「著作権の穴」の探究にあたって

6.19/98



今度、新たに、以下の2つのコーナーを設けようと思う。

現行著作権法のアポリア・抜穴

コンピュータ・ネットワーク時代のデジタル著作物の下における著作権概念の再発見!

それは、次のような事情による。

1つは、10年ほど前、著作権法のその最も幻想的な正体が分かったあと、その貧相な理論体系に嫌気が差し、数学の方面に関心が移って、しばらくそちらのことばかりやっていた。しかし、当時の私の数学の師匠であった山口昌哉氏は、私に向って、こう言った。

医者の松田道雄は、現場を離れて理論的なことをやり始めたときからインパクトを失った。あなたもそうならないように気をつけなくては。

「良薬は口に苦し」の通り、このコトバは、理論的な数学に本腰を入れようとしていた私にのっけから水を差した。
しかし、時間の経過とともにこれが真理であることを益々実感せざるを得なくなり(同時に、予定していた数学への取り組みがその後完全に行き詰まったせいもあって)、再び、紛争の現場に戻ることになった。

 ゲーテがどこかで言った「理論は灰色だが、現実は緑だ」の言葉通り、著作権法も所詮人が作った理論であり、制度である。これが現実の多様性に及ぶべくもないのは当然のことである。しかし、この原則的な認識をただ表明するだけで終わらせず、この間、実際に現実の紛争の渦中に参加してみて初めて知った現実の多様性というものを放ったらかしにせず、この際、書き留めておくことにした(モノグサだし、記憶力も悪いので、放っておくと必ず忘れるから)。

 とりあえず以下に列挙するのは、これまで実際の紛争現場で直面して呻吟した生々しい経験から取り出された問題点であり、これからまとめようと思うものである。

テーマ 説 明 素 材
翻案権侵害の
判断基準
ノンフィクションなどの事実的著作物を原著作物として
翻案したかどうか。
大河ドラマ「春の波涛」事件
ドラマ「悪妻物語」事件
映画「ハリマオ」事件
有名キャラクターを原著作物として翻案したかどうか 漫画「タイガーマスク」無断続編作成事件
複製権侵害の
判断基準
「同一性(実質的類似性)」の具体的内容 競馬ゲームソフト事件
有名キャラクターの複製権侵害について新しい要件の提唱 「サザエさん」事件
「ポパイ」事件
「ときめきメモリアル」事件
科学的研究の学術的著作物の場合、「同一性」の判断の前に行なうべき「多様な表現形式の可能性」の要件の吟味 「壁の世紀」事件(歴史研究における史料翻訳事件)
表現の利用と情報の利用との差異 漫画「沈黙の艦隊」事件
頒布権の適用
範囲
映画「101匹ワンチャン」並行輸入事件
同一性保持権
の抜穴
私的改変の合法性・違法性 「ときめきメモリアル」事件
同一性保持権を侵害した侵害物を複製した者の責任発生の根拠 「ときめきメモリアル」事件
氏名表示権 共同著作物の氏名表示権の行使(64条)の要件 「東京裁判」事件
著作物の国際的保護 どの国籍の者の著作物かを決定するための準拠法とは 「日本における外国企業に勤務する者が制作した著作物」事件
法的な責任と無責任とのはざまの責任のあり方

もう1つは、この間、アナログ著作物に替わるデジタル著作物、それもコンピュータ・ネットワーク時代のデジタル著作物をめぐる著作権の紛争にかかわる経験をしてみて、これまで考えてもいなかった未知の問題に直面しているのを実感し、それで、この際、きちんとコンピュータ・ネットワーク時代のデジタル著作物の下における著作権概念を再発見しておこうと思うようになった。このコーナーは、その取り組みのための場所である。
 参考までに、実際、私がデジタル著作物をめぐる著作権の紛争にかかわってきてどんな風に感じてきたか、実際の訴訟の中で作成した書面から抜粋して、以下に紹介したい。

三、核心の二――コンピュータ用のデジタル著作物の下で、著作物の「改変」概念の再構成――
  言うまでもないことであるが、もともと著作権法上の様々な概念は、小説にせよ絵画にせよ音楽にせよ一九世紀的なアナログ的な性格の著作物を念頭に置いて構成されてきたものである。従って、その諸概念は、その後、テクノロジーの発達に伴い登場してきた全く新しい性格の著作物、すなわちデジタル著作物にはそのまま通用するものでなかった。そこで、著作権法は、早急に手当てする必要のあるものについて、デジタル化という新たな性格に対応して立法的な解決をおこなった(例えば、著作物概念を実際上拡張して、新たにプログラムの著作物やデータベースの著作物を認めたり、同一性保持権の例外規定を拡張して、プログラムの改変の場合の除外事由を盛り込んだりした)。しかし、これらの立法的解決では不十分なことは言うまでもない。本当を言えば、デジタル化という新たな性格を念頭において、一度洗いざらい、著作権法の全ての概念の中身について徹底的な再吟味が必要なのである。
 このことは、本件においても妥当する。つまり、本件においては同一性保持権の侵害が問題になっているが、この同一性保持権の概念にしても、前述した通り、一九世紀的なアナログ的な性格の著作物を念頭に置いて構成されてきたものである。従って、これとは全く異質なデジタル著作物(例えば、デジタル著作物ではアナログ著作物における本物[=マスター]と複製物[=コピー]といった根本的な区別はもはや存在しない。全てが本物でありコピーでもある)、それもコンピュータを用いたデジタル著作物における改変が問題となっている本件において、このような旧来の同一性保持権の概念をそのまま持ち込んで適用する訳にはいかない。あくまでも、デジタル著作物の下における適正な「改変」概念を再構成(=再発見!)してからのちに初めて本件にこれを適用することができるというべきである。その意味で、我々に必要なことは、コンピュータを用いたデジタル著作物の特質を十分に踏まえ、これにふさわしい形で、著作物の「改変」概念を再構成することである。

(「ときめきメモリアル・メモリーカード」事件(二審)--平成10年3月20日付控訴人準備書面(1)--)

要するに、ここでやりたいことは、

デジタル化という新たな性格を念頭において、一度洗いざらい、著作権法の全ての概念の中身について徹底的な再吟味
ということである。

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