本件絵画も、本件書籍中(甲第一号証)に既に出典が明記されている通り、もとはと言えば、「教草女房形気」に収められた甲第七号証の絵(以下本件原画という)の単なる模写にすぎず、それゆえ、本件絵画自身に著作物性などないのだ、と。
 そこで、もう分かっているこの最終争点について、被告の答弁書を待つまでもなく、予め原告の見解を表明しておきたい。

二、まず、模写とは一般に「他人の著作した絵画または写真の著作物を、自分の筆で構図をそのままに描写すること」をいうが、しかし、模写であることから当然にもとにした絵画等の著作物の複製となる訳ではない。模写物が単なる複製にとどまるかそれとも新たな著作権が発生するかは、もっぱら
《構図がそのままであっても模写した人の独特の筆致など、思想・感情が独創的に表現されているか否か》(「著作権事典」改訂版三七八頁)
にかかっている。すなわち、
《その模写作品に表現されているなかに模写制作者の精神的創作がみられるべきものが含まれておれば、それは二次的著作物を著作する翻案なのであ》(秋吉稔弘(代表)「著作権関係事件の研究」三四頁)る。
 そして、この「制作者の精神的創作」の概念とは、通常、次のようなことを指す。
《その模写作品の表現されているなかに制作者の個性ないし人となりが現われておれば、精神的創作を認めてよい》(右「著作権関係事件の研究」三五頁)
 これを具体的に、絵画について見ると、
《絵画を描くという造形と色彩による表現行為には、きわめて個性が現われ易いように思われる》(右「著作権関係事件の研究」同頁)
《絵画彫刻などでは、完全な模写模造でない限り、創作性を認めてよい》(山本桂一「著作権法」六三頁)
《模写の場合でも、ガラス板をおいて丹念に、技術的に模写するだけなら、もちろんコピーですから、そこに新しい著作物はできないといえるが、画家が自分の習作として、既存の名画を模写するのは、単純な機械的な模写とは違って、そこに、その画家のキャラクターなりなにかが出てくるわけですから、‥‥そこに別の著作物性がある。》(佐野文一郎・鈴木敏夫改訂「新著作権法問答」七四頁)
 以上から、模写において、それがガラス板をおいて丹念に技術的に模写するだけのような「機械的模写」でない限り、そこに模写制作者の個性=創作性が認められるといってよい。

三、そこで、具体的に本件のケースを吟味すると、
1、まず、前述したのと同様、本件絵画を本件原画と同じ大きさになるように透明フィルムに縮小コピーしたもの(甲第八号証)を本件原画に重ねて対比してみれば明らかな通り、両者の人物の描き方において、また本件原画の左七分の二が欠けている点において、ガラス板をおいて丹念に技術的に模写するがごとき「機械的模写」でないことが一目瞭然である。

