実務家の自己吟味（著作権法における「創作性」とは何か）
第１回：プロローグ――「著作権法の穴」――
12.9/01
いつも予め結果を知りたがる人は、決して、
精神と生の真の冒険に身を委ねることはできない。
（ミヒャエル・エンデ）
◆
著作権法の最大の穴は「創作性」である。なぜなら、その中身がさっぱり明らかになっていないからである。
もともと著作権法は、創作性のない作品は保護しない。つまり「創作性」こそ作品の価値の源泉であり、それゆえ、そこに著作権法による保護の根本的な根拠があるのだから、本来なら、「創作性」について緻密な吟味があって当然である。しかるに、これまで、それは著作権法の盲点、というより誰もが知っていて放置してきた穴だった（これを放置してきた最大の理由は、伝統的な著作権ビジネスにとって、これまで「創作性」の中身など、実はどうでもよかったからであり、なおかつ伝統的な学者・法律家にとっても、著作権法というシステムの内部をうまく泳ぎまわりさえすれば足りるのであって、それ以上、「創作性」とは何ぞやといったシステムそのものの意味を問うようなことには関心がなかったからである）。
しかし今や、デジタルとインターネット全盛の時代にあって、この穴はもはや放置するわけにはいかなくなった。
そこで、その穴埋めのため、これまで私が担当した著作権事件（裁判）を通じて、「創作性とは何か？」について吟味したいと思う。
さしあたって、今回の取り組みは、次のようなやり方で進められる。
| 権利 | ジャンル | 事件名 |
| 翻案権 | ドラマ | 「春の波涛」事件（著作権判例百選[第三版]74） |
| ドキュメンタリー | 「北の波涛」事件（百73） | |
| キャラクター |
「続タイガーマスク」事件 |
|
| 「ときめきメモリアル」Ｖどぎまぎイマジネーション事件（百76） | ||
| 複製権 | 絵画 | 「新橋玉木屋」事件（百9） |
| 歴史研究 | 「壁の世紀」事件（百5） | |
| 同一性保持権 | ゲームソフト | 「ときめきメモリアル」Ｖメモリーカード事件（百58） |
| 「ときめきメモリアル」Ｖどぎまぎイマジネーション事件（百76） | ||
| 氏名表示権 | 映画 | 「東京裁判」事件 |
必ずしも私が担当した事件ではないが、「創作性とは何か？」をめぐって、間違った判断に陥っている判決或いは非常に参考になる判決について批評をしておきたい。
| 権利 | ジャンル | 事件名 |
| 翻案権 | ドラマ | 「悪妻物語」事件（百108） |
| キャラクター | 「サザエさん」事件（百60） | |
| 「ポパイ」事件（[第二版]百18） | ||
| 要約 | 「日経新聞要約」事件（百70） | |
| 同一性保持権 | 写真 | 「パロディ」事件（百57） |
◆
いうまでもなく、現実の生きた紛争の解決にとって、キーは法律ではなく、事実にある。それゆえ、著作権侵害事件においても、そのキーは、その紛争を構成する全ての事実関係を踏まえて、その作品の「創作性」を明るみにすることである。それは単なる「創作性」理論一般では済まない。紛争ごとに作品の「創作性」を明るみにするやり方が異なるからである。そもそも同一の作品ですら、侵害した相手の作品に応じて、その「創作性」の様相は異なるのである。
そこで、著作権侵害の紛争を担当する代理人は、その紛争に最も相応しい作品の「創作性」を明るみにするやり方を吟味検討しなければならない。その作業はあたかも、そのシーンに最も相応しい映像表現を見つけ出そうとする映画監督に似ている。そして、代理人は、見つかった最も適切なやり方を頭に入れ、それを具体化していく。それはいみじくも新藤兼人が「この世界的なけんらんたる六分間の映像の展開は‥‥あらかじめエイゼンシュテインのあたまの中に一本のフィルムができあがって生まれたのである」（「それは青春だった」）と指摘した通り、映画監督の頭の中にはそのシーンに最も相応しい完璧なイメージが出来上がっていて、それを現実の俳優と映画スタッフの仕事がそのイメージに到達するまで、飽きることなく彼らに徹底して演技指導・指示をくり返すのによく似ている。著作権侵害の紛争における俳優と映画スタッフとは、その作品を創作した著作者（クリエーター・プロデューサーなど）、その作品の構造分析をする専門家（文学研究者、評論家など）、その紛争を担当する法務の人たちのことである。代理人もまた、映画監督と同様、自らの頭の中に出来上がっている完璧なイメージを彼らが掴み取り、著作者の「意見書」なり専門家の「鑑定書」なりにそれが明確に刻印されるまで、容赦なく、彼らに対して何度でも推敲を要求するのである。従って、それは、映画がそこに参加した映画スタッフ・俳優たち全員の作品であるのと同様、創作性を明るみに出すための作品制作に参加した著作者、専門家、法務担当者たち全員の産物である。だから、記憶に残るような著作権判例に対しては、当事者（著作者）・代理人のみならず、専門家、法務担当者の人たちの功労と名前が記憶されて然るべきである。
だから、私は、ここで、その活躍ぶり（人によっては「その不活躍ぶり」）が殆ど知られていない陰の存在である法務担当者について付言しておきたい。なぜなら、彼らこそ、実際のところ、著作権侵害紛争の行方を左右する張本人だからである。彼らの情熱、意気込みこそ、著作権侵害裁判の質を事実上決定する。つまり、彼らの情熱なしに代理人がいくら頑張ってもダメなのである。私が、これまで、記憶に残るような著作権侵害裁判を担当し得たのは、ひとえにこうした人たちのアグレッシブなまでに創造的な協力のおかげである。だから、彼らこそ、著作権の穴を埋める知られざる功労者として記憶されて然るべきである。よって、私にとって最良の協力者であった彼らの名前を（著作権裁判においても、こうした個人の存在こそが新しい道を切り開くのだということを再確認するためにも）、以下に記しておきたい。
| 「春の波涛」事件 | 渡辺明・熊野烈 |
| 「北の波涛」事件 | 上貞晴彦 |
| 「続タイガーマスク」事件 | 土屋紀夫 |
| 「新橋玉木屋」事件 | 三谷靭彦 |
| 「壁の世紀」事件 | 田中吉昭 |
| 「ときめきメモリアル」Ｖメモリーカード事件 | 竹内弘行・木村拓雄 |
| 「ときめきメモリアル」Ｖどぎまぎイマジネーション事件 | 中宮雄幸 |
◆
今、著作権の最大の問題は「創作性の衰退」という危機に現われている。しかし、このことは何も芸術に限ったことではない。法律においても同様である。これまで15年ほど著作権侵害の裁判をやってきて、参照してためになった著作権の文献は皆無に等しい（ただし、現役裁判官の書いた「著作権関係事件の研究」だけは別格であり、除く）。参考にした理論書はみな、新藤兼人や野田高梧やタルコフスキーや遠山啓や柄谷行人といった、法律以外の分野の人たちのものばかりである。
思うに、著作権侵害における「創作性」の問題は、現代法学の最先端の論点の一つにもかかわらず、伝統的な学者・法律家にとって躓きの石である。なぜなら、彼らの伝統的なスタイルでは、この問題にはかすりともしないからである。しかし、実はここにこそ、今まで誰もきちんと突き詰められてこなかった法律の本質を掴み出すチャンスがある。なぜなら「始源的なものは、それが成熟したとき視えてくる」（柄谷行人「シンポジウム：<数学の思考>をめぐって」）ものだからである。
とはいえ、私にとっても、この問題は鬼門である。しかし、他方でこれは、真（科学）、善（倫理）、美（芸術）に関する人類のこれまでの成果をすべて注いで取り組む価値のある未解決な問題、人間が全力を賭けて取り組む甲斐のある真に創造的な課題である。だから、私も、大胆不敵を承知で、このような観点から本稿を取り組む積りである。
そこでまず、「創作性」の問題について、私なりにこれまでに考えてきた「議論の整理と問題の所在」に関して、以下に粗削りのスケッチをしておく。
