「壁の世紀」事件

----98年11月27日一審判決----

11.27/98


コメント
 

 本件は、歴史史料の翻訳・要約をめぐる著作権侵害が真正面から争われた事案です。

 本件は、奇しくも、約10年前に勃発したNHK大河ドラマ「春の波涛」の著作権事件と、NHKの番組をめぐるトラブルから発生したという紛争形態の点において、また事実に関する著作権侵害の成否が問われた点において、さらには、当事者及び代理人の布陣の点において、ほぼ共通するものであったが、さすがに、「春の波涛」事件でこうした問題点を散々吟味してきたので、本件では、作成・提出した書面は、「春の波涛」事件のときを上回ったものの、その審理のスピードは、和解の期間を除けば3倍ほどの速さで判決に辿り着いた(もっとも、原告代理人は、当初「3ヶ月で終わらせる」と豪語したそうだが、現実は、そんな甘ちょろいものではなかった)。

とはいえ、この時期は、どうしたら、万人に了解可能な形で議論を展開できるのだろうかと、朝起きてから、夜寝るまで、この事件のことばかり考えていた。
というのは、この事件の真の争点は、実は、著作権侵害の成否というところにはなかったからである。争点は、「俗情との結託」の告発とその打破にあった。ちょうど、ときめきメモリアルVメモリーカードの事件における最大の争点が、実は、「ゲームソフトに対する裁判所の無意識の侮蔑という偏見」という点にあり、、これを告発し、打破することが最も大変なことであったように、ここでもまた、真の困難さは、「字づら文字づらが似てさえいれば、そこから、当然のごとく著作権侵害を想定してよい」という伝統的な文学・詩などの芸術の世界における著作権侵害の常識を、そのまま(創作性の発揮の仕方の点において、根本的に異質な)事実に関する歴史研究の世界にそのまま持ち込んで疑いもしない、という裁判所の無意識の偏見にあった。そこで、我々の課題は、これを万人が了解可能な形でもって告発し、打破することにあった。

その意味で、この裁判のエッセンスとは、「俗情との結託」との闘いである。

とりあえず、判決文だけ先に掲載しておきたいと思う。


(以下の判決は、どうしたわけか最高裁のHPには掲載されていません)

事件番号 東京地裁民事第29部 平成5年(ワ)第11758号 著作権侵害差止等請求訴訟事件
当事者   原 告 X
       被 告 Yほか1名
            
訴えの提起    93年 月   日
一審判決     98年11月27日


H11. 9.28 東京地裁 H5(ワ)11758 歴史史料の翻訳・要約の著作権

【年月日】平成10年11月27日
 (口頭弁論終結日 平成10年5月25日)

判決
オーストラリア(以下住所略)
 原告 X
右訴訟代理人弁護士 中村稔
同 辻居幸一
同 吉田和彦
東京都(以下住所略)
 被告 Y2
右代表者代表取締役 Z
茨城県(以下住所略)
 被告 Y1
右両名訴訟代理人弁護士 柳原敏夫


主文
1 被告Y2は、別紙第1目録記載の書籍を発行し、販売し又は頒布してはならない。
2 被告Y2は、その占有する別紙第1目録記載の書籍の在庫品を裁断その他の方法により廃棄せよ。
3 被告Y1は、別紙「対照表・第2章、第5章、第10章」及び「対照表・終章」の各「『壁の世紀』の記載」欄の記載(ただし、< >で囲まれた部分のみ。)を含む著作物の発行を許諾し、又は自ら発行してはならない。
4 被告Y1は、原告に対し、50万円及びこれに対する平成5年7月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 被告らは、原告に対し、連帯して30万円及びこれに対する平成5年7月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
7 訴訟費用はこれを3分し、その1を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
8 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
一 被告Y2は、別紙第1目録記載の書籍を発行し、販売し又は頒布してはならない。
二 被告Y2は、その占有する別紙第1目録記載の書籍の在庫品を裁断その他の方法により廃棄せよ。
三 被告Y1は、別紙「対照表・第2章、第5章、第10章」及び「対照表・終章」の各「『壁の世紀』の記載」欄の記載(ただし、傍線の引かれていない部分のみ。)を含む著作物の発行を許諾し、又は自ら発行してはならない。
四 被告Y1は、原告に対し、600万円及びこれに対する平成5年7月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
五 被告らは原告に対し、連帯して202万3200円及びこれに対する平成5年7月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
六 被告Y1は、朝日新聞(全国版)及び日本経済新聞(全国版)にそれぞれ1回ずつ、別紙第2目録記載の謝罪文を同別紙記載の条件で掲載せよ。

第2 事案の概要
一 本件は、被告Y1(以下「被告Y1」という。)が書籍を執筆し、被告Y2(以下「被告会社」という。)が同書籍を発行した行為が、共同研究の過程で、被告Y1が所持していた、原告の著作した原稿に関する著作権(複製権)及び著作者人格権(公表権、氏名表示権、同一性保持権)を侵害すると主張して、原告が、被告会社に対し右書籍の発行等の差止及び廃棄を、被告Y1に対し右書籍の発行の差止及び謝罪広告を、被告らに対し損害賠償を、それぞれ請求した事案である。
 なお、本件は、原告の著作に係る原稿に関する部分複製を主張した事案であり、原告が複製権侵害を主張する箇所は、別紙「対照表」の原告第1、2稿の記載及び被告Y1の『壁の世紀』の記載部分の中、傍線が引かれていない部分のみである。