2、すなわち、本件絵画の著作物性は、何よりも「人物の描き方」の点にある。この点は、原告自身が陳述書(1)(甲第九号証)で解説する通り、まず、本件原画における「人物の描き方」の特徴として、
《@人物と左右の荷箱がバランスを欠き、安定感がないこと、及びA人物のあごを前に突き出し、極端な猪首(首は肩にめり込んで見えない)、盛り上がった肩、二の腕が短くかつ体に引きつけられているポーズといったふうに人物が不自然なポーズで描かれている点があげられ、その意味で、本件原画は極端にデフォルメされています。そのため、確かに力強さは強調されていますが、しかし、これは大変不自然な姿です。》(甲第九号証一頁末行〜二頁四行目)
 これに対し、本件絵画における「人物の描き方」の特徴として、次のようなことが言える。
《これに対し、私は、本件原画のデフォルメの不自然さを改めようと考え、人物を@バランスあるポーズとA自然な形で描こうと思いました。そのため、人体比例(例えば八頭身が身長と頭の割合を8対1と数量的に捉えるものであるように、人体の部分と部分、部分と全体の関係を数量的に捉えて描くことをいいます)と一視点から見た遠近法を基にして描くことにしました。以下に、この点について、少し詳しい解説をしようと思います。
@人物や荷箱のバランスについて
 本件原画では、人物と前の荷箱と後ろの荷箱とで各々描いている視点がちがうのです。つまり、前方の荷箱の左かどに天秤棒がきており、これでは安定して荷箱をつるすことなどできません。さらに、後方の荷箱も右にずれて描かれているため、この荷箱もまた安定してをつるすことができません。
 これに対し、私は、バランスのとれた安定感ある「煮豆売り」を描くために、ひとつの視点からの構成にしました。つまり、人物を中に置き、前方と後方の荷箱の中心に天秤がくるように描いたのです。その結果、前述の通り、本件原画で「前方、後方とも荷箱が右にずれて描かれている」のが私の絵では写実的により左側に描き直され、その分、人物の左ひざを描くことになり、それが人物の荷箱を担ぐ姿に一層安定感を与える結果となっています。
A人物の自然な姿について
 人物自体の描き方についても、前述した通り、本件原画では、力強さを強調する余り、極端にデフォルメされているのに対し、私は、できるだけ写実的に自然に見えるように描こうとしました。
 つまり、本件原画では髪の生え際の曲線が衿(えり)に密着し、そのため極端な猪首(首は肩にめり込んで見えない)となっているのに対し、私は、髪の生え際の曲線と衿の間に空き間をもうけることにより、首を感じさせるような描き方にしました。
 また、本件原画では、猪首のため顔を傾ける角度が仰角になり、あごを前に突き出す不自然な動きになっているのに対し、私は、首の長さ分だけ頭が高くなり、その分顔を傾ける角度が浅くなって、軽く顔をかしげる自然な動きになっています。
さらに、本件原画では右肩が天秤棒の中ほどまで盛り上がって(こんなことは実際上あり得ない訳ですが)描かれ、左肩も盛り上がった風に描いて、いわば両肩を怒り肩にして力んだ表現となっているのに対し、私は、くつろいだ姿にするため、右肩は天秤棒の下に描き、左肩も盛り上げず、全体として力んでいない表現にしました。
 そして、本件原画では、手や脚については、メリハリのある輪郭線で角張った動きを感じさせる描き方をしているのに対し、私は、のびのある輪郭線で手や腕や脚をすらりと描きました。とくに腕については、本件原画では二の腕を短く描き、なおかつ、ひじを体に引き付けて描いているため、ひじは袖の中に入っています。また、手首は深く曲げ、手は天秤棒をしっかりと握らせ、その結果、全体としていわば上半身に力を凝縮させ、緊張感を描き出しています。これに対し、私は、二の腕をとくに短く描くことはせず、前腕の長さとほぼ同じにし、ひじも、とくに体に引き付けて描くことはせず、余裕をもって曲げている風に描き、そのため、ひじは袖の外に出ています。また、手首も、深く曲げて描くことはせず、軽く曲げて描き、さらに、手は天秤棒をしっかりと握らせることはせず、手を天秤に添えている程度に軽く握らせて描き、その結果、全体としていわばリラックスした感じを表現しました。
 また、本件原画では、太股・膝について、ゴツゴツした輪郭線で描き、脚全体はひょうたんを思わせるような、メリハリの効いた形にし、そして左右のかかとは地に付け、足は甲高に左の親指に爪を描き、深く指を折り、加えて、両足の向きも八の字に開いており、その結果、力強く大地を踏みしめている表現となっています。これに対し、私は、右の腕や手の場合と同様すらりと描き、左足のかかとはわずかに地面からあがっており(ゆっくり歩いている感じを出すためです)、足は甲高にせず、指の爪は省略し、また、深く指を折ような描き方はせず、すらりと描きました。加えて、両足の向きも八の字に開いておらず、前方に向かってほぼ平行になっているように描きました。その結果、全体として、軽い印象を与えることになったのです。
 また、本件原画では、着物の半纏について、強弱ある直線的な表現と上半身のしわや輪郭を細い白線で縁取り、ごわごわした布の説明的な表現となっています。また、脚絆についても、輪郭線を作り、脚の形が鮮明に分かるように描いています。これに対し、私は、半纏を曲線で柔らかく描き、袖・肩等のしわや紐の線は単純化した筆の白線で数も最小限にし、柔らかい布を黒い色面の量感で表現しています。また、脚絆についても、輪郭線を作って脚の形が鮮明に分かるようには描かず、前述の通り、すらりと簡潔に描いています。
その他にも、本件原画では、顔について、顔の輪郭線だけで、顔の印象が弱いのに対し、私は、眉を点じ、顔の印象を強めました。また、本件原画では、髪の毛について、髪の毛すじを白線で描き、髪の質感を表現しているのに対し、私は、髪の毛すじを省略し、黒い色面の美しさと髪の毛の量感を出そうとしました。
 以上のようにして、私の「煮豆売り」は、写実的な見方を簡潔な描き方により、人物の存在感を出し、形や動きの安定感を得ることにより、ゆっくりと歩きながら商いをする「物売り」のリズム感とのんびりした「売り声」が聞こえて来る絵になるように工夫したつもりです。》(甲第九号証二頁五行目〜三頁二〇行目)
 従って、本件絵画の「人物の描き方」において、ここに述べた通り、原告自身自身の個性=創作性が認められることが明らかである。