１、議論の整理（法律に関する過去の成果の確認）
法律とは何をするものなのか？最初に、これに関するこれまでの成果を確認しておきたい。
(1)、学者・法律家の任務
今から70年以上前に、民法の大学者我妻栄は次のことを明らかにしている。
法律とは、法律が対象とすべき社会現象に対して、一定の価値判断に基づき、具体的な法律構成の形を取って判断を下すことであり、それゆえ、学者・法律家の任務とは次のように言うことができる（「私法の方法論に関する一考察」1926年）。
ここから明らかなことは、今日、我々はつい、「法律は法律の世界だけで完結できる（＝処理できる）」かのように思い込む傾向があるが、そんなことはまったく不可能だということである。
民法学者の川島武宜に言わせれば、�，亘［Г畔霧弔遼ー匆餝悗硫歛蠅任△蝓↓△賄�学の課題である（「科学としての法律学」）。このことは著作権の「創作性」の問題においてもっと露骨に現われる。なぜなら、�，郎酩癖�析に関する文芸科学（＝構造主義）の問題であり、�△枠�学の問題だからであり、これらについて著作権法自身、何も語っていないからである。ここから明らかなことは、今日、我々はつい、「法律は法律の世界だけで完結できる（＝処理できる）」かのように思い込む傾向があるが、そんなことはまったく不可能だということである。
(2)、法律の本質と法的判断プロセスの真実
同じく今から70年前に、アメリカの法律家ジェローム・フランクは、法律の本質について、次のことを明らかにしている（「法と現代精神」1930年）。
我々は、裁判において「どのような紛争にも、それを判断し判決を下す基準となる法律の規範がすべて予め用意されていて、しかもそれは確固不動なものであって、それゆえ、法律家の仕魔ﾆいうのはそのような法律を単に見出し論理的に適用するだけのことなのだ」と思い込む傾向があるが、ﾀはこれはまったくの「幻想ないし神話」にすぎない。現実には、そのような確固不動な法律の規範なるものは存在しない、と。
そして、ここから導かれることは、我々は、得てして「裁判の最終段階で示される判決文中に明らかにされた判決理由（これは法律構成という体裁をまとっている）の通りに、実際に、裁判官は判断したに違いない」と思い込む傾向があるが、しかし、これもまた幻想だということである。
では、法律の本質とはいかなるものか？そして、裁判における現実の法的判断プロセスとはいかなるものか？
この点に関し、私は、かつて、実務家としての経験から次のように言ったことがある。
一度でも正真正銘の紛争の渦中を最後まで体験したことがある人なら誰でも心中秘かに確信していることであるが、法律とは或いは法規範とは、実に予め紛争の解決基準を表示するための尺度などでは決してなく、その反対に、紛争の嵐のあとに初めて見い出され、しかも個別の紛争の都度その様相を異にする、絶えず不透明な意味をはらみ続けるテクストのことなのである。
何故なら、たとえ予め紛争というものに法規範という解決基準が内在していると信じたとしても、結局のところ紛争が現実に解決するかしないかは飽くまでも紛争当事者の或いは裁判官の暗闇における命懸けの飛躍に懸かっていることを経験上知っているからである。解決の寸前はいつも「暗黙の中における跳躍｣(クリプキ）なのだ――ここがロードス島だ、ここで跳べ！
その意味で、紛争の渦中から洞察を開始する者にとって、『法規範』（但しこれは、一見我々の眼に予め確固不動に存在するかのように見える法規範のことを指す）が紛争に関する諸事実を統括し、最終的な解決基準を導き出す紛争解決の中心であるというのは単なる幻想にすぎない。現実は、封建時代における武士階級の実態と同じく、『法規範』に何等特権的地位を与えるものではない。『法規範』といえども現実の紛争の中においては紛争を構成する諸事実の中の一つに過ぎないのだ。（「著作権法の現代的課題」1989.11.15）
従って、裁判における判決文中の判決理由とは、裁判官が、紛争の対象となる紛争事実の認識と事実に対する法的評価に適用される価値基準の吟味・選択という格闘の末、「暗黙の中における跳躍｣という決断の結果獲得された結論を事後的に正当化するための体裁として表現されたものにほかならない（もっとも、このことは既に70年前、我妻栄の前述の論文で明らかにされていることである）。
２、問題の所在
以上から導かれる帰結、つまり著作権の「創作性」の問題において我々に突き付けられた課題とは、次のように言うことができる。
これらについて、著作権法は何も語っていない。つまり、これが著作権法の穴の正体である。
以上の穴について、次回以降、生の著作権侵害事件を素材に、できるだけ具体的に検討していきたいと思う。
◆
ここまで読んできた人の中に、「この原稿は何だ！一方でえらい抽象的な法哲学みたいな議論があるかと思うと、他方でえらい具体的な生の事件の話や固有名詞が出てきて、さっぱり訳が分からない」という感想を持つ人がいるかもしれない。
しかし、私自身はサロンのお喋り人間ではなく、正真正銘の実務家である。あくまでも、著作権紛争の現場に身を置き、そこで直面した生々しい解決困難な問題を考え抜くために、上に述べたような思考実験或いは試行錯誤をしている――一方で、法律問題を解決する基盤は法律ではなく、あくまでも事実にあり、だから徹底して具体的な事実にこだわる必要があるのだという認識が不可避であり、他方で、しかしなお、最終的な法律判断に至るためには、そうした事実を踏まえてこれを法的に評価する必要があり、そこで、主観的ではない、普遍的な評価というものをいかにして確保すべきかが決定的に重要な問題となるのであり、この目に見えないプロセスにメスを入れるために、どうしても、抽象的な哲学的な問題に踏込まざるを得ないという認識が不可避であることを確認しているのである。
そして願わくば、70年前に、我妻栄やジェローム・フランクらによって提起され、その後川島武宜らがその問題の重要性を訴えたにもかかわらず、どうした訳か、殆ど何の進展もないまま今日に至っている――そのため、現存の最良の実務家の一人である大野正男ですら、「サド」事件などの憲法訴訟においてこの問題で足踏みしたままでいる（大岡昇平との対談「フィクションとしての裁判」）――法律の根本問題にひとつのケリをつけたい。
そうした私のスタンスを明らかにしておく意味でも、今後もっと徹底した形で展開したいと思っている、著作権紛争の現場でこれまで直面してきた厄介な法律問題（とはいえ、ここで示すのは全体のほんの一端にすぎない）について、あらかじめ私のスケッチを以下に示しておきたい。
＊＊著作権の交通事故とその治療＊＊＊
その１、「作品の表現形式上の本質的特徴部分」概念の混乱（2001年６月27日「北の波涛」事件最高裁判決）
【序】
今年出た「北の波涛」事件最高裁判決で、判決は、翻案権侵害の判断基準として、「作品の表現形式上の本質的特徴部分」概念（以下、「本質的特徴」論という）を採用した。しかし、これはハッキリ言って間違いである。言い換えれば、最高裁の1980年３月28日「パロディ」事件最高裁判決の読み間違いである。しかし、本当のところ、（どうもでいいわけではないが）そんなことはそうたいした間違いではない。
なぜなら前述した通り、翻案権侵害の判断の最終的な決め手となるのは、そんなどうとでも解釈できるような抽象的な「作品の表現形式上の本質的特徴部分」概念のレベルにあるのではなく、そのようなレトリックの下で現実に取り上げられ、徹底的に吟味されたレベルのこと、つまり我妻栄が「私法の方法論に関する一考察」で指摘した、
にあるからである。
そして、この点について、私たちは、「北の波涛」事件上告審で、それまでの判断を覆すに足りるだけの主張を用意した。それが、
このように、翻案権侵害の判断における本質的な課題のありかを自覚した上で、我妻栄が言う３つ目の「法律構成」のレベルの問題として、「作品の表現形式上の本質的特徴部分」概念の交通整理をしておきたい。
