1999.06.25
(・・・ネット&著作権法の認識に保存)
(・・・著作権紛争の森に保存)
本件事件は、法律問題としては単純明快であるが、紛争としては錯綜を極める(当然のことながら、このことが判決に微妙な影を落とした)。
原告は、江差追分に関するノンフィクション「北の波涛に唄う」、江差追分のルーツをテーマの一つにした小説「ブタペスト悲歌」の作者。
被告NHKは、江差追分のルーツを探求したドキュメンタリー「遥かなるユーラシアの歌声−−江差追分のルーツを求めて−−」(ドキュメンタリー「江差追分」と略称)の制作者。
原告は、被告NHKらに対し、1991年、以下の理由で提訴した。
1、ドキュメンタリー「江差追分」は、原告の小説「ブタペスト悲歌」を無断で翻案したもので、翻案権侵害に該当する、
2、ドキュメンタリー「江差追分」の放映、それに関連した番組責任者の行為は、小説「ブタペスト悲歌」に関連して、原告の名誉を毀損したもの
3、ドキュメンタリー「江差追分」のナレーションの一部は、原告のノンフィクション「北の波涛に唄う」を無断で翻案したもので、翻案権侵害に該当する、
一連の裁判の結果を一覧表にすると、次の通りである(原告からみて勝ったケースが○、負けたケースが×)。
一審(96.09.30東京地裁) | 二審(99.03.30東京高裁) |
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ここでは、最高裁で争点となった第3の請求について、争いになっている作品の該当部分につき、対照表を紹介する。
上告受理申立理由書(2)に戻るなら、→ここから
事件番号 東京高等裁判所 平成11年(ネ受)第182号 損害賠償等請求事件
当事者 原告(被控訴人・被上告人) 木内 宏
被告(控訴人・上告人) NHKほか3名
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「遥かなるユーラシアの歌声〜江差追分のルーツを求めて〜」 |
むかし鰊漁で栄えたころの江差は、その漁期にあたる四月から五月にかけてが一年の華であった。鰊の到来とともに冬が明 け、鰊を軸に春は深まっていった。 彼岸が近づくころから南西の風が吹いてくると、その風に乗った日本海経由の北前船、つまり一枚帆の和船がくる日もくる日 も港に入った。追分の前歌に、 ●松前江差の 津花の浜で すいた同士の 泣き別れ とうたわれる津花の浜あたりは、人、人、人であふれた。町には出稼ぎのヤン衆たちのお国なまりが飛びかい、海べりの下 町にも、山手の新地にも、荒くれ男を相手にする女たちの脂粉の香りが漂った。人々の群れのなかには、ヤン衆たちを追って 北上してきた様ざまな旅芸人の姿もあった。 漁がはじまる前には、鰊場の親方とヤン衆たちの網子合わせと呼ぶ顔合わせの宴が夜な夜な張られた。漁が終れば網子わ かれだった。絃歌のさざめきに江差の春はいっそうなまめいた。「出船三千、入船三千、江差の五月は江戸にもない」の有名 な言葉が今に残っている。 鰊がこの町にもたらした莫大な富については、数々の記録が物語っている。 たとえば、明治初期の江差の小学校の運営資金は、鰊漁場に建ち並ぶ遊郭の収益でまかなわれたほどであった。 だが、そのにぎわいも明治の中ごろを境に次第にしぼんだ。不漁になったのである。 鰊の去った江差に、昔日の面影はない。とうにさかりをすぎた町がどこでもそうであるように、この町もふだんはすべてを焼き 尽くした冬の太陽に似た、無気力な顔をしている。 五月の栄華はあとかたもないのだ。桜がほころび、海上はるかな水平線にうす紫の霞がかかる美しい風景は相変わらずだ が、人の叫ぶ声も船のラッシュもなく、ただ鴎と大柄なカラスが騒ぐばかり。通りががりの旅人も、ここが追分の本場だと知らな ければ、けだるく陰鬱な北国のただの漁港、とふり返ることがないかもしれない。 強いて栄華の歴史を風景の奥深くたどるとするならば、人々はかつて鰊場だった浜の片隅に、なかば土に埋もれて腐蝕した 巨大な鉄鍋を見つけることができるだろう。魚かすや油をとるために鰊を煮た鍋の残骸である。 その江差が、九月の二日間だけ、とつぜん幻のようにはなやかな一年の絶頂を迎える。日本じゅうの追分自慢を一堂に集め て、江差追分全国大会が開かれるのだ。 町は生気をとりもどし、かつての栄華が甦ったような一陣の熱風が吹き抜けて行く。 |
日本海に面した北海道の小さな港町、江差町。古くはニシン漁で栄え、「江戸にもない」という賑いをみせた豊かな海の町でした。 しかし、ニシンは既に去り、今はその面影を見ることはできません。 九月、その江差が、年に一度、かつての賑わいを取り戻します。民謡、江差追分の全国大会が開かれるのです。大会の三 日間、町は一気に活気づきます。 |