二 前提となる事実(証拠を示した事実を除き、当事者間に争いはない。)
1 当事者
 原告は、日本近代外交史の研究者であり、「日露戦争を演出した男 モリソン」(昭和63年12月発行)、「北京燃ゆ−義和団事変とモリソン」(平成元年12月発行)の著書を有する。被告Y1は、平成3年当時、茨城大学教授の職にあり、日露戦争研究を専攻する日本近代史の研究者であり、「日露戦争の軍事的研究」(昭和51年発行)等多数の著書を有する(乙6)。
 被告会社は、出版を業とする。
2 原告の著作物
(一)原告は、平成3年1月ころ、後記のとおり、「旅順を売った男」に関する放送台本に素材として活用が可能な原稿(以下「原告第1稿」という。)を執筆完成し、次いで、同年6月ころ、原告第1稿を加筆修正して、出版用原稿(以下「原告第2稿」といい、原告第1稿とあわせて「原告著作物」という。)を執筆完成した。原告第1稿の中には、別紙「対照表・終章」の「原告第1稿の記載」欄記載の記述が、原告第2稿の中には、別紙「対照表・第2章、第5章、第10章」の「原告第2稿の記載」欄記載の記述がある。なお、以下、右各対照表に記載されている原告著作物中の各記述部分(傍線の引いていない部分)に関し、例えば、後記被告の書籍第2章(1)aに対応する記述部分については「原告著作物第2章(1)A」というように表記する。
(二)原告著作物は、「ティリンスキー事件」(ロシア人将校のイゴール・フォン・ティリンスキー(以下「ティリンスキー」という。)を含む3名の将校が、日露戦争の旅順攻略に際して、日本政府と密約を結び、秘密情報を漏らした報酬として、日本政府に手形金請求権を有する(以下、右買収事件を「旅順買収事件」という。)として、ティリンスキーとアルベルト・シュベンケ(以下「シュベンケ」という場合がある。)エミリー・シュベンケ(以下「エミリー」という場合がある。)の3名が中心となって、右手形を巡って起こした詐欺事件)を中心に、ティリンスキーを初めとする右事件の関係者の行動、生活を、物語的に再構成したものである。原告著作物は、後記のとおり、日本放送協会(以下「NHK」という。)が収集した、ティリンスキー事件に関するスイス国ベルン裁判所の裁判記録(以下「ベルン裁判記録」という。)を初めとする資料(以下「NHK資料」という。)等を基礎として執筆されたものである。(甲1、2、8、乙5)
 原告第2稿は、400字詰め原稿換算で、約700枚分のものであり、本文は第1章ないし第5章及び第X章で構成されている。なお、原告第2稿は、原告第1稿と文章の細部において異なり、新たに加筆された部分があるが、大幅な修正がされているものではない。原告第2稿の主な内容は、次のとおりである。(甲1、2、8、乙5、弁論の全趣旨)
 「第1章」 原告が原告著作物を執筆することになったきっかけ、ティリンスキーの所持していた書類及び同人の供述の紹介、ティリンスキーとシュベンケ夫婦との関係、ティリンスキーら及び取り巻く人間の関係について
 「第2章」 ティリンスキーらのチューリッヒ及びロンドンでの行動、彼らの行動が記事になったこと、日本大使館及びロシア大使館の対応、ティリンスキーとシブソ一プとの関係について
 「第3章」 シブソープの行動、スターンの逮捕によりティリンスキー事件がイギリス外務省の知るところとなったことについて
 「第4章」 ティリンスキーのシブソープに対する手紙、ティリンスキーのスイスでの行動、ヘインズのイギリス外務省に対する交渉、3通のアムステルダム・レター、ベルン裁判所からの司法共助の依頼及びイギリス外務省、日本大使館の対応について
 「第5章」 デンメ、ブッシュ、ボナーとシブソープとの関わり、第1次世界大戦の終結について
 「第X章」 ティリンスキー事件に関するベルン裁判所での審理経過及びその結果について
3 被告らの行為
 被告Y1は、平成3年9月ころ、「壁の世紀」と題する書籍(以下「被告書籍」という。)を執筆し、右書籍は、平成4年4月、被告会社から発行された。被告書籍には、別紙「対照表・終章」及び別紙「対照表・第2章、第5章、第10章」の「『壁の世紀』の記載」欄記載の記述がある。なお、以下、右各対照表に記載されている被告書籍中の各記述部分(傍線の引いていない部分)に関し、例えば、第2章(1)aの記述部分については「被告書籍第2章(1)a」というように表記する。
4 被告書籍
 被告書籍は、後記のとおり、日露戦争時における「ティリンスキー事件」について叙述するとともに、右事件の進行にあわせて、20世紀の最初の20年間の世界史を中心として、叙述したものである。(甲3)
 被告書籍は、本文が、「第1部 日本は旅順を買収したか」、「第2部 20世紀のパラダイム」、「第3部 外交と陰謀のスクランブル」の3部から構成され、さらに、「第1部」が序章及び第1章ないし第6章、「第2部」が第7章ないし第13章、「第3部」が第14章ないし第19章及び終章で構成され、574頁からなる書籍である。各章の主な内容は次のとおりである。(甲3)
 「序章 銃声」 旅順買収事件の当事者の一人であるとされているロシア軍高級将校ヴォルスキーの射殺事件、日本におけるロシア人革命家ジョン・ラッセルを中心とした捕虜将校らの革命宣伝活動及び捕虜の兵士たちの反乱の事実について
 「第1章 明石元二郎の日露戦争」 日露戦争における、ヨーロッパを舞台とした明石元二郎陸軍大佐の諜報謀略活動について
 「第2章 偽造文書」 スイス駐在のロシア軍情報将校グルコ大佐の、ティリンスキー事件の情報に関するロシア参謀本部兵站総監宛報告書及びその報告の内容、ティリンスキーらとギー・ガイヤーとの関わり、英文契約書(仮契約書)の内容、ティリンスキーらのことが雑誌等の記事に掲載されたことについて
 「第3章 日英同時疑獄」 日英同盟の世界政策が生んだ、情報通信網建設にからむ汚職事件について
 「第4章 チャーチルの犯罪」 石油にからんだ英国海軍大臣ウィンストン・チャーチルの汚職事件について
 「第5章 山県有朋の署名」 ティリンスキーが英国に行ってシブソープと知り合い、山県有朋の署名入りの日本語契約書がシブソープに渡されるまでの経過、右日本語契約書の真偽及び右署名の真相について
 「第6章 戦争−旅順からマルヌヘ」日露戦争の旅順要塞攻囲戦、奉天会戦と第1次世界大戦のドイツ軍の戦略計画であるシュリーフエン・プラン、リエージュ要塞攻略戦との比較、旅順攻略では旅順買収事件があり得なかったことについて
 「第7章 西部戦線異状なし」 第1次世界大戦が世界にもたらした大きな変化について
 「第8章 ガソリンの一滴は血の一滴」 第1次世界大戦における石油の確保及び石油が生み出した近代兵器について
 「第9章 メディアの時代」 メディアの時代の到来、新聞が強力な社会的・政治的影響力を発揮するようになった歴史的経過、各国の情報機関の設立について
 「第10章 告訴」 第1次世界大戦中におけるティリンスキーのスイスでの詐欺活動、日本政府がスイスの裁判所の依頼に応じて司法共助にふみ切るまでの経緯について
 「第11章 レーニンの凱歌」 20世紀に入ってからのバックス・ブリタニカの衰退とバックス・アメリカーナの台頭、ロシア革命及びドイツ降伏について
 「第12章 ヴェルサイユ体制」 第1次世界大戦後に新しく作り出された世界体制について
 「第13章 民族自決の雄叫び」 アジアにおける民族的自覚の高まりについて
 「第14章 韓国皇帝の密約」 米国人ヘンリー・コルブランの韓国における利権獲得の過程について
 「第15章 オデッサの謎」 ロンドンでのシブソープとコルブランとの出会い及びシブソープのロシア・ウクライナ・オデッサヘの旅行について
 「第16章 スクープ合戦」 ティリンスキー事件が雑誌・新聞に取り上げられたこと、これに対する日本大使館の対応について
 「第17章 山県有朋失脚す」 山県有朋の失脚、朝鮮における英国人ショー逮捕事件について
 「第18章 コルブランのエルドラド」 コルブランの日本との関係について
 「第19章 欲望の決算」 シブソープの破滅について
 「終章 判決」 スイスのベルン裁判所で行われたティリンスキー一派による詐欺事件の刑事裁判の審理経過及びその結果について
三 争点
1 原告著作物は、著作権の保護の対象となる著作物か。
(一)原告の主張
(1)原告著作物の各対照表記載の対照部分(傍線の引いていない部分、以下「原告著作物対照部分」という場合がある。)について、著作物性がある。
すなわち、裁判記録・新聞記事・契約書を基礎とする記述であっても、筆者の個性が発揮された表現になり得るのであり、個性的な表現の余地がある。また、翻訳・紹介・引用・要約も筆者の見識、文体等において、自ずから相違するものであり、個性的な表現の余地がある。
 原告著作物対照部分は、原告の個性的な表現が用いられており、著作物性がある。
(2)歴史的事実を、資料に基づき説明する場合でも、資料をどう引用するか、どう紹介するか、どう要約するかは筆者によりそれこそ千差万別で、趣味等により個性が表れるもので、当然に著作物性を有する。
 また、そもそも、原告著作物は、歴史的な事実に基づく読み物であって、歴史研究書でも歴史叙述の書物でもない。
(二)被告らの反論
(1)原告著作物対照部分は、いずれも個性的表現の余地がない。
 裁判記録・新聞記事・契約書のような資料の翻訳・紹介・引用・要約という行為は、個性的表現の余地がなく、創作性がない。
 資料の要約・整理・翻訳に当たっては、専ら原資料の内容の正確な再現、忠実な再現が要請されるのであって、個性的な解釈に基づく個性的な叙述はむしろ禁じられている。したがって、資料の要約・整理・翻訳に関して、創作性は否定されるべきである。
(2)原告著作物は、歴史的事実の解明を目指した「歴史的事実の叙述」というジャンルに属する著作物であり、「歴史的事実の叙述」において扱われている歴史的事実という素材は、これを言語化するに当たって、言い換え不可能なものか、あるいは、個性表現の余地のないものである。「歴史事実の叙述」に関して、創作的な個性表現が発揮される局面は、著者の推理・見解に基づき展開された著者独自の「事実の論証の筋道の構成」といった内面形式の部分、著者の想像力に基づき独自に「登場人物を描写した場面」といった外面形式の部分に限られるものというべきであるところ、原告著作物は、歴史的事実を説明するだけのものというべきであるから、言葉の使い方に創作的な個性表現の余地はなく、著作権利の保護の対象となり得ない。
2 被告書籍は、原告著作物を複製したものであるか。
(一)原告の主張
(1)被告書籍の第2章「偽造文書」の章における記述の多くは、原告著作物を参照し、同著作物に依拠しているが、特に、別紙「対照表・第2章」(なお、各対照表における被告書籍記載の対照部分、傍線の引いていない部分を以下「被告書籍対照部分」ということがある。)に記載した部分は、原告第2稿(翻訳)を、些細な語句を修正しただけで、用いている。
 被告書籍の第5章「山形有朋の署名」の章における記述の多くは、原告著作物を参照し、同著作物に依拠しているが、特に、別紙「対照表・第5章」に記載した部分は、原告第2稿(翻訳)を、同様の構文、同様の表現を用い、些細な言い換えを加えただけで、用いている。
 被告書籍の第10章「告訴」の章における記述の多くは、原告著作物を参照し、同著作物に依拠しているが、別紙「対照表・第10章」に記載した部分は、原告第2稿(翻訳)を、そのまま利用したり、僅かな変更を加えただけで、用いている。
 被告書籍の終章「判決」の章における記述は、原告著作物を参照し、同著作物に依拠しているが、特に、別紙「対照表・終章」に記載した部分は、原告第1稿を、表現上ごく僅かに変更しただけで、約10頁にわたって引き写している。
 以上のとおり、被告書籍は、原告著作物を複製したものである。
(2)被告書籍が原告著作物の複製である根拠は、以下のとおりである(なお、原告は、複製権侵害を主張する54か所の各対照部分のすべてにつき、複製の根拠を詳細に述べるが、その主張のうち、以下のとおり、「被告書籍第5章(2)aと原告著作物第5章(2)A」の1か所のみをまとめた。)。
@ 原告の記述と被告書籍の記述を対比して示せば、以下のとおりである。
原告著作物
 1914年7月、私はフォークストンで、夏の休暇を楽しんでいた。そこへ、ロンドンのハンター・アンド・ヘインズ社から『重要書類の英訳を、我が社の大切な顧客が大至急必要としているので、すぐお出で頂けないだろうか』との連絡があった。
被告書籍
 中川はちょうど休暇中でロソドンを留守にし、フォークストンで夏の日々を楽しんでいた。そこにヘインズ&ハンター事務所から「重要書類の英訳を、わが社の大切な顧客が大至急必要としているので、すぐ来ていただけないか」と連絡してきた。
A 原告の記述は、甲第15号証の「旅順港物語−詐欺か?」(PORT ARTHUR TALE ASWINDLE?)と題する新聞記事、ことに、その「ついにあかるみに」(LIGHT AT LAST)という段落の記事に基づく、原告の翻訳・翻案に関する著作権の侵害を主張する部分である。そこで、原告の記述の基礎になった上記新聞記事の原文をまず次に示すと以下のとおりである。
「He says that in July, 1914, while on a holiday in Folkestone, he was sent for by a well-known legal firm who desired him to call on them at the earliest possible moment, as they had a client who required a translation of a very important document.」
 この英文を直訳すると、次のとりである。
 「彼の言うところによれば、1914年7月、フォークストンでの休暇中、極めて重要な文書の翻訳を必要としている依頼者があるので、できるだけ速やかに訪問してもらいたいと希望する、著名な法律事務所から彼は呼び寄せられた。」
B 原告の記述は、翻訳というよりも翻案というのがふさわしいほどに原文とは異なっている。
 原文と対比した、原告の記述の特徴を指摘すると、以下のとおりである。
ア 原文には、休暇中であった、とはあるが、夏の休暇を楽しんでいた、というのは原告の脚色である。
イ 原文では、著名な法律事務所、とあり、ハンター・アンド・ヘインズというような事務所名は記載されていないのに、原告は事務所名を記載した。
ウ 原文では、きわめて重要な書類、とあるが、原告は、たんに、重要書類、と記した。
工 原文には、大至急に訪問してもらいたい、とあり、顧客が英訳を大至急に必要としている、と記載されていないが、原告は、顧客が英訳を大至急に必要としている、と記述した。
オ 原文には、たんに顧客ないし依頼者、とあるが、原告は、大切な、という修飾語を加えて、大切な顧客、と表現した。
カ 原文では、できるだけ速やかに訪問してもらいたいと希望する、とあり、来て預けないか、というような、問い合わせではないのに、原告は、お出で頂けないだろうか、という丁寧な表現を用いた。
キ 原文では、呼び寄せられた、とあるが、原告は、連絡があった、と表現した。
 以上のとおり、原告の記述は、原文の翻訳というよりは、原文に基づいて原告が翻案したというに近いものであり、これを翻訳とみようが、翻案とみようが、原告の記述に原告の個性、独創性が表現されており、原告の記述が著作物性を有することに疑問はない。
C これに対し、被告書籍の記述は、原文にはない、あるいは、原文とは異なる、原告著作物の表現をそっくりそのまま踏襲しており、違いは、「お出で頂けないだろうか」を「来ていただけたいか」という程度の言い換えをしたにとどまる。したがって、被告書籍は、原告著作物の複製に当たるものである。
D さらに、被告Y1の主張について、以下のとおり、反論する。
ア まず、被告Y1は、「夏の日々を楽しんでいた」との記述はフォークストンが有名な海岸保養地である以上、簡単な推理である、というが、推理できることと同じような表現をすることは別である。ここでこうした記述をすべき何の必然性もないのに、被告Y1が原告と似たような表現をしていることが問題である。
イ 次に、被告Y1は、「ハンター・アンド・ヘインズ」という事務所名を書くことは、当然であり、あまりに常識的なことである、という。しかし、事務所名を書くか書かないかは筆者の自由な選択によることであり、原告にも、また、被告Y1にも、事務所名を書かなければならない必然性はない。
(二) 被告らの反論
 被告Y1は、が被告書籍を執筆するに当たり、専ら原資料を基礎にしたものであり、原告著作物に依拠していない。なお、原告著作物を見たことは認める。
 被告書籍の目的は、一方で、ティリンスキー事件を狂言回しとして事件の真相を明らかにし、他方で、事件の進行に伴い、事件の進行と絡み合わせる形で、20世紀初頭の世界史を叙述するというものであり、この目的に沿って被告書籍全体が構成さている。これに対し、原告著作物の目的は、専らティリンスキー事件の真相を解明し、この事件に登場した奇怪な人間の数奇な人間模様を描こうとしたものであり、原告著作物は専らティリンスキー事件に関して、事件の進行に沿って構成されている。「個性表現を発揮できる」領域である歴史叙述において、両作品は根本的に異なっている。被告書籍と原告著作物との間に、これだけ歴然とした決定的な異質性が認められる以上、被告書籍は、原告著作物を部分的に複製したと評価することはできない。
 表現が類似しているのは、両作品が、たまたま共通の歴史的資料を利用している部分があるからであり、正確な事実の把握を目指す歴史的叙述において、共通の歴史的資料の翻訳・紹介・要約が類似するのは当然であり、著作権侵害はない。
 両作品の終章においても、被告書籍と原告著作物の間には、歴史研究の書物として、個性的表現が可能である歴史叙述上の特徴・工夫において、何ら共通点もない。
3 損害額
(一)原告の主張
(1)財産的損害
@ 主位的主張
