1期生へのメール

1997.08.01

(・・・自由の森に保存)



Aさんへ

いろいろ感想をどうも。
でも、Aさんは、私が好きなこと、書きまくっているなあとときどき頭に来ること、ありません?(家では、そんなことで家族としょっちゅうぶつかりあいですから)まあ、生意気なこと、この上ない人間ですから、気にくわなかったら、適当に噛みついたり、無視したりして下さい。

で、ちょっとコメントを。

> それと、竹田君という卒業生の「私と自由の森学園」という感想を初めて知り、ビ
> > >ックリしました。‥‥
>
>  個人的に思うのですが、竹田さんの感想文は自由の森が自分のニーズには合致
> しなかったということであって、自由の森を非難しているわけではないと思いま
> す。また、びっくりするにあたらないと思います。

竹田君の文章から、「自由の森を非難」しているなんて、ひと言も感じませんでした。それに、もともと自森を非難することに何の興味もありませんから。
だから、ビックリする意味がちがいます。それはざっとひと言で言うと、あれだけの大変な目に遭ってきながら、数年後にしてよくあそこまで冷静に振り返る力があるというので、ビックリしたのです。私の場合、30年近くかかったものですから。

>  ご本人がアドレスをこちらに知らせていない以上、追っかけて探し出すというの
> は、技術的には可能でも、あまりやるべきでないとも思います。
>
>  彼がこの件で議論したい、あるいはこれ以上自分の考えを開示したいと考えて
> いるともおもえません。

この点、私の割り切り方はざっと以下のようなものです。まあ、こういう形で自分の意見・気持ちを公に表明した以上、これを読んだ人が感想・反応すること(コミュニケーションの試み)は許されてしかるべきだ、と。但し、書いた本人がその感想・反応にどう反応するかは、これはまた専ら本人自身の自由に属することで、読者が要求できることではない。
だから、今回の場合でも、私が試みようと思うのは、私の感想を書いて本人の手に渡ることです。あとは、それを読もうがそのまま捨てられようが専ら本人の問題です。私には、そこまで要求する権利はない。ただ、本人から、この種の感想を渡すのを止めて欲しいと積極的に表明があったような場合には、(残念ですが)もちろんこれを尊重するしかありません。

>  それよりも、自由の森に入って、卒業したらみんな自分なりの意義を見つけて、
> 目を輝かせて卒業するみたいなビジョン(このホームページ近辺をウロついてい
> る方には、まさかそんな馬鹿な考えをもっている人はいないでしょうが。)、自
> 由の森だからこそ、自分の生き方や意義を見つけるべきなのだ、見つけられるの
> だというというビジョンに、適度に冷水を浴びせてくれただけでも充分ではない
> かと思います。
>
>  彼にとって、自由の森とは"関係のない場所だった"ということだと思います。
>  
>  それが聞けただけでも充分だと思います。

確かに、「自由の森に入って、卒業したらみんな自分なりの意義を見つけて、 目を輝かせて卒業するみたいなビジョン」が「そんな馬鹿な考え」であることは分かります。
そこで、Aさんに一つ質問ですが、あなたが

>自由の森とは"関係のない場所だった"

と言われるとき、その反対の場合、自由の森と"関係のある場所だった"というのは、どういうイメージのことを指しているのですか。
或いは、「そこに在籍した生徒たちが自由の森と"関係のある場所だった"と実感できる自森との関わり方」というのをどういう風にイメージしていますか、そしてそのような中で教師っていう存在はいったい何なのだと思います?

急ぎませんから、時間があるときにでも、聞かせていただけば幸いです。
では。

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