1997.05.30
(・・・自由の森に保存)
コメント
月曜に、思わず書き殴ってしまった私信「自森の死に対する異議申立」を修正して、パブリックな形にしたものをようやく書き上げましたので、お送りします。これは、どなたに読んでもらっても構わないものです。関心ある人に『私信「自森の死に対する異議申立」の公版です』とでも言って配っていただけたら、幸いです。
今、自森で異常な速度で情報が流通している間に、私のこの原稿も流通するように何とか書き上げたのですが、間に合うかどうか‥‥
それと、クラスの父母から提案があって、24日の職員会議に参加し、そのあと、これに関する報告を書いて配布した生徒たちとの交流会を大人(親・教職員)たちとの間で持ちたいという提案がありました。矢納君たちにさっそく伝えて見るつもりです。感動している大人が多いようです。
97.05.26
H3-6義務者 柳原敏夫
24日の職員会議の決定のことを聞いて、私にとって自森の宝みたいな或るお母さんがこう言った、
自森はこれから空中分解していくよ。
この間の暴力事件の処分のやり方を聞いて、裁判官を仕事にしている或る人はこう洩らした、
退学処分というのは、あくまで特別権力関係下で、一罰百戒的に規則を守らせるための制裁であり、よほどの確信犯か精神病者でもない限り、学校での更生が不可能な子どもなんていないと思います。なんとなく、学校側の言い方は、本音を隠しているというか、ごまかしを感じます。学校は、決してその短期間でその生徒の要保護性を判断したわけではなく、まず処分ありきなのではないかと勘繰るのですが、どうでしょうか?
私はもともと自森に何の関心もなかった親です。息子の中学3年間殆ど自森に行ったことがなかった。しかし、3年たって息子のとどまることを知らない能天気ぶりにさすがの私も危機感を抱いて、高1のとき、初めて自森に行くようになった。
まあ「郷に入れば郷に従え」のことわざ通り、自森について無知同然の私は、最初、楽しいこと大好き人間として、自森の「仲良しクラブ」的な場の中に参加した。それはそれなりに結構楽しかった。
しかし、その一方で、この自森って何か変だという異和感が拭いきれず、それで一昨年、自分で納得するまでいろいろ自主的な活動を学校に投げかけてみるしかないと自森で「自主講座」なるものを始め、柄谷行人とかちばてつやとかを呼んでオープンな場を設定しようとした。
そしたら、意外だったことに、学校管理職からいろんな陰険な嫌がらせを受けたし(私はこのときの集会の自由の侵害に対し、裁判すら覚悟していた)、そして、こういうオープンな場に教師たちが殆ど関心を示さなかったことだ。
私は、改めてここが陰険な自閉の森に変質していっているのを感じた。
こんな閉鎖的な自森だったら、生徒・父母を含め多くの人たちもこの体質に失望して心を閉ざしていくにちがいないと思った(例えば、自森をアシストする親の会が発行してきた「つばさ」もそれで中止したこともあとから知った)。
そうして、学校を信頼申し上げます、全てお任せします、といった依存型の人たちや学校管理職と価値観を共有する人たちしか残らなくなるだろう。
それはもはや自立とも、多様な価値観の共存とも無縁な、ニッポンでも最悪のコースを歩んでいるように思えた。
しかし、不思議なことに、この最悪の事態の中でも、なお希望を託すに値するような人たちを私は自森で見出したのです。そこで、私は「仲良しクラブ」の幻想からきっぱりと手を切って、ゴリゴリの自由主義者遠山啓のように、断固としておかしいことはおかしいと言い続けるしかないと思うようになった。だから、今回の事件についても(きちんと論じられなければならないことは山ほどあるけれど)、最も問題である、今回の処分決定を超特急で強行した学校のやり方について言うべきことを言おうと思う。
私から見ても、今回の学校のやり方は、様々な理由をつけて、7人の生徒の首をひと思いに切ったとしか思えない(私が学校のやり方に合点が行かない理由は末尾に記した通りです)。そして、学校はその事実について、当事者に処分の決定を伝えた時点以降でも絶対洩らしてはならないと箝口令を引いたという話を聞いたとき、学校は、この処分決定のやり方に批判的な人たちが意見を堂々と公表するのを妨げ、これを強行すればその人たちの処分さえ辞さないという強圧的な態度をまたしてもとっているのかと思って、殆ど暴力同然の振る舞いに憤りを通り越して情けなかった。これでは、自森が2年前大分の某私立大学に売り払われようとしたときの醜態ぶりと全く同じではないか。
しかし、権力といえどもやってはいけないことがある。学校権力でも越えてはいけない限界というものがある。みんなで決めたことでも奪ってはならないものがある。それが個人の尊厳に由来する個々人の生命・身体・自由のことであり、今回で言えば、自森空間で教育を受ける生徒の権利や表現活動をする自由である。それを不当に奪うような決定や合意は全て無効である。だから、私たちはそのような行為・そのような権威・そのような脅しに対し、あきらめず、屈することなく異議申立をするしかない。
しかも、今回息子の目にさえはっきりしたことは、学校の教師たちに対し、生徒たちが全面的な不信感を表明したことだ(彼は「◯◯は信用ならない」「△△さんはおかしいよ」と次々とはき捨てるように言った)。もう以前からずっとくすぶっていて、鋭い生徒たちは感じていた教師に対する不信感が、今回の事件に対する教師の対応ぶりによって、一挙に大勢の生徒の中に広まった。全学レベルで生徒の教師と対する不信感が爆発した。だから、24日の職員会議に生徒たちが自発的に集まって「会議の傍聴と処分決定の延期」を求めて乗り込んでいったのだと思う。