一つ目は、「北の波涛」事件最高裁判決の「パロディ」事件最高裁判決の読み間違いの意味について。
二つ目は、「本質的特徴」論が生き残るとしたら、その課題は何か。
【破】
「パロディ」事件最高裁判決を読み間違えたのは、何も上の最高裁判決に限ったことではない。殆どみんな間違えている。では、それはどのような意味で間違えているのか？
元々、「パロディ」事件最高裁判決で「本質的特徴」論が展開された文脈というのは、同一性保持権の侵害を判断するに際して、その核心部分である「著作物の内容の無断改変」かどうかを判断するために用いられたものではなく、「改変」のケースの帰結として新たに問題となった「他人の著作物を素材にまで消化した」ような場合（そのような場合にはどんなに改変がなされようとも、もはや同一性保持権の侵害にはならない）に該当するかどうかを判断するために、その判断基準として新たに導入されたものである
従って、そのような「改変」のケースとその延長線上にある「他人の著作物を素材にまで消化した」ケースとの限界を判断するために用いられた判断基準である「本質的特徴」論を、翻案権侵害訴訟において、その核心部分である「両作品が翻案として類似している」かどうかを判断するために用いるのは明らかに間違いというほかない（もっとも、この「本質的特徴」という言い回し自体、洗練されていて、そのため、つい、その言葉の虜にされてしまうのだが、そんなものに惑わされてはいけない）。
ただし、もし「本質的特徴」論が翻案権侵害訴訟でも活用されるとすれば、それは、「改変」のときと同様、「翻案」のケースの帰結として新たに問題になる「他人の著作物を素材にまで消化した」ような場合（そのような場合にはどんなに翻案がなされようとも、もはや翻案権の侵害にはならない）に該当するかどうかを判断するときである。しかし、「北の波涛」事件では、そのような争点は登場しなかった。あくまでもそもそも「翻案」なのかどうかだけが問われたのである。
このような意味で、翻案権侵害訴訟において、前記最高裁判決のように、「本質的特徴」論を用いたのは間違いである。
ちなみに、この点につき、私は、前記補充書で、次の通り指摘しておいた。
二、前記パロディ事件最高裁判決の構成が意味するところ
本来なら、同一性保持権の侵害の「改変」を判断するのであれば、他人の著作物に手を加えて修正・変更したことさえ認定できればそれで足りる筈である（前記�◆法�
それでは、最高裁が、さらに、前記��の検討にまで踏み込んだのは一体何を意味するのか。
それは、他人の著作物を利用して自分の作品を制作する場合、その利用の態様が、ときとして、通常の「改変」の域を越えて、他人の著作物が自分の作品の「素材」にまで消化されてしまうような場合（参考文献�承�載の、ベラスケス晩年の大作「メニナス」とマネの代表作「草上の昼食」の絵を元にして描いたピカソの絵「ラス・メニナス（ベラスケスによる）」と「草上の昼食（マネによる）」などはその好例である）が時としてあることを踏まえ、そのような場合にはもはや同一性保持権の侵害にすらならないから、「パロディ」の正当性が真正面から争われた当該事件がそのような場合に該当しないかどうか、を抗弁事実として吟味したのである。
その意味で、これは、同一性保持権の侵害に関する請求原因事実を認定した後、「他人の著作物を素材にまで消化した」という抗弁事実が成立するかどうかについて吟味したものと評することができる。そして、この「他人の著作物を素材にまで消化した」というのは、元の著作物が単なる素材にまで消化されてしまい、もはや元の著作物がその個性的な特徴を失ってしまったような場合であるから、その判断基準として、
「元の著作物の表現形式上の本質的な特徴自体を、新たな著作物において直接感得できるかどうか」
を採用したのである。これがまさしくここで言う「本質的な特徴の感得」論にほかならない。
そのことは、この最高裁判決が、本件は「著作者人格権を侵害するものである」と結論を出したあとにおいて、やや弁解がましく、自己の論旨を次のように釈明していることからも明らかである。〈 なお，自己の著作物を創作するにあたり，他人の著作物を素材として利用することは勿論許されないことではないが，右他人の許諾なくして利用をすることが許されるのは，他人の著作物における表現形式上の本質的な特徴をそれ自体として直接感得させないような態様においてこれを利用する場合に限られるのであり，したがって，上告人の同意がない限り，本件モンタージュ写真の作成にあたりなされた本件写真の前記改変利用をもって正当とすることはできないし，また，例えば，本件写真部分とスノータイヤの写真とを合成した奇抜な表現形式の点に着目して本件モンタージュ写真に創作性を肯定し，本件モンタージュ写真を一個の著作物であるとみることができるとしても，本件モンタージュ写真のなかに本件写真の表現形式における本質的な特徴を直接感得することができること前記のとおりである以上，本件モンタージュ写真は本件写真をその表現形式に改変を加えて利用するものであって，本件写真の同一性を害するものであるとするに妨げないものである。〉
三、結論
以上から、次のように言うことができる。
パロディ事件最高裁判決が「本質的な特徴の感得」論を採用したのは、あくまでも、同一性保持権の侵害である「改変」に関する請求原因事実が認められた場合、これに対する抗弁事実である「他人の著作物を素材にまで消化した」ケースに該当するかどうかを判断するための基準として用いられたものである。だから、これは、もともと翻案権侵害の判断基準とは縁もゆかりもない概念である。それゆえ、翻案権侵害が真正面から争われた本件において、原判決のように、これを、翻案権侵害に関する要件事実のひとつである「両作品の類似性」の判断基準として用いることが理論的に誤りであることは明々白々である。》（補充書(1)43〜44頁）
【急】
(2)、「本質的特徴」論が生き残るための課題
「北の波涛」事件上告審で、私は、翻案権侵害における「両作品の類似性」の判断基準として、「本質的特徴」論を使うのではなく、「創作的な内面的表現形式」を用いるべきであると主張した。このとき、私が最もこだわったのは、「本質的特徴」論を使うと、パロディ事件最高裁判決のときの文脈・観点（＝「改変」のケースとその延長線上にある「他人の著作物を素材にまで消化した」ケースとの限界を判断するための基準）が、翻案権侵害の「両作品の類似性」判断の中に混入してしまい、そのような異質な基準のために、翻案権侵害の適正な判断を狂わせてしまう恐れがあるからである。だから、そのような混入を防止するためには、そのような混入の恐れのない安全な「創作的な内面的表現形式」の概念を用いるべきだ、と。
今でもその考えは変わらないが、しかし、問題の核心からみればそれは些細なことである。しかも、「北の波涛」事件の最高裁は、口では「本質的特徴」論を言いながら、いざ、両作品の類似性を判断する段になると、我々の具体的な主張を全面的に採用したのであり、「本質的特徴」論が単なる「方便」にすぎなかったことは明々白々である。
そうだとすると、翻案権侵害訴訟において、無理矢理、「本質的特徴」論を排斥するまでもないだろう。しかし、これとは異質な同一性保持権における「本質的特徴」論との混同だけは避けるべきである。そこで、ひとつのやり方として、同一性保持権における「本質的特徴」論のことを「本質的特徴」論Ａ、翻案権侵害における「本質的特徴」論のことを「本質的特徴」論Ｂとでも命名して、２つの混同を回避することである。
その上で、法律構成上の本質的な課題として今後登場してくるのは、「本質的特徴」論Ｂについて、これをただの「方便」にとどめておくのではなく、その具体的な中身を明らかにすることである。つまり、著作物のジャンル（厳密には、それは、侵害された著作物のジャンルと侵害したとされる著作物のジャンルとの組み合わせ）に応じて、「本質的特徴」論Ｂの中身を具体化し、それを定式化（＝類型化）していくことである。なぜなら、今までのところ、「本質的特徴」論Ｂの実態はその名前だけで、中身が全く見えない透明人間のような存在であり、法律的に言えば、民法の「公序良俗」「権利の濫用」と同じ一般条項にひとしく、このままではまるっきり使い物にならないからである。