3、それとは別に、江戸時代に出版された本件原画と原告の本件絵画の表現形式上の違いを理解するには、実は、原告が絵画の勉強を昭和一〇年代に東京美術学校日本画科でおこなったことを知るだけで既に十分なのであり、参考までに、この点を若干敷衍して述べておきたい。
人によっては、本件原画も本件絵画も同じ日本画なのだから、ひょっとして「機械的な模写」の可能性も存在するのではないか、といぶかる者がいるかもしれない。しかし、日本画といっても、実は江戸時代までのそれと明治以降のそれ、厳密には(原告の卒業した)東京美術学校などで追究された日本画とは決定的に異質なのであり、両者の間に明確な断絶というものが認められるのである。すなわち、明治期に誕生した日本画とは、一口で言うと、
《新時代の"日本画"、それは"新たな伝統美術"の創出をめざして誕生した。ここで日本画は、西洋絵画を吸収しつつ、"洋画"とも過去の"書画"とも異なる、自己啓発と革新の道を選択する。フェノロサ、天心。東西両洋人の主導したこの道は、グローバリズムとナショナリズムの抱き合わせで遂行された、近代日本の自立そのものであった。》(甲第一〇号証。佐藤道信(責任編集)「日本の近代美術2日本画の誕生」カバー説明文)
 また、美学者土方定一は、岡倉天心が抱いていた日本画の近代化の理想について、次のように書いている。
《天心は、ここでルネサンス以後のヨーロッパの写実主義的な美術とは全く正反対な、日本=東洋美術の伝統的な性格、いいかえれば、単に形を描くのではなく観念を描く性格(形而上を描いて形而下を描かず)の規準を伝統美術のなかに発見し、といって、過去の伝統美術の形骸のコピーではなく、日本美術の伝統を持ちつつ、それに写実を加えることで近代化しようとすることであった》(甲第一一号証「日本の近代美術」四三頁)
そして、この理想が作品となって最初に現われたのは、
《岡倉が校長であった東京美術学校の初期卒業生であった‥‥画家たち、菱田春草、横山大観、下村観山たちであった》(同書六六頁)
すなわち、原告が絵画の修行をおこなった東京美術学校こそ、「過去の伝統美術の形骸のコピーではなく、日本美術の伝統を持ちつつ、それに写実を加えることで近代化しようと」した実験場であり、そして、本件の原告もまた、そこで人体の解剖学(美術解剖学)を学び(甲第九号証原告陳述書(1)1、略歴)、「伝統的な日本画のコピーではなく、日本美術の伝統を持ちつつ、それに写実を加える」表現力を身に付けたことは、原告陳述書(1)の前記解説からもよく分かる。
 従って、以上のことから、明治期に大革新を遂げた日本画の成果を東京美術学校で学んだ原告、この原告の描いた本件絵画が江戸時代の作品である本件原画の機械的模写ではなく、あくまでも原告なりに「日本美術の伝統を持ちつつ、それに写実を加えることで近代化しようと」したことが一層よく理解できる筈である。

第六、著作権及び著作者人格権侵害に基づく差止請求
 以上の通り、被告は、原告の有する複製権及び同一性保持権を侵害する被告図柄を現在も使用している。
 よって、請求の趣旨第一項及び第二項に記載の通りの判決を求める。

