弁護士の楽屋裏3

----ドラマ「悪妻物語」著作権侵害事件----

1990.07.13



1、ドラマの著作権侵害をめぐる裁判

 6月までは、時間の許す限り、ずうっと数学をやっていたのですが、ここ20 日ばかりは、ややこしい紛争処理に文字通り追われました。

 ちょうど先週、あ る著作権の裁判が佳境を迎え、製作者の証人調べをやったのです。この事件も イメージとしては、『男女の最も込み入ったもつれあい』がぴったりのケース なものですから、くれぐれも男側の非情さを非難されることのないように、紛 争物語を念入りに組み立てようとしました。


2、紛争全体の風景の把握

 その作業というのは、だいたい森センセ の数学をやるときやシナリオを書くときと殆どおんなじで、まず、紛争 全体の風景ちゅうものを、ピタッと来るような明快なイメージで把握すること に努めます。というのは、この紛争全体のテーマちゅうものを掴み損なうと、 細かいところでいくら頑張ってもアカン、さっぱり収拾がつかなくなる。その 意味で、この紛争全体のテーマを的確に把握することこそ、紛争解決の帰趨を 決する鍵となる。それ故、今回も、紛争のテーマが心の中であぶり出しになっ てくるまで、あれこれ紛争の事実をいじくり回しては(トイレの中とかゴロゴ ロ横になりながら)反芻しながら眺め回しておったという訳です。

3、紛争物語のストーリーの組立て

 その次に、掴み出した紛争のテーマにそっていよいよ紛争物語のストーリー を組み立てる訳ですが、ここが裁判の証人尋問における主戦場となるところで 、相手方は、我々の組み立てた紛争物語のストーリーを破壊しようと攻めてく るし、我々は我々で、そうはさせじとこのストーリーを維持しようと躍起にな り、かつ相手方の組み立てた紛争物語のストーリーにケチをつけて反撃する訳 です。証人尋問とはいわば、裁判所に対し、二つの紛争物語のストーリーを提 示して、そのどちらがより真相らしい説得力を持つか(つまり、どちらがより 真相に近似しているか)、証人の証言をだしにして、裁判所に判断してもらお うとするものです。


4、紛争物語の勝負どころ--紛争ストーリーの激突--

 このとき、私が一番力を注ぐ点はたゞひとつ。それは、紛争の事実が、掴み 出したテーマにそって一貫したストーリーとして完璧に組み立てられるかどう か、ということだけ。元々、個々の断片的な事実の羅列にすぎない筈の紛争事 実を、或る視点から一貫性ある物語としていわば強引に組み立てる訳ですか ら、実際上はこの一貫性を貫けない所がどうしても出てくる。だが、まか不思 議なことにその一貫性を貫けない所こそ、実は紛争の要となる、いわば紛争出 生の秘密の場であるようなことが多いのです。言い換えると、本来、紛争とは 絶えず不透明な意味をはらみ続けるテクストのことであり、だからこそ或るテ ーマに基づいたストーリー展開という透明な論理的な記述でこの紛争を照射す ることによってはじめて紛争の核心となる混沌の場が浮き彫りにされるわけです。

 そこで、この混沌の場をどう把握するか、ズバリ勝負はこの一点に掛かって くる。何故なら、通常、双方の主張はこの混沌の場をめぐって真っ向から対立 し、逆にこの混沌の場の理解如何で他の紛争事実の意味合いはどうにでも解釈 することができるから。この混沌の場こそ、いわば連続性が曖昧になるような 跳躍の場であり、あるいは平行線が唯一交わるような交通の場なのです。


5、今回の訴訟における紛争ストーリーの激突

 そういうことで、今回もこちらと相手方の二つのストーリー展開を図に描い て見せて、双方の主張するストーリーが交差し、激しく衝突する例の「紛争の 核心となる混沌の場」なるものを示して、ほらここが本件紛争物語のクライマ ックスなんだから全ての証言はこの戦場での勝利に向けられる、と説明しまし たら、さすが証人はドラマ屋さんだけあって『よくわかります、すごくよくわ かります』といい感じ。そこで、このクライマックスをめぐって、相手方から 予想される意地の悪い、エゲツない質問をありったけ考え出しては、証人に『 どうじゃ!これでもか、これでもか!』とぶつけて試すのです(しかし、こん なことばあっかしやってると、ワシすごく根性のわるいひねたオッサンになる なあ)。

 そして、当日、事前のイジメに鍛えられた証人は、相手方の反対尋問 をなんとかかわして、無事こちらの紛争物語を堅持し、まずはメデタシメデタ シという直前、突如、一緒に並んだ別の被告の代理人が全然思いも寄らないよ うな証拠と質問を出したもんだから、いっぺんでこちらの紛争物語はメッチャ クッチャ……

あゝ、いくら自分の身が可愛いたってよ、当座の思い付きで出鱈 目なことは止めろよな、ヌクヌクと覇者の奢りに浸るのもいい加減にしろ、と 猛烈に頭にきて、こいつ殴りつけてやろうか………

しかし、織田さん、 このシーン、ドラマになりません?----法廷で隣の弁護士と殴りあうなんてのは?


森センセ:例によって、京大で数学を教えていた森毅のこと。

織田さん:
 わが著作権勉強会の常連のメンバーで、元松竹の映画プロデューサー。野村芳太郎監督(砂の器・八墓村)や深作欣二監督(上海バンスキング)や相米慎二監督(魚影の群)などのプロデューサーを担当。元大審院判事(今の最高裁判事)の息子とは思えぬ自由奔放な人。

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