とはいえ、この類型化の課題は「言うは易き、行い難し」である。なぜなら、この類型化のためには、その事前準備として、前述した、
の作業が不可欠であるが、これは少しばかり頭がいいからといってできる代物では到底ないからである。自分が取り組もうというジャンルの著作物について、自家薬籠中のものになるまでそれに習熟する必要がある。それはもはや伝統的な法律家の仕事としてはできないだろう。やらずにはおれない好奇心と情熱に突き動かされ初めて実現可能な取組みだからである（その意味で、著作権[全般]専門の法律家などあり得ない。そんなことを自称する奴がいたらそれは無知かイカサマである）。従って、ひとつでもいい、こうした類型化をやり遂げた人がいたら、それが本当の意味での新しい法律家の出現である。
なお、この点に関連して、翻案権のうちのドラマ化権について、その侵害の判断基準を打ち立てようと悪戦苦闘した私の昔の記録は、著作権実務→著作権紛争のコーナーを参照されたし
その２、「キャラクター」保護に端を発した複製権概念の混乱（1994年７月２日「続タイガーマスク」事件東京地裁決定。1999年８月30日「ときめきメモリアル」Ｖどぎまぎイマジネーション事件東京地裁判決（百76））
【起】
94年の７月２日に東京地裁で出版差止の仮処分の決定が出た「続タイガーマスク」事件（いくつもの名作漫画のキャラクター等を真似て、その続編を無断で作成・新聞連載・出版しようという企てがあり、その第一弾として「タイガーマスク」の続編が作成されたことに対し、翻案権侵害に基づき続編の作成・連載等の差止請求を求めた事件）は、当時、漫画界を挙げての重大事件であり、出版差止が認められたときは新聞でも大々的に報道されたにもかかわらず、判例時報など法律雑誌では一切取り上げられなかった珍しい事件である。
思うに、その理由は至って単純で、法律雑誌で紹介するには、裁判所の迷いが大きすぎたのである。「タイガーマスク」の続編の無断作成がよろしくないことは裁判所も重々承知していたにもかかわらず、いざ、これを正当化する法律構成に直面したとき、裁判所は、我々がこの裁判で終始一貫して主張していた「キャラクターの翻案的利用」＝「キャラクターの翻案権侵害」（著作権裁判の中でおそらく初めて登場し、そのため我々も約１年間かけてその説得を試みた）という法律構成を、最後までどうしても納得せず、かといって、これを従来のパターンである「キャラクターの複製的利用」＝「キャラクターの複製権侵害」を適用するには、「タイガーマスク」とその続編とでは、両者のキャラクターの違いが目立ちすぎていた。
このジレンマに１年間苦悶した裁判所は、しびれを切らした我々が「ズルズルと時間がたって、新聞連載もとうとう終了してしまった。このままでは、仮処分を申立した意味がなくなるではないか！」と語気荒く迫ったとき、ついに腹を括って、その場で、残っていた唯一の請求＝出版の差止を命ずる決定を出したのである（決定は、判決とちがって結論だけでよく、判決理由を書く必要がないので、すぐ出せる）。この決断は殆ど「暗黙の中における跳躍｣であった。しかし、そのあと、時間が経ち再び冷静に戻ったとき、裁判所は、法律構成について最後まで確信が持てないまま出した決定を、法律雑誌に紹介することなどできないとしり込みしたとしても不思議ではない。
ここでは、裁判所をかくも懊悩させ、最後まで確信を抱くに至らせなかった難問、「キャラクター」をいかなる法律構成で保護したら最も相応しいか、という問題を取り上げる。
【承】
私はもともと一介の実務家として、法律構成には無頓着である。早い話、結論さえ妥当であればそれで文句ない。
しかし、ときとして、法律構成にこだわらずにおれなくなるときがある。そのひとつが、この「キャラクター」保護の法律構成である。なぜかというと、この法律構成が、他の多くの著作権侵害事件の適正な判断を狂わせる恐れが大きいからである。
著作権裁判の歴史上、「キャラクター」保護の法律構成が登場したのは、「結局のところ原告の著作権を侵害するもの」という奥深いユニークな構成を採用した「サザエさん」事件の東京地裁判決（1976年５月26日。観光バスの車体に「サザエさん」の登場人物サザエ・カツオ・ワカメの頭部を描いて貸切りバスとして営業していたバス会社に対し、複製権侵害を理由に損害賠償を求めた裁判。百60）が一番最初である。しかるに、この奥深いユニークさは以後踏襲されず、その後の伝統的な法律構成は、もっぱら複製権侵害を理由とするものであった。
もちろん、基本的にデッドコピーの類の「キャラクター」の無断利用については、複製権侵害で十分である。しかし、上記「続タイガーマスク」事件のように、デッドコピーとは明らかに異なるが、しかしなお、元の「キャラクター」の本質的特徴部分B（←さっそくにも、上の言い方を採用した）を間違いなく利用しているような場合にまで、これを複製権侵害で処理しようとするのは、複製権概念の不当な拡張である。
その最たる例が「ポパイ」事件である（東京高裁1992年５月14日判決など。「ポパイ」に似た絵をネクタイ、マフラーなどに使用して販売した行為に対して、漫画「ポパイ」の著作権者が複製権侵害を理由に販売の差止と損害賠償を求めた裁判）。ここで訴えられた被告の絵が果して「ポパイ」の絵の複製なのか大いに疑問である。とりわけ被告がネクタイに使った図柄に至っては、幼いガキが描いたようなヘタクソ極まりない絵である。個性もへったくれもない。上下に、ポパイという文字があるから、これでもポパイの積りなのかとかろうじて了解するといった具合である。
ただし、著作権侵害を認め利用を禁じた判決の結論に何も異論はない。しかし、かといって、そのために（表現内容ではなく）これだけ表現方法を異にする絵を複製物と認定することは、個性的な表現方法を保護しようという複製権概念の不当な拡張にほかならない。
しかし、その不当さは、こんな誰が見ても結論が明白な「キャラクター」事件の中にいたのでは分からない。それがいかにも不当だと分かるのは、「キャラクター」事件からいったん離れて、複製権の保護と表現の自由・学問研究の自由とがシビアに対立し、その適正な調整が厳密に要請される著作者同士の過酷な著作権侵害事件の中に身を置いたときである。
私の場合、それは、事実の記述たるノンフィクションにおける複製権侵害が争われた「春の波涛」事件（百74）のときであり、歴史研究のおける史料の要約をめぐって複製権侵害が争われた「壁の世紀」事件（百５）のときであった。
前者は、ノンフィクションにおいては、事実の記述をめざすから、たとえば同一の実在人物の記述部分なら、その表現内容は事実通りに、自ずと多くの共通部分を持つことにならざるを得ない。それを「ポパイ」事件判決のように、「一読すれば、これが実在人物Ｐを表現したものであることを直ちに覚知することができる」といった論理でもって複製物と認定されたのではたまらない。なぜなら、そこでは、何（＝誰のこと）が書かれているかという表現内容のことしか念頭になく、その表現内容がいかに個性的な方法で描かれているかという肝心の表現方法のレベルのことが抜け落ちているからである。この点は、後者の事件も同様である。史料要約における歴史研究の鉄則＝「主観性を入れず、あくまでも史料を厳密に読み、重要な諸点を残らず拾い上げ、かつこれを正確かつ簡潔に表現する」に従えば、同一史料の要約は、誰がやっても、その内容は（そしてその表現方法も）自ずと共通なものとならざるを得ない。しかし、これを「ポパイ」事件判決のように、「一読すれば、これが或る出来事Ｑを表現したものであることを直ちに覚知することができる」といった論理でもって複製物とされたのでは、歴史研究の息の根はたちまちのうちに止められてしまう。
