アキラの独立

----第2回目----

1988.08.06



大保原法律事務所
 むきになってペンを走らせる明。
 奥から事務所のボス、大保原行造(55)が出てくる。髭をたくわえ、でっぷりしたおじさん。
大保原「あ、おはよう、影山君。ところで、マロン社の事件、そろそろ請求書送ってもいいかな?」
明「ああ‥‥‥もう少し待っていただけますか」
大保原「もう少し、というと、どれくらいかね」
明「‥‥あと1年くらいです」
大保原「!‥‥(ムッとして)もう少し、マロン社の身になって出来るだけはやくかたずけてやったほうがいいね。
 (咳払いをして)ところで、影山君。君、今晩、皐月会の会合に出席するんだろ」
明「ええっ!今日でしたっけ」
大保原「(不機嫌に)君、ここんところ、ずうっと休みっぱなしじゃないのか」
明「はあ‥‥でも、先生、すみません。今日、駄目なんです」
大保原「なぜだね」
明「はあ‥‥‥実は‥‥うちの女房が、今これなもんで」
と、手で腹を膨らませてみせる。
 脇にいるピチピチギャルの事務員B、舌を出して、肩をすぼめる。
事務員B「へえ―、影山先生んちの奥さん、まいとしこれなんだあ」
と、手で腹を膨らませてみせる。

食堂
 飯をかき込む明。

オフィス街
 明、サラリーマンに混じってプラプラ歩いている。
 信号のない横断歩道を渡ろうとしたとき、眼のまえを一台のしゃれた自動車が沢山の歩行者をかき分けて横切ろうとする。
 しかし、昼休みどきの横着な歩行者たち、そう簡単に道を譲ってくれない。
 そのため、運転手、身を乗り出してハンドルを右に左にと操作している。
 その、なにやら必死の形相。
 突然、昨夜の太郎のけたたましい笑い声。
 明、ハッと目をむく。

駐車場(朝)
 しのつく雨。
 太郎を先頭に明、桃子、歌を唄いながら歩く。
 (アニメ『小公女セーラ』の主題歌)
  わたしだって、泣こうとおもったら
  声をあげて何時でも泣けるけど

道(朝)
 雨のなかを、傘を片手に暴走する明の自転車。
 雨の音とともに、次第にはっきり聞こえてくる一昨日の太郎のけたたましい笑い声。
 最後の交差点を渡り、駐輪場の手前、人通りのないの四つ角にさしかかったとき、進行する明に向かって、左方から一台の灰色の自動車が近づいてくる。
  明、車に気がつかない。
明「(車を発見して)えっ!」
と、思わずブレーキをかけるが、雨でスリップして全然きかない。
 ハンドルを右に切ろうとするが、片手では全くいうことをきかない。
 明、金縛りにあったように、進行する灰色の車に吸い込まれていく……
明「ギャァ!‥‥‥」
 傘がユラユラと宙に舞う。

病院・病室
 明、頭に包帯を巻いて寝ている。
 太郎、桃子、その脇で心配そうに座っている。
 明、目を覚ます。
太郎「あっ、(桃子に)起きた‥‥とおちゃん、大丈夫?ぼく、すごくびっくりしたよ、もう」
桃子「おとうちゃん、あたしだって、すごく心配したんだから」
明「(ふたりを強く見て)そうか‥‥それはわるかったな‥‥ごめんよ」
太郎「かあちゃんね、仕事があるからって行っちゃったけど、夕方また来るって」
 明、うなづきながら、目を閉じる。


 明、独りで寝ている。
 風鈴の音色。
 その合間に、遠くで、小さく、一昨日の太郎のけたたましい笑い声。

(F・O)