 原告は、被告らの違法な著作物の利用行為によって、著作者が本来目的とした当該著作物の利用が社会観念上実現できなくなり、これをそのまま他に利用することもできなくなった。したがって、原告が原告著作物の創作に直接要した知的労力や費用等は、著作権侵害行為と相当因果関係のある損害となる。原告が、NHK資料等の資料を読み込み、翻訳、検討、執筆に要した日数は315日に達する。原告は、多年にわたり日英語間の同時通訳者、日英文の翻訳者としての経験、技能を有しており、原告の居住するオーストラリア国シドニーにおける翻訳者の収入の平均は1日あたり432豪州ドルないし496豪州ドルであるから、本件に原告が関わり合いを持つことなく、翻訳者として日英文の翻訳に従事したとすれば、13万6080豪州ドルないし15万6240豪州ドルの収入が得られたはずである。これを、当時の為替レートで換算すると、1483万2720円ないし1703万0160円となる。原告は、本件の仕事に従事した後、「モリソンと日英関係」の研究に関する博士論文を執筆したため、仮に、本件調査、執筆等をしたかった場合でも、すべての時間を翻訳者として稼働したわけではなかったであろうが、少なくとも、本件調査・作業に要した日数の4分の1は、翻訳者として就業し、収入を挙げることができたものといえる。よって、原告が原告著作物のために費やした知的労力の財産的評価は、300万円を下ることはあり得ない。
A 予備的主張
 仮に、右損害が認められないとしても、著作権法114条2項により、本件著作権侵害により原告が受けた損害の賠償として、通常受けるべき著作権使用料に相当する額の損害賠償請求権を有する。被告書籍は定価2718円(消費税を除く)で販売されたところ、発行部数が1万部を下ることはあり得ず、通常の著作権使用料の率である10パーセントを乗じれば、著作権使用料の額は271万8000円となる。そして、被告書籍のおおむね2分の1がティリンスキー事件の記述であること(残りの半分は被告Y1の独自の執筆部分である。)、ティリンスキー事件の記述のうち、おおむね2分の1が原告著作物に依拠し、その余はウォーレン・リード(以下「リ一ド」という。)の原稿に依拠したこと等の点を考慮すると、原告が通常受取るべき使用料の額は、右金額の4分の1ということになり、この額は67万9500円である。
(2)慰謝料
 原告は、被告書籍が刊行されたことにより、著作者人格権(公表権、氏名表示権、同一性保持権)を侵害され、精神的な被害を被った。その慰謝料の額は、少なくとも300万円を下らない。
(3)弁護士費用等
 原告はオーストラリア国に居住しているので、事実上自ら訴訟を遂行することはできないし、事件の性質上弁護士を代理人とする必要がある。右弁護士費用相当の損害金としては150万円が相当である。
 また、原告は、本件訴訟提起及び遂行のため、常時弁護士と連絡を取る必要があり、このため、3回来日し、また、ファックス及び郵便により交信してきた。その費用の合計は、次のとおり、52万3200円である。
(ア)旅費 38万6500円
(イ)ファックス代 9万3100円
(ウ)郵便代 4万3600円
 なお、被告会社は、本訴提起前の原告からの警告に対し、被告Y1と協議の上で、原告の原稿は一切参照していないと主張し、そのため、原告は本訴提起を余儀なくされた。したがって、被告会社は、弁護士費用等の損害につき、被告Y1と連帯して支払う義務がある。
 よって、原告は、被告らの行為により、弁護士費用並びに訴訟提起及び遂行に関する通信費その他の経費として、少なくとも202万3200円の損害を被った。
(二)被告らの反論
 原告の主張は、いずれも争う。
 著作権侵害により、著作者が本来目的とした当該著作物の利用をすることができなくなり、これをそのまま他に利用することもできなくなったとはいえない。仮に、本件において著作権侵害が成立するとしても、本件の財産的損害としては、著作権法114条2項の通常受けるべき著作権使用料に相当する額となる。すなわち、被告書籍の発行部数は8000都であり、被告書籍の本文全体572頁のうち、侵害部分があわせて14頁分にも満たないことから、損害額は5万3219円となる。
 2718円×10%×8000部×14頁/572頁=5万3219円
 なお、原告は、本件訴訟の提起、遂行を余儀なくされた旨主張するが、本件訴訟に先立って行われた交渉段階において、被告が意見交換を行うことを提案したのに対し、原告は、一方的に交渉を拒否した。
4 謝罪広告
(一)原告の主張
 被告Y1の行為により、原告は単に財産権上の損害を被っただけでなく、「旅順を売った男」に関する原告著作物について、著作者人格権(公表権、氏名表示権、同一性保持権)を侵害された。被告は、原告の著作者としての名誉を回復するために適当な措置として、請求の趣旨第6項記載のとおり、謝罪広告を掲載すべき義務がある。
(二)被告らの反論
 本件においては、原告の社会的な評価が毀損されているといった事情もなく、したがって、それを回復する必要もないのであり、謝罪広告の請求を認める根拠がない。
第3 争点に対する判断
一 被告書籍発行に至る経緯
 証拠(甲10(枝番号は省略する、以下同様とする場合がある。)、26、30、35、37ないし45、47ないし52、54、59、乙6ないし39、47ないし49)及び前提となる事実を総合すると、以下のとおりの事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
1 被告Y1は、日露戦争研究を専攻する日本近代史の研究者であり、右専門分野に関する多数の著書を有していた。同被告は、昭和59年9月ころ、NHKのチーフ・ディレクターである井上隆史(以下「井上」という。)らから、放送番組製作のために、日露戦争時における「旅順買収事件」についての事実解明に関する協力を要請され、承諾した。そして、主にNHK側が資料を収集し、被告Y1が、収集された資料の分析・検討を行うという形で、共同研究を進めた(第1次共同研究)。
 昭和60年5月ころから、被告Y1及び井上らは、収集した数多くの資料に基づいて、検討を加えていった。その過程で、同年9月、NHKの職員が、スイス国ベルン裁判所の裁判記録及び英国外交文書等を入手することができた。前者は、ロシア人将校のティリンスキーが、旅順攻略に際して、日本政府と密約を結び、その報酬として、日本政府に手形金請求権を有すると主張して、詐欺事件を犯したとして起訴された刑事事件に関する裁判記録であり、旅順買収事件の真偽解明に重要な意味を有する資料であった。被告Y1と井上らは、右資料等を検討して、「旅順買収事件」は、ほぼ事実ではないという推論に達したが、まだ未解明な問題を残したまま、第1次共同研究を終了した。なお、右見解に基づいて作成された番組企画書は、採用に至らなかった。
2 原告は、オーストラリア国シドニーに在住する日本近代外交史の研究者であり、「日露戦争を演出した男 モリソン」等の著書を有していた。被告Y1は、平成元年12月ころ、原告と直接面識を得た。そして、翌2年3月ころ、被告Y1、原告及び原告の知人であるリ一ドが、NHKに集合して、研究の成果を番組化する目的、及び日本放送出版協会(以下「NHK出版」という。)から出版物を刊行する目的で、収集した資料に基いて、残された問題点を解明するため、協力して、共同研究を進めることになった(第2次共同研究)。なお、NHK資料には、ベルン裁判記録、英国外交文書、イギリスの新聞記事、ポスト・ウィーリーの自伝等の資料が含まれており、ベルン裁判記録を初めとして、その一部については、NHKにおいて翻訳したものもあった。原告は、NHK資料のうち英語で記載されている資料、NHKの行った翻訳文、日本語の資料を入手して、検討を開始した。さらに、同年8月ころには、被告Y1が、原告らの在住するシドニーを訪問、滞在し、共同研究が続けられた。
3 同年9月ころ、被告Y1ら3名は、井上から、急遽、放送用台本の素材とするため、右研究の成果に基づいて、原稿を分担執筆してほしいとの依頼を受け、これを承諾した。
 原告は、平成3年1月、放送番組「旅順を売った男」の台本に素材として活用が可能な原稿(分担部分、原告第1稿)を完成させて、井上に送付した。同被告及びリードも、そのころ、それぞれ放送用原稿(分担部分、放送用台本に素材として活用が可能な原稿)を完成させた。なお、原告第1稿は、その内容、体裁からみて、番組台本ではなく、出版物を念頭に置いた原稿であることは明らかであるが、これを受領したNHKにおいて、右原稿を、放送番組のために、素材として利用することが可能な性質を有するものである。原告の右原稿は、被告Y1に送られている。
平成3年4月22日及び翌23日、被告Y1ら3名の原稿等を基にして、「旅順を売った男」という題名の番組が、NHKで放送された。
4 被告Y1ら3名及びNHK出版の間では、右研究の成果を基礎に、NHK出版から、出版物を刊行することを予定していた。ところが、平成3年1月ころから、被告Y1、原告及びリードの3者間において、リードの執筆した原稿及び出版の方針等を巡り、意見の対立が生じ、被告Y1及び原告との間において、出版に向けて、さまざまな調整が行われたが、結局合意に至らなかった。被告Y1ら3名の共同研究及び出版を目的とした活動は、解消されるに至った。NHK出版は、出版を断念した。
 この間、原告は、平成3年6月ころ、原告第1稿を基礎として、これに加筆修正して、出版用原稿(原告第2稿)を完成させた。右原稿は、同年7月、被告Y1に渡されている。
5 被告Y1は、平成3年7月ころから、それまで行った研究結果等を基にして、独自の著作をすることを企画し、平成3年9月ころ、「壁の世紀」と題する被告書籍を執筆、完成させ、平成4年4月、被告会社は、右書籍を発行した。
二 原告著作物の創作性及び対照部分の同一性等
1 原告著作物の創作性について
 著作権法は、保護の対象となる著作物について、思想又は感情を創作的に表現したものと規定する。本件著作物は、@歴史的事実を基礎とする読み物であること、A基礎とされた資料が、裁判記録、新聞記事、契約書等であること、B基礎資料の翻訳・紹介・引用・要約等の形式で作成されていること等の点から、著作権の保護の対象となる著作物といえるか否か、一応問題となる。
そこで、この点を検討する。まず、歴史的事実に関する記述であっても、数多く存在する基礎資料からどのような事実を取捨選択するか、また、どのような視点で、どのように表現するかについては、様々な方法があり得るのであるから、歴史的事実に関しして叙述された作品が、思想又は感情の創作的に表現したものではないといえないことは明らかである。また、翻訳や要約の対照が、裁判記録・新聞記事・契約書であったとしても、筆者の個性を発揮した創作的な表現になり得るのであり、個性的な表現の余地がある。さらに、翻訳・紹介・引用・要約については、翻訳者ないし筆者の見識に基づいて、どのように表現するか等に創意工夫を伴うものであって、個性的な表現の余地がある。
 したがって、原告著作物は、表現上の創意、工夫の発揮される余地のある部分については、二次的著作物として、著作権法上の保護の対象となるというべきである。
 以上のとおりであって、被告らの主張、すなわち、歴史的資料の要約・整理・翻訳に当たっては、専ら原資料の内容の正確な再現、忠実な再現が要請されるのであって、個性的な解釈に基づく個性的な叙述は発揮する余地がない、あるいは、裁判記録・新聞記事・契約書のような資料の翻訳・紹介・引用・要約という行為は、個性的表現の余地がない、とする被告らの主張は採用できない。
 もっとも、後記のとおり、原告が保護の対象とする原告著作物の個々の対照部分において、@ごく短い文章からなる資料の機械的な直訳にすぎない翻訳、A原資料の引用にすぎない要約においては、創造的な表現形式を用いる選択の余地がないものとして、創作性がないと判断すべき場合もあり得よう。
2 対照部分の同一性判断の基準について
 原告著作物対象部分は、@NHK資料を基礎として原告の見解、評価等を独自の文章で表現した部分と、ANHK資料(英語表記)を日本語に翻訳した部分又はNHK資料(日本語表記)を要約した部分が混在している。
@の部分については、原告著作物と被告書籍との間に、表現上の同一性がある場合、思想、感情を創作的に表現した部分について、原告著作物の表現形式を利用したものとして、特段の事情のない限り、複製権を侵害したと評価して差し支えない。
 これに対し、Aの部分については、原告著作物と被告書籍との間に、表現上の同一性が認められる場合であっても、当然には、@と同様の結論を採ることはできないのであって、個別的な検討が必要となる。すなわち、原告著作物において採用された表現形式が、原資料における全体の構成・叙述の順序等に存在するものであったり、また、原資料の内容に由来するものであって、原告著作物が創作的に表現したものでない場合には、原告著作物と被告書籍との間に、表現上の同一性が認められたとしても、原告著作物の創作的な表現形式を利用したことにならないから、原告著作物の複製権を侵害したと評価することはできない。特に、原告著作物のうち、NHK資料の翻訳に係る部分については、訳語及び訳文の選択の範囲が限定され、そのことによって、訳語、訳文がほぼ同一とならざるを得ないような場合には、原告著作物の創作性の範囲は狭いものとして、ほぼ同一であるという理由のみによって、当然には複製権を侵害したことにはならないというべきである。また、原告著作物のうち、NHK資料の要約に係る部分については、正確性が重視される歴史作品としての制約、裁判記録等の原資料の性質等から、表現の独自性を発揮し得る範囲が限定される場合があり、そのような場合にも、原告著作物の創作性の範囲は狭いものとして、ほぼ同一であるという理由のみによって、当然には複製権を侵害したことにはならないというべきである。
 そこで、右の観点に立って、原告が複製権侵害と主張する個々の対照部分について、個別的に、複製権侵害の有無を検討する。
三 各対照部分の検討
1 被告書籍第2章について
(一)原告著作物第2章(1)は「仮契約書」(英文、甲25の2)を、同(2)は「シャインヴェルファー」誌の記事の英文訳(甲11、12)を、同(3)は「タークリッシュ・ルントシャウ」新聞の記事の英文訳(甲13)を、それぞれ原告が翻訳したものである。
(二)被告書籍第2章(1)a及びbと原告著作物第2章(1)A及びBについて
(1)原告著作物の内容及び特徴
 原告著作物第2章(1)A及びBは、それぞれ、英文の仮契約書(甲25の2)の冒頭部分及び本文を翻訳したものである。
 その原文は、順に、以下のとおりである。
「In the year 1904 was concluded and signed the following contract between the government of Japan and the bearer of the present contract, who fu1ly signed.」
「1 The government of Japan is obliged to pay all the expenses of the present contract and to keep it in great secrecy until March 22nd 1915, and not give any informations to any person whoever may be the person to inquire.
2 The government of Japan will pay a premium of 46,000,000 yens, if the conditions of this contract, as in the paragraphs 9 and 10, will be maintained by the other contractor.
3 The government of Japan wil1 be able to refuse to pay the sum known indicated in the case of war is declared between Japan and another nation in the period 1904〜1915 and that Japan is vanquished.
4 The government of Japan recognises as perfect as making part in the laws of the country of the present contract, that the execution will take place March 22nd 1915. Ti1l this date the contract will serve like a historic document and as document of legitimation.
5 In case of the bearers death of the present contract, the government of Japan will pay the entire sum to the bearers of the contract N1.and N3. which, to each, half will be given.
6 The contract cannot be neither transmitted nor realised before the fixed date of the payment.
7 The government of Japan will not give guarantee the consequences that can be produced of the rea1isation of the present contract before March 22nd 1915 and gives guarantee only the payment for this date.
8 In case that contractor of the present contract will give his place to the third, the contract wi1l become nothing.
