佐竹さんの娘さんの思い出

1997.07.10

(・・・自由の森に保存)



 今日一日、4ヶ月前から飼い始めたシーズという幼犬(幼名:ゲン。成人したらゲンゾウと言う)の具合が悪く、イライラしながら看病していました。というのも、最近、我が家はたかだかイヌ1匹のお陰で、いわゆる「嫁と姑」のゴタゴタになりかけて、イヌ1匹でそんなにぐずぐず言うんだったら、親子で別居でもしてやろうかと思うくらい険悪なムードにまで発展してきていたのです。だから、こいつのせいで絶対親に変な迷惑はかけられないと緊張しておったわけです。
 そもそも我が家でイヌを飼うなんて思い立ったのは、ほかでもない中3になる(あたしは自森には行かないよと公立に通う)娘がここのところずっと、あんまりズベコウで母親との関係がひどいので、母親が我慢ならないでギスギスした関係をほぐすために飼い始めたのです。でも、母親が幼いシーズを可愛がっているのを見た娘が、ますます面白くない!と突っ張ってしまうのにはホントに参ってしまいましたね。

 まあ、そんな大変な事情も何にも知らないで我が家に来たこのシーズのやつめは、幸い、能天気な性格のせいか、それなりに元気に育ってくれて、できるときは私が散歩に連れていくか、或いは公園の仕事場まで同行するかのが日課です。で、今日も、例によって散歩に連れ出したわけですが、私たちが本丸御殿という川越城の脇を歩いていると、どうした訳か、遠くから「うわあ、かっわいい!」「かっわいい!」という黄色い歓声が上がったのです。「なんだ、気持ち悪いな」と思って無視していると、その黄色い歓声はますます近ずいてきて、とうとう私の前に止まってくれた。「なんだ!」と思っていると、2人のねえちゃんがしゃがみ込んで、我々のうちのもう一方の連れ合いを「かっわいい、かっわいい」と言いながら、撫でまくり始めたのです。そしたら、もうちょっと毅然としたらと思うのに、(まるで自森のAさんみたいな)このイヌは、一緒になってキャインキャインと馴れ合って相槌を打つ有り様。お前は、オスなんだからもうちょっとしっかりしろよ、と叱りつけようとしても後の祭り。誰に似たのか知らないけれど、2人のメスに愛撫されてすっかり舞い上がってどうにも止まらない。その間、私は2人のねえちゃんとひとしきり喋ったのですが、その時のふたりの印象が生気がなくやけにババ臭くて、ふたりとももう20代の後半なのかなあと思ったのです。そして、帰ってから、その話をカミさんにしたら、彼女は、その2人のねえちゃんがさきほどまで隣の家に遊びに来ていたことを教えてくれた。そして言った「あの二人、実は高3よ。うちのタケシの小学校のときの同級生じゃない」
あの婆さんが、か? 小学校の時から、もう2、30年くらい年食ってしまったんじゃないかと思わせるような老けぶりだった。でも、カミさんは言う「あんた、今の高校生って、みんなあんなもんよ」

‥‥そしたら、ふと、6月14日に自森で小森さんを呼んで「自由と暴力のはざまで」という自主講座に参加したときのことを思い出した。たまたま私の前に佐竹さんが座っていて、講座の終わり頃、ひとりの女生徒がやってきて、佐竹さんの脇に座ろうとしたのです。そしたら、(ちょうど我が家のワンコウみたいな)Aさんがすっと佐竹さんの脇に座って、その女生徒が座るのを妨げたのです。何してんだろう、と思って見てると、どうやらその女生徒が佐竹さんの娘さんだということが分かり、それでちょっと注目して眺めていたら、彼女がいかにも青春しているという初々しさに溢れているのがとても印象的だったのです。
 でも、これは今ではもうものすごい希少価値なのか。現に、我が家の娘も間違いなく、あの婆さんじみた2人の予備軍という顔をしている。

 この夜、珍しく娘と話をした。彼女は、語り部としての才能を持っており、ときおり、学校で起きた出来事を興味深く語ってくれることがあり、このときはフェノロサと岡倉天心が開けた夢殿から発見された美術品のことを例によって事細かに話してくれた。たまたま私もこの日、岡倉天心が夢殿を開いたくだりの文章を読んでいたので、話が弾んで、それから塾の国語のテキストが面白いとか言って、それを説明し始めた。その中で、どれが一番面白い?と尋ねると、横光利一の「春は馬車に乗って」だと言う。それは、横光の書き方は情景がよく分かるのと、そして、このお話に登場する奥さんが最後に死ぬのかどうか、気になったからだと言う。
で、手元にたまたまその作品の全文があったので、見せたら、彼女は自分で見入っていた。そして言った。「やっぱり死ぬんだ」
そのあと、「なんで、そんな昔の貧しかった頃の日本のお話に興味が持てるんだろう?」という私の質問に、彼女は答えなかった。
しかし、確かに彼女にとって、この「春は馬車に乗って」に登場する死ぬ寸前の若い奥さんのことはひとごとならず気になったようだった。死は老いと隣り合わせにある。彼女をもうお婆さんみたいな老いた少女にしてしまったのは何だろうか。

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