大保原法律事務所
 頭に包帯を巻いた明、入ってくる。
明「(決然とした調子で)おはようございます」
 室内には大保原がいる。
大保原「おお、君。もういいのかい。やぁ、随分心配したよ。でも、まあ、直ってよかった。うん。あはは‥‥」
明「先生、お話があります」
大保原「おお、何だね」
明「私、事務所やめます」
大保原「ええ!き、きみ。急に何を言いだすんだ!」
明「この間色々考えることがありまして、それでやめることにしました」
大保原「なにっ、なんか不満でもあるの?」
明「いいえ」
大保原「(明に耳うちして)なんだ‥給料か?」
明「いいえ」
大保原「?‥‥(小指を突き出して)それとも‥これか?」
明「ちがいます」
大保原「?‥‥わからんなあ。一体どういうことなんだ?」
明「‥‥先生、私‥‥いいかげんでもう正気に戻ろうかと思ったんです‥‥ただ、それだけのことです。(カバンを持って)裁判所に行ってきます」
大保原「えっ、き、きみ!」
 明、出ていく。
大保原「なんだあ、あいつ、急に。一体どうなってるんだ?さっぱりわからんなあ‥‥
 あいつ、正気に戻るんだ、なんていってたけど、そうすると、わしは、今まで気違いを雇っていたことになるわけか‥‥」
事務員B「(頭を指さして)やっぱ、事故で少しここがおかしくなったんじゃないですか」

料亭・一室(夜)
 大保原、明、向きあって座っている。
大保原「影山君。残念ながら、今日で君とはお別れなんだが‥‥
 (小声になって)実は‥‥急に、あさって、大阪で朝一〇時の事件が入ってね。その日、わしはどうしても 抜けられない用があってね(汗ばんできて)それで、君に代わりに行ってもらえると助かるんだが‥‥」
明「分かりました。行きます」
大保原「(パッと上機嫌になって)おお、そうかそうか。よしよし。さあ、今夜は、君の送別会だ、ひとつパアッといこう、パアッとな、あははは‥‥」
 大保原、手を叩くと、芸者が四人ぞろぞろ入ってくる。
 大保原、相好を崩して、芸者の接待を受けている。
 やがて、そのうちのお気に入りの芸者に抱きつくが、相手はいやな顔ひとつせず愛想よく接待している。
 明、正座したままその様子を凝視している。
明「‥‥‥‥‥‥」

影山家・表(夜)
 太郎、明の自転車の背に乗っている。
 純子、桃子、これを見送っている。
純子「太郎、お父さんのいうことをよく聞いてね」
太郎「うん、分かったよ」
桃子「あんちゃんばっかし、いいな‥‥」
純子「モモは、今度お母さんと行こうね」
太郎・明「行ってきます!」
純子・桃子「行ってらっしゃい!」

東京駅・表(夜)
 明、太郎、親子でショルダーバックをかついで愉快に走っている。

同・ホーム(夜)
 明、太郎、あたりをうかがいながら、寝台列車に乗り込む。

寝台列車(夜)
 明、太郎、神妙に席を探している。
 明、一番下の席を見つけると、あたりを見まして太郎をなかに押し込む。
 明、席に座ると、足もとにいる太郎にすっぽり毛布をかぶせる。
 明、ホッとひと息ついていると、車掌が回ってくる。
車掌「(明に)切符を見せてください」
 明、切符を探していると、太郎の足が毛布から飛び出し、足が四本並んでいるのを発見する。
明「!‥‥」
 明、とっさに自分の足を毛布に隠す。
車掌「どうかしました?」
明「(うろたえて)い、いえ、別に。しかし、今日は何だか暑くて、気持ちがわるいですねえ。あははは‥‥」
 明、ふんぞり返って、頭を天井にぶつける。
明「イテェ!いえ、あははは‥‥」
車掌「?」
 車掌、検札を終え、去っていく。
 明、ホッと溜息をつくと、毛布の上から太郎の頭をポカッと殴る。
太郎「(大声で)イテェ!」
 明、あわてて毛布にしがみつく。

線路(夜)
  寝台列車が通過する。

寝台列車・明の座席
 明、太郎、横になって向かいあっている。
太郎「(夢見がちに)とおちゃん、僕たち今ほんとに汽車に乗ってるの?」
明「ああ、そうだ」
太郎「ねえ、これ、いつまで乗っていいの?」
明「目が覚めるまでいいよ」
太郎「ほんと?‥‥うふふふ」
明「うふふふ‥‥」

線路(朝)
 明け方、寝台列車が通過する。

旅先の銭湯(朝)
 明、太郎、湯ぶねにつかっている。
太郎「とおちゃん、いい気持だね」
明「ああ‥‥」

旅先の飯屋(朝)
 明、太郎、朝食をとっている。

前に<−−>

Copyright (C) daba