そこで、その解決策として、ここでも上の例に倣って、複製権の定義を２つに分け、「キャラクター」保護の場合の複製権を複製権Ｃ、それ以外の複製権を複製権Ｏとでも命名して、２つの混同を回避すべきである。
しかし、これでも決して十分ではない。なぜなら、「キャラクター」保護の場合に複製権Ｃという特殊な複製権概念を導入したとしても、その中身が余りに広がりすぎて、現実の「キャラクター」事件に対する適正な判断基準として十分に機能し得ないからである。そこで、この複製権Ｃ概念の具体的な中身をこれから明らかにしていく必要がある。
【転】
そのような試みのひとつが、「続タイガーマスク」事件でやった「キャラクターの翻案的利用」という法律構成である。この点に関し、私は、次のように主張した。
近年、とりわけ、翻案行為的な利用が増大するにつれ、この翻案権をめぐるトラブルが多発し、かつ深刻な様相を帯びるに至っている。‥‥今や、コンピュータ・プログラムなどの現代的な著作物は勿論のこと、絵や音楽や小説や映画などの古典的な著作物をも含めて、この翻案行為的な利用をめぐるトラブルを合理的に解決する基準を真剣に模索すべき時期に来ている。
二、にもかかわらず、現行著作権法は、依然古典的な複製権中心の体系を採用しており、複製権については、有形的複製についての複製権（21条）のみならず、無形的複製の形態である上演権・演奏権（22条）、放送権・有線送信権（23条）、口述権（24条）、展示権（25条）、上映権（26条）などと詳細に規定しているのに対し、肝心の翻案権については27条にたった一条だけ、しかも総括的な規定しか置いていない。すなわち、現行著作権法は立法当時、翻案権を複製権の単なる一バリエーションとしてしか位置づけていなかったのである。
三、しかし、このように翻案権を消極的なものとして捉える考え方が、翻案行為的な利用をめぐって現実に多発している深刻なトラブルを合理的に解決すべき著作権法の解釈として、もはや通用しないことは明らかである。
そこで、今、この大転換期において、現行著作権法上の解釈として求められていることは、右の翻案行為的な利用をめぐる現実の事態を踏まえ、翻案権を複製権の単なる一バリエーションという消極的なものではなく、複製権と並ぶ著作権の二大支柱として捉え直し、かつ複製権を有形的複製と無形的複製とに分けてその権利の中身を具体化・類型化したように、翻案権もその具体的な権利の中身を具体化・類型化し、その類型ごとに「権利の幅」すなわち「翻案権の保護が及ぶ範囲」を個別的に画定していくことである。
何故なら、一口に翻案といっても、そこには凡そ「著作物を現状のまま利用するのではなく、著作物をもとにして新たな著作物を作る場合」全てを総称しているのであって、翻案権には小説の翻訳権から楽曲の編曲権、図画の変形権、小説の脚色権、映画化権などありとあらゆる形態が含まれているため、この翻案行為の多様性に応じてこれを具体化・類型化し、その類型ごとに「権利の幅」すなわち「翻案権の保護範囲」を個別的に画定していくことが、複雑多岐にわたる翻案行為的な利用をめぐるトラブルを合理的に解決するために是非とも必要だからである。
四、その意味で、あらゆる著作物において様々な翻案行為的な利用というものが可能であり、これを「ストーリーないし筋」の利用というふうに限定して考える必要は全くない。従って、漫画著作物においても勿論キャラクターの翻案行為的な利用というものが可能なのである。
本件において、債権者はまさにこの点のみを問題とし、キャラクターの翻案行為的な利用という本件の実態に則して、それに相応しい著作権法上の保護を求めているのである。
第二、キャラクターの翻案行為的な利用の意味
一、それでは、漫画著作物においてキャラクターの翻案行為的な利用が可能であるとすれば、それは一体いかなる内容のものであろうか。
その点を考察するにあたってはまず、次の二点を注意しなければならない。
１、漫画著作物の空間的把握の必要
我々が今、考察しようとするものは、翻案行為的な利用において中核となる表現形式すなわち内面形式のことであるが、ここで問題とする内面形式とは、漫画著作物を時間的に把握することではなく、あくまでも空間的に把握する中で見い出されるものである。もし、これを時間的に把握したときには、小説や映画と同じく「ストーリーないし筋」が内面形式と理解されてしまう。しかし、これを空間的に把握したときには、そこに描かれた主人公たちの絵のエッセンスとも言うべきものが見い出される。これが、まさしくキャラクターの翻案行為的な利用における内面形式というものにほかならない。
２、キャラクター概念の分類・整理の必要
さらに注意する必要があるのは、一口に「キャラクター」といっても、実際上、この言葉は、一方で、人物像という極めて抽象的なレベルから、他方で、人物の絵そのものという具体的なレベルにまで幅広く使われている。従って、この多様性を含んだキャラクター概念はそのレベルに応じてこれを分類・整理し、その類型に応じて著作権法上の保護を考える必要があり、これを単に「キャラクター」と一口で括って著作権法上の保護を一律に考えるのは適切ではない。
そして、債権者が本件において著作権法上の保護を求めているのは、キャラクター一般の意味においてではなく、あくまでも或る特定のレベルにおけるキャラクターについてである。
二、では、漫画著作物を空間的に把握した場合に見い出される、キャラクターの翻案行為的な利用における内面形式とは何か。
それは、一方で単なる人物像などという抽象的なレベルの意味ではなく、他方で人物の絵そのものという具体的なレベルの意味でもなく、いわば、その中間に位置するようなレベルにおいて見い出される具体的な「容貌、姿態、性格、役割」のことである。
ここで言わんとすることを、翻案行為的な利用の典型例である「ストーリーないし筋」との対比の中で今少し敷衍すると、次の通りである。
１、すなわち、小説・映画・ドラマなどにおいては、作品の三要素として
(1)、テーマ（主題）
(2)、ストーリー（筋）
(3)、題材（素材）
が挙げられ（疎甲第二四号証参照）、これらは或る抽象的なテーマがストーリーという形で作品の骨格・特徴を示すものとして（つまり、一段階具象化されて）描かれ、ストーリーはさらに題材を通じて作品のディテール・具体的内容を示すものとして（つまり、もう一段階具象化されて）描き込まれるという関係、つまり右から左へ向かって抽象から具象へと発展する関係にある。
２、そして、この三つの要素は著作権法上の観点から評価すると、次のように分類されている。
《著作権法上の評価》 《小説・映画・ドラマ》
アイデア（表現内容） → (1) 、テーマ（主題）
内面形式（表現形式） → (2)、ストーリー（筋）
外面形式（表現形式） → (3)、題材（素材）
つまり、小説・映画・ドラマにおけるストーリー（筋）とは、アイデアという抽象的な領域におけるテーマ（主題）と、外面形式という具象的な領域における題材（素材）との中間に位置し、著作権法上、内面形式という評価を与えられているものである。このようなストーリー（筋）におけるデリケートな位置、このデリケートな位置こそキャラクター概念の分類・整理においても最も留意しなければならない点である。
３、すなわち、キャラクターという言葉は一般に、単なる人物像という抽象的なレベルで使うことも、また人物の絵そのものという具体的なレベルで使うこともある。と同様に、このキャラクターを、ストーリー（筋）のときと同じく、単なる人物像などという抽象的なレベルでもなく、かつまた人物の絵そのものという具体的なレベルでもなく、いわば、その中間において見るときに初めて見い出されるようなものとして使うこともある。これが、小説・映画・ドラマにおけるストーリー（筋）と対応する、具体的な「容貌、姿態、性格、役割」のことである。