9 The bearer of this contract will receive the sum that is spoken of in paragraph 2 of the government of Japan, if his assistant and the one of his associates makes that the government gives the victory of the war. The government of Japan does not enter into the details of the assistant.
10 The bearer of this contract must keep it secret otherwise it becomes nothing.
11 The government of Japan recognises as duty to pay the sum of 46,000,000 yens March 22nd 1915 for the services which will be given in the period 1904-1905 in the persona1 presentation of the contract.」
 右(1)A及びBに関しては、次のような特徴を指摘することができる。第1条については、「The government of Japan」を主語とした1文の原文を、「日本国政府」と「当契約」を主語とする2文に分けて翻訳しており、さらに、原文の「and not give any informations」以下を省略している。第4条については、難解な直訳的表現を避け、「recognises as perfect as making part in the laws of the country of the present contract」の部分及び「like a historic document」の部分の翻訳を省略し、若干工夫を凝らしている。第6条については、日本語としての不自然さを避ける工夫をしている。第7条については、1文の原文を2文に分けて訳している。第9条については、原文自体の誤記と解される「the assistant」を適宜訂正した上で、正確に訳している。第11条については、難解な直訳的表現を避け、原文と構文を変えて、理解しやすさを重視した訳文を選択している。その他は、全体的に直訳的表現を選択している。
(2)被告書籍の内容及び著作権侵害の有無
 被告書籍第2章(1)a及びbは、右(1)A及びBの中の、第2条について、「順守する」を「遵守する」に、第3条について、「上記金額の」を「上記の金額の」に、第6条について、「或は」を「又は」に、第7条について、「結果について、何の責任もとらない」を「結果になんら責任をとらない」に、第8条について、「無効と」を「無効に」に、第9条について、「もたらせた場合」を「もたらした場合」に、「詳細には」を「詳細に」に、第11条について、「1905年の」を「1905年までの」に、「提供されるべき」を「提供さるべき」に、それぞれ改めているが、その他はほぼ同一の表現である(その他、句読点の違い及び漢字と平仮名との違いも存する。)。
 右(1)A及びBは、極めて限られた範囲において、創意・工夫がされているに過ぎないものといえる。しかし、右(1)a及びbの表現と(1)A及びBを比較すると、原告が創意・工夫を行った点を含めて、そのほとんどの表現がほぼ同一であるので、右(1)a及びbは右(1)A及びBの表現形式の創造的部分を利用したものとして、複製したものと解すべきである。
 被告Y1は、専ら原資料を基礎として翻訳したところ、結果的に原告著作物と同一の翻訳ないし訳文となった旨主張するが、同一性の程度等に鑑みて、採用できない。
(三)被告書籍第2章(2)aないしfと原告著作物第2章(2)AないしFについて
(1)原告著作物の内容及び特徴
 原告著作物第2章(2)AないしFは、「シャインヴェルファー」誌の英訳文を基礎とした概要の紹介及び翻訳である。右(2)Aについては、1913年2月21日付右雑誌の記事を基礎に原告が記述した部分、右(2)B及びCについては、1913年2月21日付同雑誌の記事の英文訳(甲11)を翻訳した部分、右(2)DないしFについては、1913年3月7日付同雑誌の記事の英文訳(甲12)を翻訳した部分である。
 BないしFの原文は、順に、以下のとおりである。
「Everything that could be scraped together in the way of financial agents in Zurich and the environs were now set to work. For the slightest exertion, Which in normal times not pregnant with millions, would have been adequately repaid with 10 francs, notes giving the right to 50,000, 60,000, or 100,000, francs were made out.」
「I had almost forgotten to mention that the "millionaires" during their hard work of course experiecsed hunger and thirst. Princely quarters and enormous quantities of champagne were naturally their right and proper due and when it came to paying, the working capital had taken wings」
「The copy of the bond is considered by some experts as genuine and by others as a forgery. Be this as it may, a decent man should not lend a hand to the liquidation of a claim of this kind, where millions of drops of innocent blood adhere to each letter: in any case the gentlemen in question should leave Zurich out of their account as the theatre of such liquidation.」
「The 350 millions creditors of the Japanese Government have been suffering from cold shivers since my first publication and are under medical treatment. One of the principal parties concerned asked me direct immediately before the appearance of the first article, by registered express letter:」「for God's sake stop this cruel game otherwise I shall take ruthless action against you, Mr.Wirz, as I cannot allow a just matter to be dragged in the mud. Let us all be glad if Mr von Tilinsky takes up and retains his abode in Zurich after he has collected his money, because a more charitable man than him you will probably never get to know. I appeal to your feeling of justice and rely on your not depriving me of the fruits of my labour. (This stuff wont wash with us, Printer's Devil).」
 右(2)Aは、「シャインヴェルファー」の記事の内容を紹介するための導入部であるが、前半部は、資料を基礎とした事実に原告自身の推測を交えて記述したものであって、原告の工夫がみられる。後半部は資料を翻訳したものである。右(2)Bは、第1文の「were now set to work」を「今や、全ての準備は整った」と、第2文の「would have been adequentely rapid with 10 francs」を「10フランの支払いがせいぜいという」と、日本語として読みやすく翻訳した点に特徴がある。右(2)Cは、第1文の「experiecsed hunger and thirst」を「飢えや渇きの辛さを味わった」と、第2文の「enormous quantities of champagne」を「溢れんばかりのシャンペン」と、それぞれ翻訳した点に工夫がみられる。右(2)Dは、「The copy of the bond」が主語である原文を「専門家たち」を主語として訳したり、1文からなる原文を三つの文に分けて翻訳した点で、工夫がされている。右(2)Eは、記者の立場から書かれた原文に対し、第三者の立場から書かれた文章として訳されている点で、やはり工夫がみられる。右(2)Fは、右原文にかかわらず、複数の文に分けて、日本語として読みやすく翻訳した点で、やはり工夫がみられる。なお、右(2)AないしFは、全体的には、直訳的である。
(2)被告書籍の内容及び著作権侵害の有無
 被告書籍第2章(2)aは、原告著作物と同様に、1913年2月21日付「シャインヴェルファー」誌の記事を紹介する導入部として記述している点、右記事に掲載された事実関係に関する部分、及び、「スキャンダル雑誌」、「仕立て」、「日露遺産」、「祖国防衛の土」等の個々の語彙の選択において同一性が認められる。
 しかし、原告が表現しようとした内容自体に関しては、複製権の保護の範囲に含まれるとまではいえず、本件語彙の選択については、原告の創作的な表現とまではいえないから、これらの同一性をもって、右(2)aが右(2)Aの複製であるということはできない。
 被告書籍第2章(2)bと右(2)Bを比較すると、右(2)bは、右(2)Bの「今や、全ての準備は整った」を「いまや、準備はできた」に、「普通の場合ならば」を「尋常なら」 に、「10フランの支払いがせいぜいというほんの簡単なとした働きで」を「10フランの働きにもならない楽な仕事で」に改めている点において相違するが、その他の点は、同一である。右(2)Bの創作性の範囲は、必ずしも広いものとはいえず、右の差異に照らして、右(2)bは、右(2)Bの複製であると解することはできない。
 被告書籍第2章(2)cと右(2)Cを比較すると、第1文については漢字と平仮名の表記上の相違があるだけで、その他の点は同一であるが、第2文についてはかなり点で相違する。第1文は、約50字程度の極く短い文章である点等を考慮すると、対象部分全体の差異に照らして、右(2)cは、右(2)Cの複製であると解することはできない。
 被告書籍第2章(2)dと右(2)Dを比較すると、全体を4文に分けた点におで共通するが、第1文から第3文において、右(2)dは右(2)Dの「贋物」を「偽物」に、「手形の換金」を「請求の金集め」に、「罪のない大勢の人々」を「罪のない人たち」に改めている点等で相違し、第4文において、表現上の相違点が多い。右(2)Dの創作性の範囲は、必ずしも広いものとはいえず、右の差異に照らして、右(2)dは、右(2)Dの複製であると解することはできない。
 被告書籍第2章(2)eと右(2)Eを比較すると、訳語の選択において共通する点もあるが、右(2)eは、右(2)Eと異なり、記者の立場から記述した文章とされている点で相違する。右(2)Eの創作性の範囲は、必ずしも広いものとはいえず、右の差異に照らして、右(2)eは、右(2)Eの複製であると解することはできない。
 被告書籍第2章(2)fと右(2)Fを比較すると、右原文にかかわらず、複数の文に分けた点、訳語の選択において共通するが、全体的にみて、表現上の相違点が多い。右(2)Fの創作性の範囲は、必ずしも広いものとはいえず、右の差異に照らして、右(2)fは、右(2)Fの複製であると解することはできない。
(四)被告書籍第2章(3)aないしcと原告著作物第2章(3)AないしCについて
(1)原告著作物の内容及び特徴
 原告著作物第2章(3)AないしCは、1913年2月26日付「ダーグリッシュ・ルントシャウ」新聞の記事の英訳文(甲13)を翻訳したものである。
 その原文は次のとおりである。
「Last week the Japanese Embassy in Berlin informed the Japanese Embassy in Vienna that the Japanese Consul in Freiburg, Breisgau, had reported to them that in Switzerland a Russian Baron had turned up who decleared that he was in possession of a bill alleged to be made out to the Japanese Government, this bill was for 138 million Yen (225 million Marks) and was to be the compensation for espionage services in the Russo-Japanese war. According to the declaration of the Russian, the bill matures on the 22nd March 1915.」
「However peculiar these circumstances might seem, the Russian had, it was said, nevertheless succeeded in obtaining advances on the bill to the amount of several million francs.」
「The Japanese Embassy in Vienna is convinced that a fraud is here in question and has instructed the Japanese Consul in Zurich to take all necessary steps at once to communicate with the State Prosecutor's Office there.」
 右(3)AないしCは、右(3)Aにおいて、右原文の「that the Japanese Consul」から最後までの文章を、ベルリンの日本大使館が通報した内容として『 』内に入れて翻訳してある点、右(3)Cにおいて、右原文のうち「to take all necessary steps」の部分の翻訳を省略した点に、工夫がみられる。しかし、全体的には直訳的である。
(2)被告書籍の内容及び著作権侵害の有無
 被告書籍第2章(3)aと右(3)Aを比較すると、「通報した」、「支払うべき」など、同一の訳語を使用している点で共通するが、(3)aが、2文に分けて翻訳している点や訳語の選択において、多くの相違点があること、右(3)bと右(3)Bとを比較すると、双方とも短い記述であるにもかかわらず、表現上多くの相違点があること、右(3)cと右(3)Cを比較すると、双方とも、「訓令」という特異な訳語において共通するが、表現上多くの相違点があること等が挙げられる。
 右(3)aないしcの創作性の範囲は、必ずしも広いものとはいえず、右の差異に照らして、右(3)aないしcは、右(3)AないしCの複製であると解することはできない。
2 被告書籍第5章について
(一)被告書籍第5章(1)は、シブソープが、「ポール・モール・ガゼット」編集者に送った書簡の中に引用されている手紙(甲14)を、同(2)は、英国新聞「ザ・スター」の記事(甲15)を、それぞれ原告が翻訳したものである。
(二)被告書籍第5章(1)aないしdと原告著作物第5章(1)AないしDについて
(1)原告著作物の内容及び特徴
 原告著作物第5章(1)Aは、原資料を基礎として、原告自身が独自に、叙述した部分である。右(1)BないしDは、順に、ホアーからシブソープ宛の手紙、ホアーの日本大使館宛の手紙、ホアーからシブソープ宛の手紙を原告が翻訳した部分である(甲14)。なお、右(1)Dについては、原告自身が独自に付加説明した部分がある。
 その原文は、順に、以下のとおりである。
「Dear Mr. Shibthop, With reference to your conversation with me, I have shown the signature, of which you gave me a photograph, to the Manager of the Yokohama Specie Bank: and he tells me that it is the signature of Prince Yamagata, Field Marshal & President of the Privy Council. I quote from the slip which was handed to me at the Bank to-day. We are writing to-day to the Japanese Embassy enclosing the photograph of this signature and asking for their opinion on it. Enclosed is a copy of our letter.」