第七、原告の損害
一、 複製権侵害について
 本来ならば、原告が被告の商標のために本件絵画を修正して使用させることによって得られる利益は少なくとも三〇〇万円を下らない。なぜなら、この種の使用は通常、著作権の買い取りであり、一般に商標のための絵柄の買取り代金は小規模な会社の商標であっても三〇〇万円を下ることはないからである(甲第五号証宇田川陳述書)。
 よって、被告は、右複製権の侵害に基づく財産的損害の賠償として、著作権法一一四条二項により、金三〇〇万円を支払う義務がある。
二、 同一性保持権の侵害について
 前述した通り、原告は、「玉木屋」などと書き加えた被告の右行為により、もともと江戸風俗画として描かれた本件絵画が被告「玉木屋」の商標として修正されてしまい、もとのイメージが著しく損なわれた。
 それゆえ、原告の被った精神的苦痛を慰謝するためには、その慰謝料の金額は少なくとも一〇〇万円を下らない。
三、よって、原告は被告に対し、請求の趣旨第三項に記載の通り、金四〇〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第八、著作者人格権侵害に基づく謝罪広告の請求
 第四で前述した通り、被告は原告の著作者人格権(同一性保持権)を侵害した被告図柄を、平成七年一二月頃から平成九年八月までの間、月一回ないし二回、朝日新聞(夕刊)の全国版の広告に使用し、広く世間の目に触れるに至った。これに対し、原告は被告に対し、著作者としての名誉を回復するために適切な措置を請求する権利を有するものである。
 よって、原告は被告に対し、請求の趣旨第四項に記載の通り、同じく朝日新聞の全国版に謝罪広告を掲載するよう求める。

以 上  

証拠方法

  甲第一号証        原告制作の絵「煮豆売り」(「江戸商売図絵」収録)
  甲第二号証        平成九年一一月六日朝日新聞夕刊(部分)
  甲第三号証        原告代理人作成の報告書(被告図柄を拡大コピーしたもの)
  甲第四号証        本件絵画を透明フィルムにコピーしたもの(甲第三号証の被告図柄と対比するため)
  甲第五号証        訴外宇田川東樹作成の陳述書
  甲第六号証        調停不成立証明申請書  
  甲第七号証        「教草女房形気」二一編に収められた絵(もっとも、作者は二世歌川豊国ではなく、二世歌川國貞である)
  甲第八号証        本件絵画を透明フィルムに縮小コピーしたもの(甲第七号証の本件原画と対比するため)
甲第九号証        原告作成の陳述書(1)
  甲第一〇号証の一、 二 佐藤道信(責任編集)「日本の近代美術2日本画の誕生」
  甲第一一号証の一〜三 土方定一「日本の近代美術」

  検甲第一号証     原告著作の「江戸商売図絵」(発行三樹書房)
  検甲第二号証     被告作成の包装紙
  検甲第三号証     被告作成のパンフレット
  検甲第四号証     被告作成のチラシ

添付書類
  一、委任状       一通
一、会社の登記簿謄本       一通

平成一〇年 六月二五日

          右原告訴訟代理人
                 弁護士   柳 原 敏 夫

東京地方裁判所
    民事第二九部  御中

当事者目録

 東京都世田谷区豪徳寺二丁目六番地一一号
   原   告 三 谷  一 馬

 東京都千代田区麹町五丁目七番地 秀和紀尾井町TBRビル 一〇一〇
〒        武藤総合法律事務所 電話〇三(三二三九)五七七八
             右訴訟代理人弁護士 柳 原 敏 夫    

  東京都港区新橋一丁目八番五号
〒      被   告   株式会社 新橋玉木屋         
              右代表者代表取締役 田  巻   章 子  

目録一


目録二

                           謝罪広告
 当社が平成 年 月作成しました後記の図柄は貴殿制作の絵画(「江戸商売図絵」収録)を無断で使用し、同時に改変したものであり、これにより貴社の著作権及び著作者人格権を侵害しましたことを、ここに謹んで謝罪いたします。

    平成 年 月 日
                   
                   株式会社  新橋玉木屋                         
                   代表取締役 田 巻  章  子
三谷 一馬 殿

                                           以 上 

目録三

一、掲載スペース
  二段抜き左右一〇センチメートル
二、活字の大きさ
  表題    二〇級ゴシック
  本文    一六級明朝体
  記名・宛名 一八級明朝体
                                           以 上 

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