つまり、小説・映画・ドラマにおける作品の三つの要素は、漫画著作物を空間的に把握した場合に見い出されるキャラクターの三つの用法と比較検討すると、次のような対応関係が認められるのである。
《小説・映画・ドラマ》 《漫画著作物》
(1)、テーマ（主題） ⇔ 抽象的な人物像
(2)、ストーリー（筋） ⇔ 具体的な「容貌、姿態、性格、役割」
(3)、題材（素材） ⇔ 人物の絵そのもの
４、そうだとすると、漫画著作物を空間的に把握したとき得られるこの三つのキャラクターの用法は著作権法上、次のように評価が与えられることになる。
《著作権法上の評価》 《小説・映画・ドラマ》 《漫画著作物》
アイデア（表現内容） → (1)、テーマ（主題） ⇔ 抽象的な人物像 内面形式（表現形式） → (2)、ストーリー（筋） ⇔ 具体的な「容貌、姿態、性格、役割」 外面形式（表現形式） → (3)、題材（素材） ⇔ 人物の絵そのもの
すなわち、漫画著作物には、著作物の内面形式に該当するものとして、ストーリー（筋）と同次元のもの、つまり、抽象的な人物像でもなく、かつ人物の絵そのものでもないような中間のレベルとして具体的な「容貌、姿態、性格、役割」というものが認められるのである。
本件において問われているのは、まさしくこの具体的な「容貌、姿態、性格、役割」の利用のことであり、それ以上でもそれ以下でもない（従って、以下、これを「内面形式としてのキャラクター」という）。》（1993年９月３日債権者準備書面(1)。
【結】
しかし、その後、この翻案的構成でもどうしてもフォローできないものがあることに気がついた。それは、本来、創作的表現の制作に着目して保護を与えようという生産過程中心主義の著作権法の枠組みでは、「キャラクター」の保護を考える上で極めて重要となる要素、つまり流通過程における或る種の「顧客誘引力の獲得」（厳密には商標法のそれとは異なり、ここでは『消費者が彼らに提示された「キャラクター」から、これを媒介として、魅力的な特徴・イメージを惹起されること』といった意味で使っている）、また或る種の「周知性」（厳密には不正競争防止法のそれとは異なり、ここでは『消費者に提示された「キャラクター」が、その魅力的な特徴・イメージを惹起する媒介として世に広く認識されている状態のこと』といった意味で使っている）といった要素を取り込むことができないことがハッキリしたからである。
そこで、「キャラクター」の保護に最も相応しい法律構成を発明するためには、上に述べた流通過程における或る種の「顧客誘引力の獲得」、或る種の「周知性」といった要素を取り込み、いわば生産（著作権法）と流通（商標法的・不正競争防止法的）の両方を取り込んだ新しい法律構成でなければならない。
だから、もし「キャラクター」において個性を認め得るとすれば、その個性とは、単に制作段階で著作物に刻印された「個性」にとどまらず、制作後に、「キャラクター」が世に発表・流通される中で新たに周知され刻印されるに至った「個性」もまた含むものである。それは、いわば流通過程で成長・変貌する「個性」のことであり、これを生産過程の著作物の創作的表現として捉えることはもはや不可能である。その意味で、これを経済学になぞらえれば、もっぱら生産過程に注目して形成された古典派（著作権法）に対し、生産過程のみならず流通過程にも注目して両者を総合した新古典派（著作権法＋商標法・不正競争防止法）の出現が望まれるのである。そのことを主張したのが「ときめきメモリアル」Ｖどぎまぎイマジネーション事件（百76）の次のくだりである。
第一、はじめに――キャラクターというアポリアについて――
率直に言って、原告代理人にとっても、キャラクターという概念を純粋に著作権法の枠内で首尾一貫して位置づけることはアポリア（＝難問）である。
このことは、平成六年七月、東京地裁民事二九部から出版差止の決定が出た漫画「タイガーマスク」の無断続編事件において、原告代理人が、一年にわたってキャラクターの本質をめぐって裁判官と議論を重ねたときの経験からいってもそうだった（その詳細は平成六年（ヨ）二二〇四六号事件記録を参照されたい）。
そして、（当時はまだよく分からなかったが）これが難問である根本的な原因は、一言でいって、キャラクターという概念は、もともとそのキャラクターが持っている一種の顧客誘引力という機能（-＝価値）に着目して形成された概念であり、その意味で、これは商標などと同様に、その価値が「消費の段階」に着目して把握されてきたものでありながら、ところが、これを法律的に位置づけるにあたっては、これまでのところ、我々は、著作物の価値（＝保護される対象）を著作物の制作という「生産の段階」に着目して把握する著作権法というもので行なおうとしているからである。そのため、現実の機能と法的な構成とのギャップがどうしても埋まらない。
従って、キャラクターという概念が理論的に完璧なものになるためには、ちょうど、経済学において商品の価値というものをもっぱら「生産の段階」に着目して形成された古典派に対し、「生産の段階」のみならず「消費の段階」にも着目して両者を総合した新古典派が登場したように、法律学でも、今後、そのような新古典派の登場が待たれる。その意味で、キャラクターという概念は、もっか発展途上の概念である。
しかし、他方で、裁判とは現実の紛争の適正な解決を使命とする。それゆえ、たとえそのための法理論が完璧なものでなかろうと、今現在存在する理論を上手に使いこなして、適正な解決を実現するが裁判の使命というものにほかならない。本件もまたその例外ではない。（1998年12月11日原告準備書面(2)）
その３、「情報」保護のための翻案権概念の混乱（1994年２月18日「日経新聞要約」事件東京地裁判決（百70））
【序】
一介の実務家として法律構成に無頓着な私が、どうしてもこだわらずにおれなかったもうひとつの法律構成が、「情報」保護のために導入された翻案権という法律構成である。
なぜこれにこだわったかというと、この翻案権という法律構成もまた、他の本来的な翻案権侵害事件の適正な判断を大きく狂わせる恐れがあるからである。
「情報」保護をめぐる近年の重要な事件として、日経新聞要約事件を取り上げる（東京地裁1994年２月18日判決。日経産業新聞の記事を無断で要約し、その英訳を作成し、これを印刷物・オンライン等で頒布した行為に対して、翻案権等侵害として損害賠償を請求した事件）。
この事件の判決がなぜ重要かというと、この判決がめざした結論には全く異論がないにもかかわらず、判決が採用した翻案権侵害という法律構成は殆ど間違いと言いたくなるくらい危険な問題の多いものだからである。
この間違いの根本的な理由は、「情報」を著作権法で保護しようというところにある。なぜなら、著作権法はあくまでも「創作的な表現方法」に着目してこれを保護しようとするものであるのに対し、「情報」とは「人間の行動や社会の存続にとって意味のあるものごとについての〈知らせ〉」（世界百科事典）、つまり、あくまでも意味内容のある表現内容に着目したものであって、元来、両者は永遠に噛み合わない性質のものだからである。
問題を新聞記事という情報に限って言えば、ここで重要なことは、正確で信頼できる事実を（他に先駆けて）発信することである。つまり、いかに正確な内容を表現するかである、それゆえ、そのような内容から５つのＷと１つのＨを抽出して要約を作成したら、同一現象に関する新聞記事の要約ならその内容もその表現方法もほぼ同じものとならざるを得ない。つまり、新聞記事は、その本質的性格からして、（誰それが赤ん坊を抱いてどんな様子だったとかといった「描写」の場面ならともかく）記事の骨格を形成する５つのＷと１つのＨに関しては、記者の個性的な表現を発揮する余地などない。
法律的に言えば、それは著作権法上保護されない「事実もしくは事件など表現方法それ自体ではない部分」か「表現上の創作性がない部分」（「北の波涛」最高裁判決）に該当する。従って、新聞記事に関する翻案権侵害ということも、原則としてあり得ない。