「Your Excellency, In the course of business, a document has been presented to Messrs. Hoare, Bankers, at the above address, bearing the signature of which I enclose a photograph. I should esteem it a great favour if you would inform me whose signature this is, and whether in your opinion it is authentic.」
「Dear Sir, In reply to your letter of the 1 st. instant addressed to the Japanese Ambassador, I beg to state that the signature in question is one of Prince Yamagata, Field Marshal, President of the Privy Council, and is believed to be entirely genuine.」
 右(1)Aは、原告自身が独自に叙述した部分であるが、極めて事務的な文章である。右(1)BないしDは、右(1)Bについては、「I quote from the slip which was handed to me at the Bank to-day.」の部分の翻訳を省略したり、「ロンドン支店長」の訳語を補っていること、右(1)Dについては、冒頭で、補足的な説明文を付加していること、1文からなる原文を2文に分けて翻訳したこと、「addressed to the Japanese Ambassador」を「当館宛」と翻訳したことなどの点において創意工夫がある。しかし、右(1)BないしDは、全体的に事務的な手紙を直訳したものということができる。
(2)被告書籍の内容及び著作権侵害の有無
 被告書籍第5章(1)aと右(1)Aを比較すると、比較的短い文であるにもかかわらず、表現上多くの相違点がみられること、右(1)bと右(1)Bを比較すると、第1文は「話し合いの件に関し」を「協議した件につき」と改めている点に相違があり、その他はほぼ同一であるが、第2文及び第3文は、表現上の差異があること、右(1)cと右(1)Cを比較すると、右(1)Cの「日本大使閣下殿」を「日本大使閣下」に、「記された」を「記載した」に、「お聞かせ下されば、非常に有り難く存じます」を「伺えれば幸甚に存じます」に改めている点など多くの相違点があること、右(1)dと右(1)Dを比較すると、後半部分は、右(1)Dの「お尋ねの」を「ご照会の」に、「枢密員議長」を「枢密院議長」に改めた程度で、ほぼ同一の表現であるといえるが、前半部分は、かなり表現上の差異があることなどを挙げることができる。
 そうすると、原告著作物第5章(1)AないしDは、創作性の範囲が狭いと考えるべきところ、右(1)aないしdは、右(1)AないしDと具体的表現上、前記のように多くの点で差異があるので、右(1)aないしdは右(1)AないしDの複製であると解することはできない。なお、右(1)Dの前半部分は、原告独自の表現であるが、右(1)dの前半部分は、右(1)Dの前半部分と表現がかなり異なるから、複製であると解することはできない。
(三)被告書籍第5章(2)aないしcと原告著作物第5章(2)AないしCについて
(1)原告著作物の内容及び特徴
 原告著作物第5章(2)AないしCは、いずれも、英国新聞「ザ・スター」の記事(甲15)を、原告が翻訳したものである。
 その原文は以下のとおりである。
「He says that in July, 1914, while on a holiday in Folkestone, he was sent for by a well-known legal firm who desired him to call on them at the earliest possible moment, as they had a client who required a translation of a very important document.」
「Mr. Nakagawa wrote asking if it could not be sent by registered post, but the reply was that it was so important that it could not be allowed to leave the client's office. When Mr. Nakagawa arrived he was taken to the offices of the clients in the vicinity of Lincolns Inn FieId.」
「He read it very carefully, and then spent three or four hours in translating it into English. He says he believes that this is the document which is mentioned in these wonderfull stories. The language of the document was very poor (i.e., illiterate), and it was evidently written by a person of very little education. Mr. Nakagawa is inclined to think, indeed, that it might have been translated from another language into Japanese. If the translator was not a skilled one this would account for the poorness of the language.」
 右(2)AないしCは、第三人称「He」を主語とする原文に対して、中川治平を第一人称として訳している点、右(2)Aについて、原文が1文であるのに対し、2文に分けて訳した点、法律事務所の固有名詞を補った点、右(2)Bについて、理解を助けるため、若干の語を補った点、右(2)Cについて、難解な直訳的表現を避けて、日本語として理解しやすい表現にした点、「which is mentioned in these wonderfull stories」を「日本手形に関するものだった」と意訳した点に創意工夫がみられる。
(2)被告書籍の内容及び著作権侵害の有無
 被告書籍第5章(2)aは、右(2)Aと同様、二つの文に分けて訳されている点、及び「楽しんでいた」、「大切な顧客」、「大至急必要としているので」など、同一の訳語を選択している点で共通しているが、右(2)aは、右(2)Aと異なり、第三人称を主語として訳している点、表現上大きく相違している点に照らして、右(2)aは、右(2)Aを複製したと解することはできない。
 右(2)bを右(2)Bと比較すると、右(2)bは、右(2)Bと異なり、第三人称を主語として訳されてる点、表現上大きく相違している点に照らして、右(2)Bを複製したと解することはできない。
 右(2)cと右(2)Cを比較すると、右(2)cの第1文は、右(2)Cの第1文と表現上相違している点が多くあり、第2文は、被告独自の叙述であるから、第1及び第2文のいずれも、右(2)Cの複製であるとは認められない。
 これに対し、右(2)cの第3文以下は、中川治平を第一人称とした表現を選択していること、「外国語を和訳する時」を「外国語を知らずに和訳するとき」に改めていることにおいて右(2)Cの該当部分と相違するが、その他の表現は全く同一である。
 したがって、右(2)cの第3文以下は、右(2)Cの該当部分の複製であると解することができる。
 被告Y1は、右(2)cの第3文以下について、専ら原資料を基礎として翻訳したところ、結果的に原告著作物と同一の翻訳ないし訳文となった旨主張するが、同一性の程度等に鑑みて、採用できない。
3 被告書籍第10章について
(一)被告書籍第10章(1)は、ディリンスキーのシブソープ宛の手紙(甲16)の翻訳、同(2)はベルン裁判記録訳及び1923年7月12日付「ガゼット・ド・ローザンヌ」新聞の記事(甲9の3、23の2)を基礎とした原告自身の記述、同(3)はティリンスキーが受取ったアムステルダム発7月5日付書簡(甲17)の翻訳、同(4)はベッドフォード警部らの報告書(甲18)の翻訳、英国外務省文書(甲19)の翻訳、同(5)は英国外務省文書(甲21)の翻訳、1916年3月7日付ヘインズの書簡(甲22)の翻訳である。
(二)被告書籍第10章(1)aと原告著作物第10章(1)Aについて
(1)原告著作物の内容及び特徴
 原告著作物第10章(1)Aは、ティリンキーのシブソープ宛の手紙(甲16)の翻訳である。
 その原文は、以下のとおりである。
「…the one & only way to come to a full & thoroughly understanding is that you will please note & keep in view that I am owner of the the affaire & you my agent who has to see to my interest in the first place & not make all kind of transactions in my affaire without even consulting me, especially if it concerns people I distrust.」
 右(1)Aは、原文が1文であるのに対し、2文に分けて訳した点、直訳的な堅い表現を避けて分かりやすい文章で翻訳している点、「not make all kind of transctions」以下の部分について、原文の趣旨を変更して翻訳した点に工夫がある。
(2)被告書籍の内容及び複製権侵害の有無
 被告書籍第10章(1)aと右(1)Aを比較すると、右(1)Aの「オーナー」を「持ち主」に、「エ一ジェントにすぎないということです」を「代理人にしかすぎません」に、それぞれ改めている点が相違するが、その他は、漢字と平仮名の表記上違いがあるだけで同一である。
 したがって、右(1)aは、右(1)Aの複製であると解することができる。
 被告Y1は、右(1)aについて、専ら原資料を基礎として翻訳したところ、結果的に原告著作物と同一の翻訳ないし訳文となった旨主張するが、同一性の程度等に鑑みて、採用できない。
(三)被告書籍第10章(2)a及びbと原告著作物第10章(2)A及びBについて
(1)原告著作物の内容及び特徴
 原告著作物第10章(2)Aは、ベルン裁判記録訳及び1923年7月12日付「ガゼット・ド・ローザンヌ」新聞の記事によって認められる事実を前提に、原告が脚色を加えて記述した部分であり(甲9の3、23の2)、また、右(2)Bは、原告自身が創作的に記述した部分である。
(2)被告書籍の内容及び著作権侵害の有無
 被告書籍第10章(2)aと右(2)Aとを比較すると、ティリンスキーにとってチューリッヒは居心地がよくなかったという内容を表現した点では共通するが、語句の選択、表現方法においては、多くの点で相違する。また、右(2)bと右(2)Bを比較すると、その表現上の相違点が多い。
 したがって、右(2)a及びbは、右(2)A及びBの複製であると解することはできない。
(四)被告書籍第10章(3)aないしcと原告著作物第10章(3)AないしCについて
(1)原告著作物の内容及び特徴
 原告著作物第10章(3)AないしCは、ティリンスキーが受取ったアムステルダム発7月5日付書簡(甲17)を翻訳したものである。(ただし、右(3)B及びCの中においては、6月23日付の書簡の内容として記述している。)。
 その原文は、以下のとおりである。
「Through your friend in Geneva you have received the official communication of our delegation, that draft No.1(Th.) has been paid in full」
「Therefore I am sending you under same cover a list A. showing all the papers received by Th.-the following list specifies your titels」
「The interest-coupons of the first part of this year are considered by Th. as recompense for his troubles of encaissment. As Mr Boulanof as well as myself are participating on TH's part we beg you to take all measures of providence in regard to my letters. Please do not mention our names to anyone. The danger of International spies is very great. If possible do not show these letters to outsiders.」
 右(3)Aについては、「you have received」の部分を省略して翻訳していること、右(3)Bについては、1文の原文を2文に分けて翻訳していること、右(3)Cについては、右原文第1文及び第2文につき「for his troubles」及び「As Mr. Boulanof as well as myself are participating on TH's part」の部分を省略したり、言葉を補ったりして、翻訳していること等の点で工夫がみられる。
(2)被告書籍の内容及び著作権侵害の有無
 被告書籍第10章(3)a及びbと右(3)A及びBを比較すると、以下の点が相違し、その他の点は、ほぼ同一である。すなわち、右(3)aは、右(3)Aの「私たちの」を「私たち」に、「支払いがあった」を「支払いをうけた」に、「友」を「友人」に、「通告してきました」を「通告しました」に、右(3)bは、右(3)Bと漢字と平仮名の表記方法において相違しているが、その他の点は、ほぼ同一である。
したがって、右(3)a及びbは、右(3)A及びBの複製であると解することができる。
 被告Y1は、右(3)aについて、専ら原資料を基礎として翻訳したところ、結果的に原告著作物と同一の翻訳ないし訳文となった旨主張するが、同一性の程度等に鑑みて、採用できない。
 被告書籍第10章(3)cと右(3)Cを比較すると、表現上の相違点が多数存在すること、右(3)cは、右(3)Cの第2文に対応する翻訳が一部省略されていること等の差異があり、右(3)Cの第3文以下がおおむね直訳的であり、その創作性の範囲は狭いと考えられる点を考慮にいれれば、右(3)cは右(3)Cの複製であると解することはできない。
(五)被告書籍第10章(4)aないしcと原告著作物第10章(4)AないしCについて
(1)原告著作物の内容及び特徴
 原告著作物第10章(4)Aは、ベッドフォード警部らの報告書(甲18)を翻訳したものであり、原告著作物第10章(4)B及びCは、いずれも、英国外務省文書(甲19)を翻訳したものである。
 その原文は、順に、以下のとおりである。
「I beg to report that at 8.30 p.m. 30th ult.Mr.D. Dutton, solicitor, who is defending Simon Stem; and Rose Bloom, for failing to register themselves as Aliens, called at this station aand told me he had inteviewed Stern at H.M. Prison, Brixton, that day 30th ult. and in consequence of his extraordinary statement he, Mr. Dutton had threatened not to defend unless he was allowed to lay his statement, and an agreement produced before the authorities. On this Stern gave a written authority for the facts to be handed to police」
「Treaty Dept see no cause for any action on part of F.O.」
「I have seen Mr. Thompson at Scotland Yard & showed him Mr. Gregory's minute. He agrees that no action is neccesary on our part or theirs」
