2000年7月13日

安全性確認申請書の検討

−特に統計処理の扱いについて−

遺伝子組み換え食品いらない!キャンペーン
理学博士 杉田史朗

はじめに
 食品衛生センターでの市民の手による筆写により、膨大な資料の生データの一部が明らかとなりました。すべての問題点を指摘できる状況からは程遠のですが、難解な言葉と膨大な資料の裏に隠された安全性検査の問題点がいくつか明らかとなりました。 
 特に数字の扱いや統計処理は、専門家でも見落とすことが多いので、細かく点検する必要があります。少し専門的で、市民の方には難解かとは思いますが、専門家による再検討をする上での参考資料として、統計処理上の問題点を指摘いたします。
 実際に計算に用いた表計算ソフトのデータもありますので、ここで行った計算の詳細の知りたい方には、データを提供いたします。

統計処理上の問題点

 実験生物学者の立場からデータの解析法に問題があることを指摘します。統計処理法の選択が不適切であるといえます。

 報告書で採用されている方法は、以下の方法です。

 一般の統計学の教科書に載っていないような、複雑な統計処理が行われています。実験自体は、遺伝子組み換え大豆と従来のものとを比較する実験ですので、単純な比較実験です。このことを見ても、なぜ、このような特殊な方法をあえて採用したのか、疑問があります。

 Dunnett(ダネット)検定というのは、「ひとつの対照群と他のすべての群(それらの間の比較をせずに)との比較」1)に用いられる方法です。ここでの実験のばあい、下図のような比較のみ行うことになります。

 

 図で明らかなように、ノンパラメトリツク法 Turkeyの多重検定法はもっともオーソドックスで信頼度の高い検定法です。
 普通の方法で差が出なければ、それを素直に採用し、その報告を記載するのが普通です。この方法で問題が出た場合、それをあえて避ける方法がとられることがよくありますが、今回の申請書は、そのケースであると考えられます。
 実際、オーソドックスな処理をすると、市販の飼料とGMOの飼料2との間で差が出ます(後述)。実際に、市民・農民の立場からは、「市販の飼料がGMOになった場合、どのような影響が出るのか」を知りたいわけです。実際、問題点が読み取れるデータであっても、学者としての論理のみを押し通して、強引に問題がないという結論を導き出していることが疑われます。

オーソドックスな統計処理による食餌実験の結果の解析

 オーソドックスな統計処理によるデータの解析を行い、結果を再検討しました。

 統計処理の概要

 実験データの構造から、計測データを対数変換し、繰り返しのある二元配置の分散分析(ノンパラメトリツク法)を行いました。データの欠損の補正には、調和平均を利用する方法を用いました。平均値の比較は、Turkeyの多重検定法で有意差検定を行いまた。平均値は、対数変換データを指数関数で元に戻したものをしめしました。

          因子 A: 体重・臓器および性別 (メスには睾丸がないため、三元配置の実験計画とはならない)

分散分析の結果

Factor

S

d.f.

MS

F

A (Organ&Sex)

105.381222

6

17.56353695

23110.12

**

B (Feed)

0.04334011

3

0.014446702

19.00899

**

A x B

0.12704911

18

0.007058284

9.287298

**

R(AB)

0.18847834

248

0.000759993
**: 危険率1%で有意。

多重検定の結果

 Turkeyの多重検定法で有意差検定を行いました。スチューデント化された範囲Qを用いて、LSD=0.04402を算出。0.04402以上対数平均値が離れていれば、危険率5%で有意差がある。有意差のある組み合わせを、下表に網掛けで示しました。図の数字は実数(単位g)、表は対数値です。

市販品

GMO1

親品種

GMO2

5.977

5.967

5.949

5.919

市販品

5.977

0.000 0.011 0.029 0.058

GMO1

5.967

(0.010) 0.000 0.018 0.048

親品種

5.949

(0.028) (0.018) 0.000 0.030

GMO2

5.919

(0.058) (0.048) (0.030) 0.000

市販品

GMO1

親品種

GMO2

1.312

1.302

1.274

1.228

市販品

1.312

(0.000) 0.010 0.038 0.084

GMO1

1.302

(0.010) (0.000) 0.028 0.074

親品種

1.274

(0.038) (0.028) (0.000) 0.046

GMO2

1.228

(0.084) (0.074) (0.046) 0.000

おわりに

 このように、生データを誰もが見ることができれば、専門家の目で科学的な問題提起がさまざまな面からできるようになります。さまざまな人の目に触れることにより、より客観的な安全性審査ができます。一部の(開発推進の立場の)科学者のみがデータを見るという現在のシステムは、安全性を確実に審査するものではありません。

食品の安全性を確実に審査するために、全データの公開を求めます。


参考文献

1) Motulsky, H. (1995) Intuitive Biostatistics. Oxford University Press, Inc.
(邦訳)数学いらずの医科統計学 津崎晃一 監訳 メディカル・サイエンス・インターナショナル
2) Ewen, S.W. and Pusztai, A. (1999) Effect of diets containing genetically modified potatoes expressing Galanthus nivalis lectin on rat small intestine. Lancet vol.354. 9187.

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