【破】
そこで、この判決は、他の翻案権侵害事件にどのような影響を及ぼすことになるか。
それは、翻案権とは元々あくまでも「創作的な内面的表現形式」（前記の「本質的特徴」論Ｂに即して言えば、「表現形式上の本質的特徴部分」）を保護するもので、それゆえ、本来なら� 峪�実もしくは事件など表現方法それ自体ではない部分」や�◆崛郎酖�ではない、ありふれた内面形式」は著作権法上保護されない筈なのに、前記「日経新聞要約」事件判決のおかげで、「表現形式」や「創作性」というキーワードが抜け落ち、「情報」ではない本来的な翻案権侵害事件においても、上の�，筬△里茲Δ壁�分についても、それが両方の作品に共通してさえいれば翻案権侵害と認めても構わないという間違った判断を導く危険が発生したのである。なぜなら、前記判決は、「正確さ」はあっても、もともと「創作性」ないし「表現方法」などありえない新聞記事の５つのＷと１つのＨの共通性をもって翻案権侵害を肯定したものだからである。
そして、そのような影響は既に出ている。例えば、最高裁で、「表現方法それ自体」ないし「創作性」がないとしてその部分の共通性をもってしても翻案権侵害とすることはできないと判断された「北の波涛」事件において、同じ箇所を、その共通性をもって翻案権侵害に該当すると判断した一審判決などである。
【急】
では、今後、「情報」保護のために、我々はいかなる法律構成をめざすべきだろうか。
くり返しになるが、前記「日経新聞要約」事件判決の結論には何の異論もない。生きた紛争の解決として、この判決は立派にその役割を果した。しかし、当該紛争の解決という使命を終え、判決の法律構成が一人歩きするとき、これは徹底的に批判しておかなければならない。
そのためにも、「日経新聞要約」事件判決の法律構成はいかにあるべきだったかを検討しておく必要がある。私としては、この問題も、前述した｢キャラクター｣保護のための法律構成のときと同様、もはや「創作的な表現方法」の保護を本質とする著作権法の枠内では収まりきれないと思う。そのためには、やはり、「情報」の本質・価値に即して、財産権としての情報の保護に関する「情報財産権法」ともいうべき新法を制定するしかないと思う。そのことを、今年の３月、「北の波涛」事件上告審の補充書の中で、次のように述べた。
３、日経事件判決がもたらした功罪とその克服について
日経新聞記事要約事件は、むろん原告の日経新聞社が勝って然るべき事案である。その意味で、日経事件判決は、法の正義を実現しようとしたまともな判決である。だから、日経新聞記事要約事件において翻案権侵害を認めた判決の理由付けというのは、言ってみれば、被告を負かすための方便にほかならない。
但し、これが方便と明確に自覚されている間はまだいい。問題はその自覚が見失われたときである。そのときには、日経新聞記事要約事件とは無関係に、例えば、凡そどんな新聞記事でも、そこから五つのＷと１つのＨを抜き出して要約することは、どんな場合であっても――たとえば記事の出典表示も行わない場合であっても、それが原著作物の記事の翻案権侵害になるという間違った結論が一人歩きするようになる。のみならず、いみじくも本件の一審判決の裁判官が前記論文で、
〈右新聞記事の創作性についての判示は、現在起きている客観的な生の事実（時事）を報道する新聞記事に限られるものではなく、科学的事実、歴史的事実、伝記的事実、社会的事実などすべて、事実を素材として叙述する内容、形式の著作物における創作性を正当に評価するために共通する視点として把握することができるものである〉（参考文献�供Ｈ塾禹�報１５９６号１８頁）
と指摘した通り、日経事件判決から、新聞記事に限らず、凡そ事実を素材として叙述されたすべての著作物において、そこから五つのＷと１つのＨを抜き出して要約されたものについて、それが原著作物の翻案権侵害になるという間違った結論が導かれるようになる。そのとき、本来、表現の自由との対立・衝突の調整を宿命的に背負っている翻案権侵害の問題において、この日経事件判決が表現活動に対する不当な制約を正当化する根拠として用いられてしまうという極めて憂慮すべき危険――現に、本件の原判決のように、創作的な内面的表現形式を認めるのが困難な本件ナレーションにおいて安易に翻案権侵害を認めてしまうといったような現実的な危険――があることを指摘せざるを得ない。
これこそ、表現の自由の保障を何よりも重要視する上告受理申立人が最も憂慮せずにおれない日経事件判決の功罪の罪の部分である。もちろん、この点は、もはや本件で解決すべき直接の課題ではない。しかし、それは、今後、我々が是非とも克服しなければならない課題のひとつにほかならない。
そのことを指摘して、本書面の締めくくりとしたい。
（注６）
この点、上告受理申立人は、率直に言って、日経新聞記事要約事件は、元々個性的な表現の保護をめざす著作権法で保護すべきものではなく、正確な情報の保護を目指す（むろんまだ未制定であるが）情報保護法といったもので保護すべき事案であると考える。つまり、ここで重要なことは、正確な情報の発信であって、個性的な表現ではない。従って、そこでは、情報発信元の信用・信頼性というものが極めて重要になる。或る意味でそれは、商品の出所を表示し、商品における信用性を保証する商標（商品名）に似ている。
その意味で、日経新聞記事要約事件で最も非難されて然るべきことは、被告が日経新聞社に無断で、要約の出典として「○○年○月○日付日経産業新聞」と表示したことにある。これさえなければ、当該要約の情報としての信頼性はゼロにひとしい。単に要約だけだったら、そんなものは誰も信用しない。「出典：○○年○月○日付日経産業新聞」と表示されていて、初めてその情報の価値が出るのである。
その意味で、日経新聞記事要約事件では、裁判所は、勇気を奮って、情報という商品の発信名を無断で使用することが違法であるという方向で判決の法律構成を試みるべきであった。このことは、単に過去の判決の回想といった事柄にとどまらない。今後、表現の自由との対立・衝突の調整という関連で、翻案権侵害の正しいあり方を確立するためにも不可欠な作業である。そのためにも、今後、同種の紛争において、このことが常に想起されるべきである。》（上告受理申立理由書(2)の補充書(1)49〜51頁）。
その４、「改変の主体」「改変行為」概念の混乱（1999年４月27日「ときめきメモリアル」Ｖメモリーカード事件（百58））
【序】
最後に、「改変の主体」は誰か、が問題となった「ときめきメモリアル」Ｖメモリーカード事件を取り上げる。
この事件は、恋愛シミュレーションゲーム「ときめきメモリアル」（その内容は、プレイヤーが架空の高校の高校生となって、設定された登場人物の中から憧れの女生徒とする人物を選択し、卒業式の当目、伝説の樹の下でこの女生徒から愛の告白を受けることを目指して、高校３年間の様々な出来事、行事等を通して、憧れの女生徒に相応しい能力を備えるための努力を積み重ねるというもの）のために、専用のメモリーカードが作成され、それを用いると、プレイヤーの操作では達成不可能な数値のパラメーターが設定され、その結果、前述の努力なしにラストで目的を達成することができるようになる。そこで、ゲームソフトの著作者は、これを同一性保持権の侵害として損害賠償の請求をしたものである。この裁判は、一審では原告の請求が退けられたが、二審ではこれを覆し、原告の請求が認められ、最高裁でそのまま上告棄却された。