 右(4)Aは、原文を直訳したものではなく、言葉を補うなどして、日本語として読みやすくしたこと、原告自身が原文から離れて、脚色を加えたこと等に独自の工夫がある。右(4)Cは、原文を直訳したものではなく、原文の趣旨を大きく変更して記述している点に独自の工夫がある。他方、右(4)Bは、直訳的な表現といえること、約10語程度から構成される極短い英文の翻訳であることに照らすならぱ、著作権の保護の対象となる著作物ということはできない。
(2)被告書籍の内容及び複製権侵害の有無
 被告書籍第10章(4)aと右(4)Aを比較すると、右(4)aは、右(4)Aの弁護士がスターンに対し、真実を述べないなら弁護をしないと説いたとする原告独自に脚色した部分を利用したりしている点があるが、双方の具体的表現形式は、多くの点で相違する。右(4)Aは、確かに、創作性の範囲は広いものと解されるが、その点を考慮にいれても、なお、右(4)aは右(4)Aの複製であると解することはできない。
 被告書籍第10章(4)cは、右(4)Cと、漢字と平仮名の表記方法において相違するが、その他の表現は同一である。
 したがって、右(4)cは、右(4)Cを複製したものと解することができる。
 被告Y1は、右(4)cについて、専ら原資料を基礎として翻訳したところ、結果的に原告著作物と同一の翻訳ないし訳文となった旨主張するが、同一性の程度等に鑑みて、採用できない。
(六)被告書籍第10章(5)aと原告著作物第10章(5)Aについて
 原告著作物第10章(5)Aは、英国外務省文書(甲21)の翻訳であり、その原文は、以下のとおりである。
「but I do not think we should lend ourselves to any dealings connected with this money-whether it is a hoax or not」
 右(5)Aは、かなり直訳的な翻訳であること、1文の一部に過ぎない、約20語程度から構成される、極く短い英文の翻訳であることに照らすならば、著作権の保護の対象となる著作物ということはできない。
(七)被告書籍第10章(5)bと原告著作物第10章(5)Bについて
(1)原告著作物の内容及び特徴
 原告著作物第10章(5)Bは、英国外務省文書(甲21)の翻訳であり、その原文次のとおりである。
「The sum supposed to have been given for these plans points to a hoax but in any case I think that we should have nothing to do with Mr. Haynes or his drafts. We would make no use of them. We should carefully keep out of all that buisiness & have nothing to do with it.」
 右(5)Bは、原文の第1文を二つの文章に分けて翻訳した点、及び直訳的表現を避けて、日本語として読みやすい表現を選択している点において、工夫がみられる。
(2)被告書籍の内容及び複製権侵害の有無
 被告書籍第10章(5)bを右(5)Bと比較すると、右(5)Bの「偽」を「偽もの」に、「手をきるべきである」を「手をきるべきだ」に、「遠ざかっているべきであり」を「近づくべきではないし」に改めている点等において相違するが、その他は、ほぼ同一の表現である。
したがって、右(5)bは右(5)Bを複製したものと解することができる。
 被告Y1は、右(5)bについて、専ら原資料を基礎として翻訳したところ、結果的に原告著作物と同一の翻訳ないし文となった旨主張するが、同一性の程度等に鑑みて、採用できない。
(八)被告書籍第10章(5)cと原告著作物第10章(5)Cについて
 原告著作物第10章(5)Cは、1916年3月7日付ヘインズの書簡(甲22)の翻訳であり、その原文は次のとおりである。
「I cannot understand the Japanese Embassy allowing a vast number of people all over Europe to be deceived about this matter.」
 右(5)Cは、かなり直訳的な翻訳であること、約20語程度から構成される、極く短い英文の翻訳であることに照らすならば、著作権の保護の対象となる著作物ということはできない。
4 被告書籍終章について
(一)原告著作物終章は、ドイツ語で記載されたベルン裁判記録をNHKの職員等が日本語訳した資料(以下「ベルン裁判記録NHK訳」という場合がある。甲9の1ないし3)を、原告が、分析・検討して、基礎資料を引用ないし要約して、ベルン裁判の審理経過等を中心に記述したものである。
 なお、ベルン裁判記録NHK訳は、以下の3冊に分かれている。
@ 第1は、「T背景・状況」、「U被害者」、「V対日債権といわれているもの(日本への要求)」、「Wベルンでの犯罪行為及び証拠の評価」の「ベルンでの犯罪行為」部分の各翻訳から構成されている(甲9の3)。
A 第2は、「Wベルンでの犯罪行為及び証拠の評価」の「証拠の評価」部分、「X法的犯罪構成部分」、「Y処罰」の各翻訳から構成されている(甲9の1)。
B 第3は、「I背景・状況」、「V日本への要求」の主要部分の各抄訳から構成されている(甲9の2)。
(二)被告書籍終章一aと原告著作物終章一Aについて
(1)原告著作物の内容及び特徴
 原告著作物終章一Aは、ベルン裁判記録NHK訳の「V14ブルガリアのティリンスキー、テオドロフ」の冒頭部分を基礎にして記述したものである。
 NHK訳の該当部分は、以下のとおりである。
 「I.v.ティリンスキーはシュヴェンケ夫人と同様、慎重をきして、ベルンの主審議には出廷しなかった。アルバート・シュヴェンケの証言によると、ベルンの仲介者マティ博士(彼らの住所登録者)宛ての出廷命令の速達によって、そして又、実際に、7月11日より少なくとも3週間前、すなわちいずれにしても法律で定められた期間中に主審議の日程を知らされていたにもかかわらず。」(甲9の3)
 右一Aは、NHK訳の該当部分を簡潔に要約し、読みやすくしたものであるが、表現上、それほど独創性があるとまではいえない。
(2)被告書籍の内容及び著作権侵害の有無
 被告書籍終章一aは、右一Aの「この3人には」を「3人の被告人にたいして」に、「マティー」を「マッティ」に、「審議日程」を「公判の日程」改め、「すでに」や「ベルン在住の」を削除したこと等において相違する。
 右一aは、右一Aがそれほど独創性が認められないこと、約100字程度の極く短い文章において、多数の相違点があることに照らして、右一Aを複製したものと解することはできない。
(三)被告書籍終章一b及びcと原告著作物終章一B及びCについて
(1)原告著作物の内容及び特徴
 原告著作物終章一Bは、ベルン裁判記録NHK訳の「Y処罰、2エミリー・シュベンケ」を、また、右一Cは、ベルン裁判記録NHK訳の最終部分及び「U被害者」の冒頭部分を、それぞれ基礎にして記述したものである。
 NHK訳の該当部分は、順に、以下のとおりである。
 「Schwencke夫人はドイツに残ったことで召喚に応じない気であることと、法廷の前で責任を取ることを恐れ、又、恐れる理由があることを明らかに示したことになる。」(甲9の1)
 「あらかじめ明記されねばならないことは、判決の基礎となるこの刑事裁判過程は、1915年8月以降ベルン又はベルン州で発生した損害をもって把握され得る。金銭取得とその支出に関する調査が、ベルン州域外にも及ぶものは、この件に関する背景及び重要な付帯事情を明確にすることを意図しているものである。」(甲9の3)
 原告著作物終章一Bは、NHK訳と異なり、エミリーのみならず、ティリンスキーに関しても言及している点で、原告の独自の観点から記述した点において工夫があるが、表現上、それほど独創性があるとまではいえない。
 また、右一Cの第1文は、判事、検事、書記官の名前を記載したもので、表現上の創作性は認められず、また、右一Cの第2文は、直訳的で趣旨が不明確なNHK訳を、分かりやすい文章に直して表現した点で工夫があるが、表現上、それほど独自性があるものとまではいえない。
(2)被告書籍の内容及び著作権侵害の有無
 被告書籍終章一b、右一Bの「出頭して」を「出廷して」に、「真実に」を「真実と」に、「持っているとの」を「もっている」に改めたこと等において相違がある。
 右一bは、右一Bにそれほど独創性が認められないこと、約60字程度の短い文章において多数の相違点があること等に照らして、右一Bを複製したものと解することはできない。
 右一cの冒頭部分は、右一Cの冒頭部分と同一の表現であるが、冒頭部分は、他の表現を選択する余地が少ない、極めて事務的な文章である点に照らして、右一Cを複製したものと解することはできない。
 右一cのその他の部分は、右一Cのその他の部分の「基礎となるものは」を「管轄がおよぶのは」に、「ことがベルン州以外に及ぶものは」を「ベルン州以外での事件は」に、「付帯事情」を「付帯事項」に、「意図された」を「方針が明らかにされた」に改めたこと等において相違する。右一Cの創作性の範囲は極めて狭いこと、双方に多数の相違点があることに照らして、右一cのその余の部分は、右一Cのその余の部分を複製したものと解することはできない。
(四)被告書籍終章一dないしfと原告著作物終章一DないしFについて
(1)原告著作物の内容及び特徴
 原告著作物終章一Dは、ベルン裁判記録NHK訳のうち、「V対日債権といわれているもの、9チューリヒ、フライブルグとローザンヌにおける犯罪調査」を基礎として、右一Eは、1923年7月12日付の「ガゼット・ド・ローザンヌ」新聞の記事の日本語訳、及び、ベルン裁判記録NHK訳のうち、「Wベルンでの犯罪行為 A、B」を基礎として、それぞれ、記述したものである。
 右のうち、NHK訳の該当部分は、順に、以下のとおりである。
 「基本的な事項は、フライブルグ記録の日本文書についての所見、ティリンスキーの、チューリヒの検察局所属のシェーラー博士にあてた報告(チューリヒ記録の中にある)、そしてティリンスキーともう一方のギイ・ガイヤー、アドルフ・シース、ペランメルシェ及びアウグスト・ゼーリ間の融資契約である(ローザンヌ記録の中にある)。」(甲9の3)
 「シュヴェンケ夫妻の誤ちの基礎をも形成するところのイーゴル・V・ティリンスキーの犯罪行為に関する調査はドイヒャー博士とヘルマン・ロヒャーの特別に扱われる件を除いて、2つの大きな側面に分けられる:一つは借金のごまかし、そしてもう一つは商品の購入に際しての詐欺である」(甲9の3)
 「2種類の係争があり、第1の事件(以下事件1と呼ぶ)では、直接共犯が問題となり、他の事件(以下事件2と呼ぶ)では、ティリンスキーの詐欺事件と対応して、少なくとも幇助罪が問題になる」(甲9の3)
 右一Dは、右参照部分を、相当程度利用して記述したものといえるが、末尾に「参考資料として用いた」の文章を付加していること、右一Eは、ベルン裁判記録NHK訳全体を参考にした上で、前記該当部分A及びBを要約しており、NHK訳にないアルベルトに関しても付加して記述していること等の点で創作的な表現がみられる。右一Fは、原資料に依拠することなく、原告が独自の記述をした部分である。
(2)被告書籍の内容及び著作権侵害の有無
 被告書籍終章一dは、右一Dの「フライベルク記録」を「ドイツのブライスゴウ・フライブルク検察局の記録」等に改めた点において相違するが、その表現は全体に酷似している。
 右一eは、右一Eを「返済するあてのない」を「返済する意思のない」に、「商品購入の詐欺」を「商品取込みの詐欺」に、漢字表記をひらがな表記に、それぞれ改めた点等において相違するが、その他は、ほぼ同一の表現が用いられている。
 右一fは、右一Fの「公判を行ったのか」を「審理をおこなったか」に改めた点において相違するが、その他の部分は、ほぼ同一の表現が用いられている。
 右一dないしfと右一DないしFを比較すると、全体的にほぼ同一の表現が用いられている点に照らすならば右一dないしfは右一DないしFの複製であると解することができる。
 被告Y1は、専ら原資料を基礎として記述したところ、結果的に原告著作物と同一の表現となった旨主張するが、同一性の程度等に鑑みて、採用できない。
(五)被告書籍終章二aと原告著作物終章二Aについて
(1)原告著作物の内容及び特徴
 原告著作物終章二Aは、ベルン裁判記録NHK訳のうち、主に「Wベルンでの犯罪行為、A」の一部、1923年7月12日付「ガゼット・ド・ローザンヌ」新聞の記事の日本語訳の一部、及び右NHK訳のうち「U被害者」の部分を基礎として、記述したものである。
 NHK訳等の該当部分は、順に、以下のとおりである。
 「シュヴェンケ夫妻の誤ちの基礎をも形成するところのイーゴル・V・ティリンスキーの犯罪行為に関する調査はドイヒャー博士とヘルマン・ロヒャーの特別に扱われる件を除いて、2つの大きな側面に分けられる:一つは借金のごまかし、そしてもう一つは商品の購入に際しての詐欺である。
1 借金のごまかしとして訴えられた事件では、ティリンスキーと彼の下で働いていた人々の行動は、明らかにおとぎ話のような日本からの支払いの見せかけから発生したものである。(この支払いは、短期間中に行われる見込みのものであり、金を貸していた人々に対して、その返済と利子及び充分な報酬を約束するものであった。)(ベルン裁判記録NHK訳)(甲9の3)
 「1874年に生まれたイゴール・フォン・ティリンスキーは1915年12月29日から1916年1月22日まで、及び1920年3月30日から1921年2月21日まで拘留されており、1915年以降ベルンで詩人や商人を相手に様々な横領を行った疑いで裁判に付せられる。その手口としては、「日本の政府に対して債権を有する」ことを信じこませ、それによって返すあてのない借金をしていた。横領された金額としては、例えばベルンの某菓子屋から3200フラン、ベルンの某詩人からは6000フラン、サント=ガールのA.M.氏からは5万フラン、それ以外にも多額の借金をしている。ベルンの某弁護士からは数千フラン、ある宝石商からは2万1000フラン、またある弁護士からは1万5000フランという具合である。
 1916年から1917年にかけて、ベルンとチューリッヒでは11万フランを横領している。ある銀行によって裏書きされた2枚の小切手によってである。その他にも5000、7000、4000フランといった横領がいくつもあり、金銭以外に商品の横領もあった。」(ガゼット・ド・ローザンヌ)(甲23の2)
 右二Aは、右各参照部分の表現に依拠して記述したものではなく、ベルン裁判記録NHK訳全体を参考にしながら、右各参照部分の記載を大幅に取捨選択し、原告の独自の文体で記述した点において、創作性がある。
(2)被告書籍の内容及び著作権侵害の有無
 被告書籍終章二aは、右二Aの「返済する見込みのない」を「返済する意思のない」に、「12万5600フラン」を「12万5600スイス・フラン」に、「多々あるので」を「多いので」に、それぞれ改め、「ベルン州内で」を付加し、「滞納分として」を削除した点等において相違するが、その他はほぼ同一表現である。
 したがって、右二aは、右二Aを複製したものと解すべきである。
 被告Y1は、専ら原資料を基礎として記述したところ、結果的に原告著作物と同一の表現となった旨主張するが、同一性の程度等に鑑みて、採用できない。
(六)被告書籍終章三aないしcと原告著作物終章三AないしCについて
(1)原告著作物の内容及び特徴
 原告著作物終章三Aは、ベルン裁判記録NHK訳のうち、「IV証拠評価の概要、3鑑定」の部分に列挙されている鑑定人の氏名を記述した部分である。なお、ベルン裁判記録及びNHK訳では西沢栄一の氏名を筆頭に記載しているのに対し、右三Aでは西沢栄一の氏名を最後に記載した点等が異なる。(甲9の1(9頁以下))
 原告著作物終章三Bは、ベルン裁判記録NHK訳のうち、「W証拠評価の概要、3鑑定」の部分を基礎として、「日本書類」の鑑定の結果について記述した部分である。右参照部分が、各鑑定人の意見の内容を詳述しているのに対し、右三Aは、鑑定人の意見を簡単に要旨としてまとめている。(甲9の1)
 原告著作物終章三Cは、ベルン裁判記録NHK訳のうち、「W証拠評価の概要、3鑑定」の中の一部分を参照して、ビシェフ教授の鑑定の要旨を記述した部分である。
 右三Cが基礎としたNHK訳の該当部分は、以下のとおりである。
 「このローザンヌ在住の警察学分野の専門家Prof.Bischoffによる大変誠実で確信をもって実施され反ぱくする余地のない鑑定の結果は3つの証書を破滅に至らしめている。
 日本語の本契約に関して割と簡単な実験で、手本又は写真をもとにヤマガタ氏の署名をすみでどんな紙にでもすぐ写し、全く見間違える位似させて"偽造"することができることをこの専門家は証明した。勿論、日本語がわからなくとも写真になれたしろうとなら誰でもできる、この学問的実験のやり方を公けの判決に取り上げるわけにはいかない。詳細はBischoff氏の鑑定及び付属(ヤマガタ氏の署名があるボール箱、拡大等)を参照、
 このことで、本物の手本さえあれば、ヨーロッパでも簡単に日本語の署名を偽造する、初めから文章が書かれたどんな証書にでも書き写すことができるという証明がなされた。」(甲9の1(26頁))
 右三Aは、それほど、表現上の創作性があるとまではいえないが、順序等に若干の工夫がある。その他の部分は、右参照部分を基礎として、原告が要約したもので、要約部分に、創作性がある。
(2)被告書籍の内容及び著作権侵害の有無
