弁護士の楽屋裏2

----映画「ハリマオ」著作権侵害事件----
(ニフティの会議室での発言)

1995.01.14


コメント
 ニフティサーブのグラフィックフォーラムの「著作権の辛口味噌」で、著作権法の幻想について、書きまくったあげくに、骨休みに書いたものです。


 肩がこる(実はわが輩が一番こった)話はもうやめて、ちょっと楽屋裏の小話でも。

 私は著作権では食えない時代に著作権の仕事を始めたので、どうしたら食えるも んかと、当初、著作権ビジネスの世界をあちこち闊歩しました。それで今思うに、広告 とテレビの仕事だけは二度とやりたくない、現に全部止めました(もっとも、今、まと もに仕事してないから生意気なことは言えない)。

 殆ど生理的に嫌気が差して、すっぱりこれらの業界の仕事と手を切ったのですが、し かし、今から思うに、あの業界が一番ゼニになりそうなのに、何で止めちゃったのか?

 きっと、これらの業界が、弁護士の業界と本質的に同じだと感じたからでしょうね。

どっちも、クライアント・スポンサーあっての商売でしょ。で、いくらうわべは偉そう な態度を装っても、所詮、
 あなた好みの女になるわ
って(やっ、何処からか、セクハラ発言と言われそうだ)感じで、いかにしてクライア ントに好かれるか、それに腐心する訳でしょ。なんかそういうゴマスリ集団の中にいる ような感じで、嫌になったのです(テレビはちがうぞ! とどっかから反論が来そうで すが、しかし、テレビ局って、実はぜんぜん大したことしてないのに----実際は日々、 日本人をダメにしている張本人でしょ----えらい傲慢不遜なところがある)。

 ああ、何かまた肩こってきたなあ。もっと愉快な話題を。

 私は、ギネスブックに載る記録(ホントはどうか知らない)を2つ持っています。そ のひとつが、法曹界で一番笑う法律家という記録です。もともとこの業界がいやでいや でたまんなかった私が、今まで曲がりなりにも、この商売を続けられてこれた秘密は、 滅法素敵な女優さんがお客にいたからなんてことでは全然なくて、ほかでもない、笑い がこの業界に満ち溢れているのを見いだしたからです。それは我ながらまったく予想だ にしていなかった発見でした。

 あるとき、和田勉の最初(にして恐らく最後と思われる)の監督作品「ハリマオ」の著作権侵害 事件で、和田勉側の代理人をやったときのことです。審理に出席していた債権者(原告のことを仮処分事件 では、こう呼ぶのです)のノンフィクション作家が、審理の最中に突然、裁判官に向か って、
「あちらの代理人はさっきから、我々のことをバカにして笑ってばかりいる。厳重に注 意して欲しい」
と申し出たのです。そこで私はまた、思わずニッコリ。それで、先方はますますムカ。

で、さあて困ったのは裁判官。
ちょっと間をおいて、
「まあ、それはないでしょう‥‥」
とかなんとか債権者をなだめていましたが。確かに、ご本人のおっしゃる通り、さっ きから笑ってばかりいたのです。しかし、彼をバカになんかは全然してなかったので す。ただとにかくその紛争がやたらにおかしかったので、笑わずにはおれなかったので す。

 だいたい裁判沙汰までいくような事件というのは、まず正真正銘の紛争といってよい ほどの中身を備えているものです。では、正真正銘の紛争というのは、どういう中身を 備えているかというと、それはそれまで世間に通用していた規範や権威や通念が一挙に ひっくり返って、全然通用しなくなるということです。だから、それまで、これらの規 範や権威や通念の上に寝そべってふんぞり返っていた連中が、紛争の中で拠り所を失 い、真っ青になるのです。言ってみれば、紛争の瞬間というのは、裸の王様がただの裸 の爺さんでしかないことがきっちりと情け容赦なく暴かれる瞬間であって、これこそ一 世一代の見せ物として、これを目の当たりに見物していて、どうして笑わずにおられま しょうか。

 皆さんも、覚えておられるでしょう、ルーマニアのチャウシェスクが失脚する瞬間 を。彼は、動揺する国内を収拾するため、いつもの通り、大衆を宮殿の前に動員して、 そこでいつもの演説をぶち挙げ、大衆の支持を取り付けるという、いつもの儀式を目論 んだわけですが、ところが、いざ演説の瞬間になったら、彼の自慢の演説に対し、大衆 から、次々と露骨な野次が投げ返されたわけです。
この瞬間ですよ、紛争の瞬間という のは。そのとき、裸の王様チャウシェスクは、大衆から、ただの裸の爺さんでしかない ことを思い知らされるのです。こうして、彼が、国民に向け自分への圧倒的な支持を見 せつけるために用意した筈のテレビには、彼の憤激した、絶望的な姿がまざまざと映し 出されたのです。これっ、見物している人には、すごい喜劇ですよ。ちょうど、チャウ シェスクの最後はチャップリンの風貌にそっくりで、まるで彼の映画でも見ているよう だった。

 ということで、紛争の秘密の快楽を知ってしまった私は、その後生意気にも仕事を選 ぶようになったとき、どんな仕事なら引き受けますかと聞かれ時、決まって、
「そうですね。人が嫌がるような、とにかく込み入ったややこしい事件をやりますよ」
と答える慣わしになってしまったのです。すると、それを聞いた相手の人はだいたい困 惑して、こんな風に反応するのです。
「それはそれは、人が嫌がるようなことを進んで引き受けるとは、ご立派」

 ウフフ‥‥
                                                 

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