そして、無断改変を肯定した二審は、そのために、「改変の主体」は誰かという厄介な争点にも回答しなければならなくなった。そこで（以下、議論の本筋だけ取り上げるが）、二審の裁判官は、ここでこれまで取り上げたケースと同様、これは単なる法律構成の問題だと考え、本件の「改変の主体は本件メモリーカードの制作者（＝製造元）である」という我々（控訴人）の主張を退けて、「改変の主体は本件メモリーカードを使用した個々のプレヤー（＝エンド・ユーザー）である」という法律構成を採用した上で、結論として「右違法行為に主体的に加功している本件メモリーカードの制作者もまた同一性保持権侵害の責任を負う」という我々の請求を認める判断を下した。つまり、実務ではままあることだが、最終的には我々の主張を認めるものの、その理由となる法律構成において、（かなりラディカルに見えたのかもしれない）我々の主張を退けて、無難な伝統的な立場を採ったのである。
【破】
しかし、ことはそう簡単には済まなかった。
というのは、裁判官は、最終的に「本件メモリーカードの制作者」に法的な責任を負わせるために、あくまでその媒介役として「本件メモリーカードを使用した個々のプレヤー」（＝エンドユーザー）を導入したにすぎない積りだったのだが、しかしこれでは、論理的には、エンドユーザーが同一性保持権の侵害者として真っ先に名を連ねる羽目になってしまい、単なる法律構成の問題では済まなくなってしまったからである。
しかし、ハッキリ言って、裁判官はそこまで考えていなかったし、法廷で裁判を見届けた者として、同情こそすれ、別段これを非難する気にはなれない。なぜなら、本事件は、「ポパイ」事件にも劣らぬくらい、著作権法の論点のオンパレードの事案であり、さながら論点のデパートの観を呈しており、裁判官はごく限られた時間内で数多くの手ごわい論点との取り組みを強いられ、これらを精力的にこなした結果、その最上階にあった本論点に辿り着いたときにはすっかりへたばってしまったとしても無理なからぬことだからである。
しかし、裁判所が、切迫した時間の中で、疲労困憊の中で、結論の妥当性を最優先させて、とりあえず無難な法律構成の積りで採用した「改変の主体」概念については、今、改めて、エンドユーザーまで同一性保持権の侵害者の筆頭として名を連ねる必要のない、もっと適切な法律構成が存在することを明らかにしておきたい。
その核心は、言ってみれば「前述した法律の本質論のことを自覚せよ、そうして本論点を検討せよ」ということにある。つまり、「改変の主体」は誰か、という問題は、あくまでも法的な問題であって、純然たる事実問題ではないということ、従って、それは、法律の本質論でも指摘した通り、
という「法的な判断」を通じて初めて結論が導かれる法的な問題のことである。
このことは少し考えてみれば、我々の生活関係全てを覆っているシステムであることが分かる。買い物ひとつとっても、我々は誰もが売買契約の主体になれる。それは我々が人間だからだと思っているかもしれない。しかし、高々100数十年前までは、奴隷という烙印を押された人間は、契約の主体にはなれなかった。つまり、契約の主体は誰か、という問題ですら、「人間」という客観的認識から導かれたものではなく、あくまでも「全ての人間に契約の主体たる地位を与えることが適切か」といった価値基準の吟味・選択を経て初めて結論が導き出されたものなのである（だからこそ、「人間」以外のものに対して、「法人」という主体の登場もまた可能だった）。
【急】
話を「改変の主体」に戻すと、まず、論理的に、「改変の主体」は誰かという問題は、「改変行為」とは何かという問題に帰着する。なぜなら、改変行為の中身が具体的に明らかにされれば、そのような改変行為を自ら行なった者が「改変の主体」（ここでは教唆・幇助のことは除く）であるからである。
次に、「改変行為」とは何かという問題を、前述した通り、事実問題としてではなく、正しく、法的な問題として吟味すると、次のようになるだろう。
「改変」概念の前に、著作財産権の中心概念である「複製」概念について解説しておきたい。
「複製」概念にエポックメイキングな出来事をもたらしたものはレコードの出現である。なぜなら、これはテクノロジーの発達により「直接には目に見えず、耳に聞こえない類の複製」ケースの最初の登場だったからである。その以後、同種の複製ケースが登場する、音楽テープ、映画のビデオカセットという具合に。
これらに共通することは、これだけでは直接には目や耳で鑑賞（確認）できず、そのためには別途再生機器を用いて再生する必要があるが、反面、再生機器さえ用意すればいつでも再製物の鑑賞（確認）が可能であるということである。
ところで、これらの作成もまた、法的な評価の結果「複製」概念に含まれることになった。なぜなら、これらは、既に「直接には不可視・不可聴であっても、再生機器さえ用意すればいつでも再製物を鑑賞（確認）できるもの」として存在しており、このようなものの作成を「複製」概念から除外すべき合理的な理由はないからある。それゆえ、著作権者に無断で、レコード、音楽テープ、映画のビデオカセットの作成を自ら行なう者は、無断複製の主体と評価される。その後、こうした「不可視だがいつでも再製物の鑑賞（確認）可能な」ものとして、音楽のCD、MD、映画のDVD、コンピュータの記憶媒体としての磁気テープ、ディスク、CD−ROM、メモリーカードなどといったデジタル著作物の媒体が続々と登場したが、いずれの場合も、「複製」概念の検討において、これを「複製」概念から除外すべき合理的な理由はなかった。
「改変」概念もまた、「複製」ほどそう単純ではないが、本質的にはこれと同じといってよい。つまり、これまでの改変とは、改変されたことが「直接、目で見え、耳で聞こえた類の改変」であったが、テクノロジーの発達と共に、新たに「直接には目に見えず、耳に聞こえない類の改変」ケースが登場するに至ったからである。そのひとつが、本件事案である。本件メモリーカードも、「直接には不可視・不可聴であっても、再生機器さえ用意すればいつでも改変物を鑑賞（確認）できるもの」である。従って、この場合の改変行為とは、本件メモリーカードを作成することであり、その主体についても、本件メモリーカードの作成を自ら行なう者＝製造元が、無断改変の主体としての地位を授かるのである。
従って、以上のことを法律的に整理すると、現在の「複製」概念が、
の２つのケースがあるのと同様に、現在の「改変」概念も、
の２つのケースがあるのであり、そして、２のうち、ゲームソフトにおける「改変」とは、《直接には目に見えなくても、コンピュータ（ゲーム機）を用いて再生すればいつでも著作物の内容の改変を鑑賞（確認）できるような状態を作り出す行為》と解すべきである。
こうして、以上のような法律構成を採用することによって、本件メモリーカードの個々のエンドユーザーを（彼らが本件メモリーカードの製造者の幇助として責任追及されることがあるかという論点は別にして）、無断改変のいわば主犯（＝正犯）として巻き添えにすることなく、真に制裁を課すに相応しい人物だけに制裁を科すことが可能になった。
を「改変の主体」に戻すと、まず、論理的に、「改変の主体」は誰かという問題は、「改変行為」とは何かという問題に帰着する。なぜなら、改変行為の中身が具体的に明らかにされれば、そのような改変行為を自ら行なった者が「改変の主体」（ここでは教唆・幇助のことは除く）であるからである。
その５：まとめ
以上は、大急ぎで書き殴ったスケッチである。次回以降、法律の本質論という原理に立ち返って、
(1)、事実の認識：法律が対象とすべき社会現象に関して、科学的、客観的な認識はいかにして可能か？
(2)、価値基準の選択：そのように認識された社会現象に関して法的評価を下すに際して、その法的評価に適用される価値基準の選択において、主観的ではなく、普遍的な価値基準はいかにして可能か？
という原理的問題を得心が行くまで吟味検討し、そこで得られた理論的成果を、再び、ここに描かれたスケッチに当てはめて、法的な実践の成否を検証してみたい。
これが、本稿の最終目標である。そのための必須文献を以下に掲げておいた。
＊＊＊
必須文献：カント「判断力批判」（1790年）
柄谷行人「トランスクリティーク」（批評空間。2001年）
（2001.12.09）