 被告書籍終章三aは、右三Aの「5人」を「5名」に、「ドイツ帝国」を「ドイツ」に、「マックガバーン教授」を「マクガヴァン博士」に、それぞれ改めた点において相違するが、その他の部分は、右三Aの表現と全く同一である。また、被告書籍終章三bは、右三Bの「マクガヴァンの鑑定」の説明として右三Bにはない「シブソープが私的に依頼した」を付加し、「マクガバーン」を「マクガヴァン」に、「日本書類」を「「日本手形」関係書類」に、それぞれ改めた点において相違するが、その他の部分は、右三Bとほぼ同一である。さらに、被告書籍終章三cは、右三Cの「ビシェフ教授」を「ビショフ」に、「偽造することが」を「偽造」に、「日本書類偽造の可能性のあることの」を「「日本手形」関係書類が偽造である可能性の」に、それぞれ改め、また、「彼は次の点を強調している。」を削除している点において相違するが、その他の部分は、右三Cの表現とほぼ同一である。
 以上のとおり、被告書籍の三aないしcは、右三AないしCを複製したものということができる。確かに、前記のとおり、右三Aの表現は、それほど創作性があるとまではいえないが、右三aは、単に右三Aを言い換えたにすぎないものと評価でき、複製といって差し支えない。
 被告Y1は、専ら原資料を基礎として記述したところ、結果的に原告著作物と同一の表現となった旨主張するが、同一性の程度等に鑑みて、採用できない。
(七)被告書籍終章四aないしfと原告著作物終章四AないしFについて
(1)原告著作物の内容及び特徴
 原告著作物終章四Aは、1923年7月12日付「ジュールナル・スイス」新聞の記事の日本語訳の一部を基礎として、記述したものである。
 右日本語訳の該当部分は、以下のとおりである。
 「数多くの証人の名が挙げられたが、特にベルン、チューリッヒ、ウィンテルトゥール、ロンドン、パリなどからの証人が多かった。」(甲23の1)
 原告著作物終章四Bは、ベルン裁判記録NHK訳のうち、「W処罰」の中の一部を基礎として、ティリンスキーに関する証言内容について、記述したものである。
 NHK訳の該当部分は、以下のとおりである。
 「Igor v. Tilinsky が好感のもてる性格をも持ち合わせていたことは真実であろう:そう明さ、教養、愛そうの良さ、社交性、気の良さ、気前良さ。しかし、もう何年も前から彼が性格的に崩壊していることは、長年の付き合いがあり、彼を最もよく知っているであろう共犯者Albert Schwencke がはっきり指摘している:性格の弱さ、だらしなさ、気違いじみた浪費癖、陶酔状態の動物的狂暴、これについては証人もおり、Tilinskyは酒盛りの際鏡を割ったり、物を投げつけたり、劇場で無礼をはたらいたり、金の扱い方がひどかったり、(例、公判で証人Otto:スイス紙へいで葉巻に火をつけたこと、他の証人によると Thunersee トウナー湖で5スイスフラン硬貨を水面に投げて遊ぶ等)、道徳的な面でも最もゆるやかな原則をすら守っていない、このことはSchwencke夫人との親密な関係、そして公判で明らかにされた、Schwenckeの子供係の女に最後の貯金まで主人のために出させ、子供まで作らせ、自分は知らん顔てい、さらにはSchwenckeの長女にまで手を出している事実からも証明できる。」(甲9の1)
 原告著作物終章四Cは、1923年7月21日付「ガゼット・ド・ローザンヌ」新聞の記事の日本語訳の一部を基礎として、アルベルトの証言等について記述したものである。
 右日本語訳の該当部分は、以下のとおりである。
 「それゆえシュヴェンケは法廷に唯一人の被告としてやってきた。彼は元ドイツ人将校であるが、全ゆる言葉を話し、全ゆる外国の都市で生活したにもかかわらず、ドイツ的傲慢さと威厳を失っていない。色あせたヒゲ、血色の悪い肌、小さな目をキョロキョロさせながらテーブルについた。そしてコップ1杯の水と山ほどの書類を前にベラベラとまくしたてた。彼は自分の身を守るためにティリンスキーを'詐欺師'ではなく'欺かれた男'であると人々を説得しようとした。彼によると、ティリンスキーは何の罪の意識もない、ティリンスキーは彼を利用しようとした同行者の世話をしたのだという。シュヴェンケの発言は全て虚偽というわけではなく、ティリンスキーの周辺にさまざまな人間が集まってきたのは事実である。」(甲23の12)
 原告著作物終章四Dは、1923年7月18日付「ジュルナール・スイス」新聞の記事の日本語訳の一部、同月12日付同新聞の記事の日本語訳の一部、同月13日付「ガゼット・ド・ローザンヌ」新聞の記事の日本語訳の一部、ベルン裁判記録NHK訳の「V対日債権といわれているもの、4スイスヘ行動を移す、ギィ・ガイヤー」の一部を基礎として、ガイヤーの証言等について記述したものである。
 NHK訳等の該当部分は、順に、以下のとおりである。
 「この日の午後にはジル・ギュイエールが証言台に立った。彼は現在ブルゲーズリの精神病院で治療を受けており、そこから出廷したのであった。ジル・ギュイエールの証言によると、ティリンスキーの書類は本物であり、日本政府に対する彼の要求は有効なものとされる。
 スイス東部からの証人はこう証言した。4万フランにのぼる財産をギュイエールの銀行フェルケールス銀行に預けたが、その策略で全財産を失なってしまった−と。」(7月18日付ジュルナール・スイス)(甲23の7)
「ジル・ギュイエールというチューリッヒの銀行家はティリンスキー事件のために何ヵ月も拘留状態にあったが……」(7月12日付ジュルナール・スイス)(甲23の1)
 「この事件のため、ギュイエールは何ケ月もの間チューリッヒで予備拘留をされていた」(7月13日付ガゼット・ド・ローザンヌ)(甲23の3)
 「ギイ・ガイヤーは、今日、高度な詐欺罪と供述不明瞭のかどで、チューリヒで審議中の犯罪調査中に、発狂と幻想による精神病と宣告された。」(ベルン裁判記録NHK訳)(甲第9の3)
 原告著作物終章四Eは、1923年7月20日付「ジュルナール・スイス」新聞の記事の日本語訳の一部、同月21日付同新聞の記事の日本語訳の一部・同月21日付「ガゼット・ド・ローザンヌ」新聞の記事の日本語訳の一部を基礎として、ショーヤーの証言について記述した部分である。
 右日本語訳の該当部分は、順に、以下のとおりである。
 「イギリス人ショーヤーは木曜日に証言台に立った。ショーヤーは一時期シブソープ、つまりイギリスにおける第1のシンジケートの創立者のマネージャーであった。彼は東京に送られた派遣団に関して説明を与え、派遣団はシンジケートから資金を受けていたが、結果は大したことが無かったと述べている。シンジケートに属していた名士たちは契約が本物であると確信している。」(7月20日付ジュールナル・スイス)(甲23の9)
 「金曜日午前の公判では、シブソープの供述が読み上げられた。ジブソープは1914年にティリンスキーがオデッサからロンドンに主要な書類を運んだという。次にティリンスキー宛のさまざまな手紙が読み上げられた。」(7月21日付ジュールナル・スイス)(甲23の11)
 「シンジケートの一員である英国人の証人が丸1日にわたってベルンの裁判所で尋問を受けた。典型的なイギリス人の堅い口調でこの人物は、「イギリスの大蔵省の役人は、『日本が山県公のサインを認めない限り、日本にはいかなる信用貸しもさせない。』と語った。」という。」(ガゼット・ド・ローザンヌ)(甲23の12)
 原告著作物終章四Fは、ベルン裁判記録NHK訳のうち「W証拠評価の概要、5パリの証人ヨゼフ.シュールマンの証言」の中の一部を基礎として、シュールマンの証言によって解明されることになった事項について記述したものである。
 NHK訳の該当部分は、以下のとおりである。
 「1914年7月6日付けの日本大使館書記官キシの実物証明及びロンドンのヨコハマSpecie Bankのこれに相当する説明を考慮に入れ、日本語の本契約が署名ともども偽造だと考える時、もうひとつ疑問が残る点がある。Tilinskyと仲間がどうやって手本にするためのヤマガタの本物の署名を手に入れたかということ」(甲9の1)
 右四Aは、主に右参照部分に依拠した部分、及び、原告の筆者としての取捨選択の基準を述べた部分からなるが、いずれも創作性があるものといえる。右四BないしEは、主に右各参照部分を、簡潔に要約し、かつ、原告自身の解釈を加えて加筆補充したものであり、創作性が認められる。右四Fは、右参照部分を参考としながらも、右四Fに続くシュールマンの証言に関する叙述への導入部分として、右参照部分の表現に拘束されずに記述している点に照らすと、ごく短い記述であるが、創作性があるものといえる。
 右四Aないし四Fは、特定の原資料をそのまま利用したものではなく、複数の原資料を組合せて、原告独自の観点から再構成して記述したものであって、その具体的表現には、原資料の表現を利用して記述した部分もあるが、複数の素材を要約したり、原告の理解を基に独自の説明を付加した部分も多いので、創作性を肯定できる。
(2)被告書籍の内容及び著作権侵害の有無
 被告書籍終章四aは、右四Aの「チューリッヒ」を「チューリヒ」に、「ウイルテルロウール」を「ヴィンタートゥア」に、「証人台」を「証言合」に、それぞれ改めている点において相違するが、その他の部分は、ほぼ同一である。
 被告書籍終章四bは、右四Bの「気違いじみた」を「狂気のような」に、「退廃」を「頽廃」に、「拘留」を「勾留」に、「明らかにされたことのみを述べておく」を「明らかにされたことを紹介しておく」に、それぞれ改めた点において相違するが、その他の部分はほぼ同一表現である。
 被告書籍終章四cは、右四Cの「被告」を「被告人」に、「唯一の」を「ただ一人の」に、「判事説得を」を「判事を説得しようと」に、「判事側に解釈された」を「判事側は解釈した」に、それぞれ改めた点、及び「ギー・ガイヤーやキンドリマンなど、」と具体的に名前を付加している点等において相違するが、その他の部分は、ほぼ同一である。
 被告書籍終章四dは、右四Dの「チューリッヒで拘留尋問を受けていたが」を「勾留され、取調べをうけていたが」に、「チューリッヒ」を「チューリヒ」に、「処罰」を「刑」に、「融資家」を「投資家」に、それぞれ改めた点等において相違するが、その他の部分は、ほぼ同一である。なお、右四Dの「そこから出頭したのであった。公判中、彼は供述不可能に陥り、精神病院に戻ることを宣告されたので、」の部分は対応部分が存在しない。
 被告書籍終章四fは、右四Fの「さて、すでに見たように」を「裁判の結論は」に、「贋物と判定された」を「にせ物であるということになった」に、「偽造の」を「にせ物の」に、「本物の山県署名」を「山県の署名」に、「なされているのか」を「あるのだろうか」に、それぞれ改めた点等において相違するが、その他の部分につては、ほぼ同一である。
 したがって、右四aないしd及びfは、四AないしD及びFを複製したものということができる(右四dは、右四Dの「そこから出頭したのであった。公判中、彼は供述不可能に陥り、精神病院に戻ることを宣告されたので、」の部分は対応部分が存在しないが、全体的にかなり長い文章である点に照らして、同一性の判断に消長を来さない。)。被告Y1は、専ら原資料を基礎として記述したところ、結果的に原告著作物と同一の表現となった旨主張するが、同一性の程度等に鑑みて、採用できない。
 これに対し、被告書籍終章四eと右四Eを比較すると、右四eの「(ショーヤーは)英語で、シブソープの供述書およびティリンスキーとシブソープの往復書簡を読みあげた。」との記述部分及び「シンディケート・メンバーの名士たちは、……信用貸しもしないことは確かです」との記述部分については、それぞれ、右四Eの@「(彼は、……)英語で、シブソープの供述書およびティリンスキ一・シブソープ間の往復書簡を読み上げた。」との記述部分、及びA「シンジケートメンバーの名士たちは、……信用貸もしないことは確かです」との記述部分とほぼ同一であるが、その他は、かなりの点で相違する。ところで、右同一箇所について、右四Eの@は、原告独自の解釈に基づく記述であるが、1文の中のごく短い部分であること、Aは、原資料の表現にかなり依拠して記述した部分である点に照らすと、右四eは、四Eを複製したものと解することはできない。
(八)被告書籍終章五aと原告著作物終章五Aについて
(1)原告著作物の内容及び特徴
 原告著作物終章五Aは、ベルン裁判記録NHK訳のうち「W証拠評価の概要、3鑑定」の中の一部を基礎として記述したものである。
 NHK訳の該当部分は、以下のとおりである。
 「3鑑定
 a.宣誓した日本人翻訳者Yejichi Nishisawaによる批判
 証文の内容が既に大変いかがわしい、1915年3月22日から7月1日の間に3つのチェックは支払われるべきと本契約にはある(第1、2条)、Tilinskyのチェック、本契約はロンドンに保管されていて不可能、チェックと契約は譲渡できないはず(第3条)なのに、Tilinskyは両方ともSibthorpに譲渡し、抵当に入れている。
 第6条には契約とチェックの持参人は契約署名者であるべしとあるが、Tilinskyは契約に自分の署名があるとは一度も主張したことがない、又、契約及びチェックには数人の民間人が債権権利者として署名しているということで、日本の顕官、債務義務者側なのだから、の署名であるわけがない、本契約には2つのヨーロッバ文字での署名しかなく、そのうちロシアのLjapounoffは債権権利者としても登場したことはない、手形には最低2人の"権利者"の署名が必要だが、Tilinskyは日本人が(義務者)署名するものとしている。
 第8条によると契約とチェックは両方一緒でないといずれも有効でなくなり、第9条ではチェックは本契約と一緒に提出しなくてはならないとある。ゆえに1912年以後本契約の委任管理によりいかなるチェックも支払いが不可能であるにもかかわらず、Tilinskyは違う主張をしているのははったりである。
 日本の本契約第10条に取りあげ、効力を失っている、1904年のいわゆるイギリスの仮契約の内容はさらに驚くものである。
 ここでは`仮契約'が日本の法律で定められており、正当のものであるという気狂い的なことが書いてある。
 ここでも契約を譲渡したり、期間の前に他に使うことを禁じている。
 第9条では軍の秘密情報の提供であることがはっきり現れている、そういうことは公けの署名をともなう書類で決めるものではない。
 第10条ではどんな不謹慎な言動も債務義務無効化で罰しているが、契約内容のみならず、1912年以後Tilinskyは数えきれない写真まで流布させた、この項目があったにもかかわらず多くの人たちが彼の詐欺にひっかかったのは驚きにあたいする。
 仮契約には本契約にあるように4600万円の債務が3件あるとは書いていない。1件、それも一人の所持人、もしくは、その法的後継者のみである。(不明確な点、§§5の偽造の可能性はあるが)
 無効にされた英語の仮契約にのみ支払い義務者として日本政府の名がでて来る。手形にも日本語の本契約にも日本政府の名はあげられていない。(本契約の第6条に所持者は"政府"の全権を持つ者とあるが、どこの政府かは明記されていない)
 英文の仮契約と日本文の本契約はどちらも日付がない。日本の手形又は債務証書は"東京、1904年7月7日"と日付があり、持参人が受取人で、発行者の名は書いていない。大変疑わしいのは、既に1904年7月7日に発行された証書に、4,600,000−円(数字ではゼロが1つ忘れられている、文字では4600万円とある)の負債は1904と1905年に我々(誰?)に貢献してくれたことに対しての持参者への報酬であると書かれている。しかるに、内容がでたらめなのか、1904年の日付が偽造なのだ。また、日露戦争は既に1904年2月5日に始まっており、1905年9月5日にUSAのポーツマス平和講和にて終ったので、手形発行の時点では、戦争はまだ終っていないはずである、(Tilinskyは手形と仮契約は戦争前に出されたと主張している)戦争の期間について手形発行者は全くもってよほど的確に予知できた者)にちがいない!
 最も権威のある翻訳は教養高き日本人によるものだが、この、個人的にはこの件に全くかかわりのない人間の批評がある。本契約と手形が同一人物により書かれたものでないこと、それらは少なくとも一つの署名(L. Sonje)を共用していること、手形にある3つの署名は、この日本の専門家によると日本人の書いたものではなく、逆さである。日本語は上から下へ、右から左へと書き、署名は文章の左下に書くものである。日本人の署名がないのだから日本の債務であるはずがない。文書に委任又は代理をたてるということが書かれていれば別だが。日本国の負債ならば、せめて署名者の一人は'日本国を代表して'といった付け足しが必要である。
 Lで始まる署名は本契約のその署名に比べ震えて不器用である。(ニシザワ)
 このような証書で負債額が数字の部分で1/10に書かれてるという事実は全く納得がいかない、日本でもヨーロッパと同じように数字ではゼロを書くので、ヨーロッパ人にさえすぐわかったはずだ、そして短い証書なのだから、すぐ訂正できたはずだ、TilinskyとSchwencke夫妻が始めからこの"間違い"を知っていたことは、数々の証言から読みとれる。
 ニシザワ氏は日本語の本契約について、それが日本人の手によって書かれたものに違いないと言っている。しかし、そのことが契約が本物であるという裏づけをすることはなく、陰謀のもとに作成されたかもしれない。日本語が文章中にでてくる2つの証書(本契約と手形)には、負債側として日本の名は登場せず、従って、英文又は仏文のものを日本人に翻訳に渡したとも考えられる。文章はあまりにも不確定で一般的すぎる。
 本契約の3つの日本の署名は、逆さではないが、日本人専門家は、その位置は日本文書としては異例であり、本来はもっと下にあるべきだと言っている。
 Lで始まる署名は(TilinskyとSchwencke夫妻はこれは日本の大蔵大臣'L. Sonje'氏の署名だと言っているが、彼の名前はArasuke Sonjeで、Lという文字は使われない)日本の名前であるはずはない。というのは日本でLに近い発音のものはすべてRで書かれるからである。(ニシザワ)」(甲9の1)
 右五Aは、右参照部分を基礎としているが、原告において、重要性の観点から適宜取捨選択したり、日本語として分かりにくい表現等を改めたり、説明を付加したりして、読みやすい日本語の文章にしている点で、創作性があるものといえる。
(2)被告書籍の内容及び著作権侵害の有無
 被告書籍終章五aは、右五Aの「彼は、本件に関する所見を次のように述べた。」を「彼は次のように証言した。」に、「1913年」を「1914年」に、「不可能のはずである」を「不可能である」に、「サービス」を「サーヴィス」に、「公の」を「公的な」に、「契約書内容」を「契約内容」に、「ゼロが一つ多くなっている」を「桁が一つ多くなっている」に、「逆さについている」を「逆になっている」に、それぞれ改めた点において相違するが、その余の部分は、細かい表現まで含めて、ほぼ同一である。
 したがって、右五aは右五Aの複製であると認められる。被告Y1は、専ら原資料を基礎として記述したところ、結果的に原告著作物と同一の表現となった旨主張するが、同一性の程度等に鑑みて、採用できない。
(九)被告書籍終章五bないしeと原告著作物終章五BないしEについて
(1)原告著作物の内容及び特徴
 原告著作物終章五Bは、西沢の証言に対する判事等の反応について、原告自身が創作的に記述したものである。
 原告著作物終章五Cは、ベルン裁判記録NHK訳のうち、「W証拠評価の概要、4日本人名士の証言」の中の一部を基礎として、西沢の証言に関して記述したものである。
 原告著作物終章五Dは、ベルン裁判記録NHK訳のうち、「W証拠評価の概要、4日本人名士の証言」の中の一部を基礎にして、西沢の証言に関して記述したものである。
 原告著作物終章五Eは、ベルン裁判記録NHK訳のうち「W証拠評価の概要、3鑑定、fアムステルダムの手紙についてのBrunner(チューリヒ)とBischoff(ローザンヌ)の筆跡鑑定」の中の一部を基礎として、アムステルダム書簡について記述したものである。
 NHK訳の該当部分は、順に、以下のとおりである。
 「Tilinskyと仲間のまやかし日本企画は、政治的に重大な事件や予測をうまく個人陰謀に結びつけ、又、ヨーロッパ人の異質で政治的に野心の強い日本に対する不信を利用して計算された成功をもたらした。他人の金で殿さまのような生活を長年続けたTilinskyと仲間は、日本が負債者であることを調べるのが大変難しいこと、たとえ法的な調査になったとしても日本の国家機関が反対保証を行わないだろうということを計算に入れていたはずだ、本裁判でAlbert Schwenckeが何度も強調していた文章がこの意味でも、特徴的だ'日本人は母国のために死ぬように、母国のためなら何のためらいもなくうそをつくであろう'この陰謀者たちは、法廷は、たとえ日本がTilinskyの日本証書を直接否定してきても取り合わないだろうと考えたし、日本の公的機関がこのように政治的にやっかいな事柄については返答を拒否するだろうと考えていたであろう。」(甲9の1)
 「法廷は、それには相反して、日本の政治家たちのきちんと理由づけられた保証を、特に今回のようにくつがえすことのできない客観的証拠(鑑定)に支えられている場合、3人の被疑者及びその共謀利害者たちの主張と同じ位、又は、それ以上に信用する。
 法廷は、今回の相手が日本人だからと言って、日本政府に対する(1字不明)大な要成に日本が抵抗する機会を与えるからと言って、日本の政治家がいつわりを言うと最初から決めつけなければならない理由は認めない。誰かが、証人が又はその代理人が、ある署名を行ったということだけで証人を失格させることはできない、日本にいつか支払いが直接又は法的に要成されたことが証明されない限り、日本と日本の公的代表は刑事裁判上当事者とは見なされない。ここに明記しておくが、日本の政治家たちの証言は証人証言として有効である。 
 ベルンの元公使ミウラ氏並びにロンドンとパリの日本大使も文章中の数々の誤りや署名の疑惑、そして日本での詳しい調査から、Tilinskyの日本証書3通とIgor v.Tilinskyのこの企画はすべていかさまであるという結論を出し、それは鑑定家ニシサワ、Dr. Mechlenburg'Prof. Bischoffの結果と一致している。Tilinskyの証書に署名のある唯一の日本人政治家で、日露戦争で日本の元帥だった人で2年前に亡くなられたアリモト・ヤマガタ公爵は、まだ存命の頃、元在東京スイス国公使v. Saln氏の直接の質問に答え、日本企画の件はすべていかさまで、Tilinskyは詐欺師でもう長年間もこの件で人を欺しているとはっきりと言った。(在東京スイス国公使のJean Diener' Winterthurに宛てた公の手紙を参照)Tilinskyの日本企画がいかさまであるというヤマガタの説明は、1923年再度ベルンの新しい日本公大使により東京から確認されている。ヤマガタ氏の個人秘書が1920年にマヤガタ氏が在東京スイス国公使にこの報告をしていたのを記憶していた。1923年の日本公使によるスイス政治課に宛てた報告書のコピーを参照、ここでもう一つ興味深いのは、法廷の要望によりベルンの日本大使館が東京から取り寄せた、ヤマガタ公爵と元大蔵大臣Sonje Arasuki氏の署名の写真である。ヤマガタ公爵のは日本の筆で書かれたもの(書き判、日本語の本契約にあるヤマガタの署名といわれているものに似ているところもある)、Sonjeの署名はローマ字で、どんなしろうとでも、それがTilinskyと仲間が日本の大蔵大臣Sonjeのものと主張する、Lから始まり、3通の証書に書かれた署名とは全く異なることが見てとれる。」(甲9の1)
 「アムステルダムの手紙が全くのペテンでTilinsky自身が偽造者で詐欺師であることは筆跡専門家のE. BrunnerrとM. Bischoffの詳しい調査で証明され、二人とも同じ結論を出している。3通の手紙の封筒の住所及び差出し人、そして手紙のWladimir Woronoffという署名はIgor von TiIinskyの手によるものであること、2人の専門家の調査結果差はごくわずかでProf. Bischoffはその結果を'公算大'、Brunner氏は'疑いない'と表わしている。'Countersigned etc.'とBoulanoffとAbert Schwenckeの署名の関係についての調査結果は否定的である。この明らかな偽造の張本人は確認できなかったが、手紙のWoronoffという主な署名と封筒がTilinskyによる偽造であることがくつがえすことができない事実としてある以上、これは問題ではない。
 このことで、日本企画がペテンであったこと、Tilinskyの個人的犯罪であることに何の疑いもなくなり、これは法廷が今まで扱った最も手の入り組んだ悪質な詐欺であることが明らかになった。」(甲9の1)
 右五Bは、原告自身が独自に記述したものであり、創作性があることは明らかである。また、右五CないしEは、主としてベルン裁判記録NHK訳を基礎としているが、原告において、日本語の文章として分かりやすい文章に直したり、取捨選択したりしている点において、工夫がみられる。
(2)被告書籍の内容及び著作権侵害の有無
 被告書籍終章五bは、右五Bの「論理的根拠は」を「論理的根拠にもとづく証言は」に、「関して」を「関連して」に、「法廷は」を「判決書は」に、それぞれ改め、また、「彼らは西沢の一言一言に好意的に頷いていた。」との部分を削除した点において相違するが、その余の部分は、右五Bの表現とほぼ同一である。
 右五cは、右五Cの「巧く」を「巧みに」に、「負債国」を「債務国」に、「欧州の」を「ヨーロッパの」に、「困難であること」を「困難なこと」に、改めた点が相違するが、その他の部分は、右五Cの表現とほぼ同一である。
 右五dは、右五Dの「被告」を「被告人」に、「初めから」を「最初から」に、「ウインターツウア」を「ヴィンタートゥア」に、「日本大使」を「日本公使」に、それぞれ改めた点において相違するが、その他の部分は、右五Dの表現とほぼ同一である。
 右五eは、右五Eの「ビシェフ」を「ビシォフ」に、「ウラジミール・ヴオロノフ」を「ウラディミール・ヴォロノフ」に、「手の入り組んだ」を「入り組んだ」に、「扱った中で」を「あつかったなかで」に、それぞれ改めた点において相違するが、その他の部分は、右五Eの表現とほぼ同一である。
 以上のとおり、右五bないし五eは、右五Bないし五Eの複製であると解することができる。
 被告Y1は、専ら原資料を基礎として記述したところ、結果的に原告著作物と同一の表現となった旨主張するが、同一性の程度等に鑑みて、採用できない。
(一〇)被告書籍終章六aと原告著作物終章六Aについて
(1)原告著作物の内容及び特徴
 原告著作物終章六Aは、ベルン裁判記録NHK訳のうち、「VI処罰、2Emilie Schwencke旧姓von Hamm」の中の一部、「Y処罰、3Albert Schwencke」の中の一部、「Y処罰」の一部を基礎として、ベルン裁判における情状及び判決主文について記述したものである。
 NHK訳の該当部分(一部省略)は、順に、以下のとおりである。
 「彼女は"いとこ"であり友人であるIgor von Tilinskyの引き離すことのできない、又、道徳的にも相当な共犯者で、(彼女の夫の供述によると彼女はTilinskyに歯どめをかけるべく忠告していたというが)証人証言によるとTilinskyの他人の金による浪費生活を活気づけ、遊惰た生活に率先して参加し、3人の子供に対する母親としてのつとめを長年に渡り怠っていた。このことは彼女の享楽欲と浅薄さを証明している。夫に対しての義務もあまりまともにしていないようである。」(甲9の1)
 「Schwenckeの場合も、彼はスイスでは前科はないが、パリの警視総監Bertinの報告は、彼をほめるものでは決してない。Schwenckeは公判で部分的にその報告が正しいことを認めているが、その結論には抗議している。刑事審理で彼の関係している部分から(WestfalenのMunster、1922年チューリヒ、1919年ベルン、パスポートの件で)、利口で、エネルギッシュで、意志がはっきりしていて、Igor von Tilinskyよりずっと目的意識が高く、整然とした考察力を持つこの男の独特な像が浮かび上がってくる。Albert Schwenckeに対する刑を決める時、彼が3人の被疑者の中出廷する勇気を持ち合わせた唯一の人間であること、詐欺行為から彼が得た部分は少ないこと、彼は人生において自分の力で生活を築こうとしたこと、Tilinskyのように他人の金でのらくら暮らしていたわけではないこと、を認めてやるべきである。」(甲9の1)
 右六Aのうち、情状に関する記述は、右参照部分を基礎としているが、右参照部分を要約整理している点において、独自性が認められる。これに対し、判決主文に関する記述は、NHK訳の該当部分とほぼ同一表現であり、創作性は認められない。
(2)被告書籍の内容及び著作権侵害の有無
 被告書籍終章六a(判決主文に係る記述を除く。)の表現と右六A(判決主文に係る記述を除く。)の表現を比較すると、前記のとおり、右六Aの創作性の範囲は狭いものの、2カ所の「 」内の部分は、句読点及び漢字・平仮名表記において相違するが、その他は同一であり、右六a(判決主文に係る記述を除く。)は、右六A(判決主文に係る記述を除く。)の複製であると認めることができる。
 被告Y1は、専ら原資料を基礎として記述したところ、結果的に原告著作物と同一の表現となった旨主張するが、同一性の程度等に鑑みて、採用できない。
(一一)被告書籍終章七a及びbと原告著作物終章七A及びBについて
 原告著作物終章七Aは、「ガゼット・ド・ローザンヌ」新聞や「ジュルナール・スイス」新聞に基づいて、ベルン裁判が報道された状況について記述したものである。右記述の中には「連日センセーショナルに」という創作的な表現も存在するが、全体的には、事実を機械的に記述したに過ぎず、表現の多様性は考えられない。したがって、右七Aには原告の創作性があるとは認められず、著作権の保護の対象となる著作物には当たらない。
 また、原告著作物終章七Bは、約50字の極く短い文章であり、記述の内容及び体裁に照らして、著作権の保護の対象となる著作物とはいえない。
(一二)被告書籍終章八aと原告著作物終章八Aについて
 原告著作物終章八Aは、原告の想像や推理に基づく記述であり、創作性があるものといえる。しかし、被告書籍終章八aと原告著作物終章八Aとを対比すると、表現上の相違点が数多くあるので、右八aは右八Aの複製であると解することはできない。
5 以上詳細に検討したとおり、被告書籍中には、原告著作物の複製と解すべき部分が存する。
 被告Y1は、被告書籍を執筆したのは、専ら、原資料に基づいたのであって、原告著作物に依拠したものではない旨張する。しかし、@同被告は、原告著作物が完成した後、NHKを介してその送付を受け、これを所持していたこと、A同被告は、原告著作物に目を通したり、参照したりしたこと、B同被告は、共同研究が解消されるに至るまでの間、原告著作物に加筆訂正したことがあること、C被告書籍と原告著作物を比較すると、各対照部分の相互に、表現上、全く同一のもの、及び、漢字、平仮名の表記のみを僅かに改めたに過ぎないもの等が複数みられること、D被告書籍には、原告が独自に推論によって記述した部分、原告が明らかに誤った部分等を踏襲しているものが含まれていること等を総合すると、同被告は、被告書籍を執筆するに当たり、原告著作物を参酌し、これに依拠したことが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
 以上のとおり、被告書籍(一部)は、原告著作物(一部)の複製と解されるから、被告Y1が被告書籍を執筆し、被告会社が被告書籍を発行した行為は、原告が原告著作物について有する複製権を侵害するものということができる。
 したがって、原告の被告らにする発行、販売又は頒布の差止及び在庫品の廃棄を求める請求は理由がある。なお、被告書籍の一部のみが、原告著作物の一部の複製であると解されるが、被告書籍のうち、複製と解される部分とその他の部分は、社会通念上、不可分のものと評価することができるから、原告の差止等の請求については、被告書籍善部につき認容することとした。
五 損害額について
1 財産的損害
 以上のとおり、被告Y1の行為により、原告は原告著作物について有する複製権を侵害されたところ、同被告には、右侵害行為をするについて少なくとも過失があったものと認められる。したがって、被告Y1には、右侵害行為により原告が被った財産的損害を賠償する義務がある。
 原告の主位的主張について検討すると、前記のとおり、原告著作物と被告書籍とは、作品としての性格が大きく異なること、被告Y1が被告書籍を執筆したことによって、複製権が侵害された部分は原告著作物全体の極く一部に過ぎないことなどの諸事情を考慮すると、「被告Y1が著作権侵害行為をしたこと」と「原告が、原告著作物を適宜の方法で利用できなくなったこと」との間に、相当因果関係を認めることはできない。したがって、右の因果関係の存在を前提とする原告の主位的主張は認められない。
 次に、原告の予備的主張について検討すると、被告書籍は8000部発行され、その定価は2718円であること、通常の著作権使用料は定価の10パーセントであることが認められる(弁論の全趣旨)。前記のとおり、被告書籍の本文は全体で574頁であるところ、被告書籍のうち原告著作物の複製部分は、あわせて約7ないし8頁であることからすると、本件における通常受けるべき著作権使用料に相当する額の損害金としては、10万円が相当である。
2 慰籍料
 原告著作物は未発表の著作物であること、被告書籍には著作者として原告の氏名は表示されていないこと(甲3)、被告書籍のうち原告著作物の複製部分は、原告著作物の表現を一部改変したとも評価できることに照らすならば、被告Y1が被告書籍を執筆したことによって、原告が原告著作物について有する公表権、氏名表示権、同一性保持権が侵害されたものと解することができる。前記のとおり、原告著作物、被告書籍を執筆するに至った経緯、原告著作物全体のうち被告書籍で利用されたと認められる部分の割合、被告書籍の販売状況等の一切の事情を総合考慮すると、本件において、右各著作者人格権が侵害されたことにより原告が被った精神的損害を金銭に評価すると、40万円が相当である。
3 弁護士費用
 原告は、本件訴訟提起前に、被告会社に対し、被告書籍の発行が原告の原告著作物について有する著作権を侵害する旨告知しており、少なくとも右時点以降は、被告会社は、被告書籍の発行、販売に当たり、出版社として当然尽くすべき注意義務を怠ったものというべであり、少なくとも過失があったと認められる。
 原告が、本件訴訟の提起、遂行のために原告訴訟代理人らを選任したことは、当裁判所に顕著であり、また、原告はオーストラリア国に居住しており、訴訟代理人との連絡等のために相当の費用を要したと認められるところ、本件訴訟の事案の性質、内容、審理の経過等の諸事情を考慮すると、被告らの著作権侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用等の損害としては30万円が相当である。
六 謝罪広告について
 本件においては、本件に至る経緯、原告著作権に対する侵害の態様・程度、被告書籍の販売状況等の諸事情を考慮すると、被告らに対する被告書籍の販売等の差止請求並びに損害賠償請求を認めた上、さらに被告Y1に謝罪広告をさせることが適当であると解することはできない。
 よって、この点に関する原告の請求は理由がない。

東京地方裁判所民事第29部
     裁判長裁判官 飯村敏明
      裁判官     八木貴美子
      裁判官     沖中康人

第一目録
書籍の表示
 著者 Y1
 題名 壁の世紀
 第1刷発行日 1992年4月8日
 発行者 野間佐和子
 発行所 Y2

第二目録
謝罪広告
 私は平成4年4月Y2から刊行した私の著書『壁の世紀』中に、多数の個所であなたが著作権を有する「旅順を売った男」の未公表の原稿中の記述を勝手に利用し、あなたに甚大なご迷惑をおかけしました。ここに心からお詫び申し上げます。
平成  年  月  日
                                         Y1
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