しかし、それさえ、例えば要望を発表する生徒の発言に教師がやじるとか一部の教師の発言を他の教師がバカ者呼ばわりしてやじるという(その直後、或る生徒は「あのやじった教師が何とボクの担任なんですよ!」と絶句して言った。また或る生徒はこう言った「私たち、先生と生徒と一緒に考える積りでいたから、私たちが入場したらきっと暖かく迎えてもらえるだろうと思ったの。そしたら、先生たちは入場する私たちをまるで敵が来たように冷たいピリピリした視線で迎えたの」)信じられないような対応に直面して、さらに不信感が深まっただけだった。
さらに、この職員会議に参加した生徒のひとりがこう言った、
今回の暴力事件をリアルな気持ちで受け止められない生徒たちが沢山いる。
同じ自森空間で、片や生徒の生命・身体が脅かされ、片や教育を受ける権利を剥奪されるという自由・人権の根幹にかかわる問題が起きているというときに、こういう他者の切実な苦しみ・悩みに対して、かくも無関心にしか受け止めらないというそらぞらしい空気があるということ自体、実は、そのことが、他者の尊厳を感じられずに、ただ気にくわないという自分の感情だけでここまで横暴に振る舞った今回の暴力事件の温床になっているのではないか。
その意味で、今のままでは、このような自森のそらぞらしい空気の中で、今現に日常茶飯事起きているように、今後、引き続き、このような暴力事件が起こるのは当然だろうと思われる。
私は、そのことを一番知っているのが、今回スピード処分で7名の切るのもやむなしと賛成した学校管理職と教師の人たちだと思う。私から見て、残念ながら、今の彼らを支配しているのは、もう自分たちの努力で、暴力を生み出すこの自森のそらぞらしい空気を変えていけないのだという無力感に思えた。そうだからこそ、このそらぞらしい空気の中で暴力を防ぐ方法は、冒頭の裁判官がいみじくも見破ったように、もう一罰百戒的な退学という強制力に頼るしかないと思っているのだと思う。
しかし、何よりもまず、他人の存在に対してかくもそらぞらしい自森の空気を作り出すことに最も貢献しているのが、実は、もはや生徒と向き合って交流していこうとしない、自閉的で生きた血の通わない透明人間のようになってしまった管理職・教師たち自身であることをもっと自覚して欲しいと思う。もし、教師たちが、職員会議と教室とで2つの顔を持つといったような偽善的・分裂的な態度をやめて、再び、ありのままの姿で、生きた血の通った態度で生徒たちと向き合うことを始めれば、それだけでも自森のそらぞらしい空気は絶対変わると思う。
しかし、そのためにどうしたらいいのか。
しかし、こうして大人が無力感のとりこになっているという絶望的な状況のときでも、なお、そのような事態をあきらめないで行動しようとした人たちをこの日、私は見出した。それが、この日、三々五々自然に集まって、「会議の傍聴と処分決定の延期」を求めて職員会議に乗り込んでいった20人余りの生徒だった。彼らは、この日、朝の9時から夜の9時までずっと一緒に行動し、今回の暴力事件のこと、今日の職員会議のことを話し続けた。そして、自分たちがこの職員会議で体験した生々しい事実を全生徒たちに伝えて、自森が今危機に瀕していることを理解してもらい、今回のような暴力事件がどうして起きたのかを自森空間における生徒同士の人間関係、生徒と教職員との人間関係にまで遡って一緒に考えようと、次の日、ビラを書き、月曜日にみんなで手配して全学生徒に配った。
これは、強者依存や無力感の蔓延する今の自森の中ではまるで奇跡のような出来事のように思えた。彼らの出現はあきらめることへの異議申立のように思えた。
24日の朝の9時から夜の9時までの長い一日を終えて寮に戻る途中、今年入学したばかりのおとなしそうな或る女生徒はぼそっと言った。
「こんなこと言うの変なんだけど、私、今日、すごく嬉しかった。こんだけ一生懸命話して、こんだけ頑張っている人たちがいたんだもの」
大人を変えるのは生徒である。
あきらめず、彼らともに、この精神に参加したいと思う。
★私が学校のやり方に合点が行かない理由
私は、今回の事件の処分をどうすべきかという結論については、はっきり言って、まだ分からない。その意味で、私は退学やむなし派でも退学反対派でもありません。
今回、私が反対なのは、処分の結論を出すまでに学校はまだまだきちんとやることがあるのにそれをやっていないという点です。結論ではなく、結論に至るプロセスのずさんさに反対しているのです。それは、具体的には次のようなことです。
1、学年集会の中で、教師が全然問題をきちんと考えていないことを知った生徒が、そんな状態でどうして教師たちに処分を決定することができるのかと不信感を募らせたように、どうして24日中に決定を出さなければならなかったのか。何か特別な切迫した事情でもあったのか。学校は24日中に決定を出すことによって、一体何を守ろうとしたのか。それを明らかにすべきだ。
2、言うまでもないことだけれど、このような事件の処分を考える場合、単に被害者の立場からだけでもなく、かといって加害者の立場からだけでもなく、あくまでも被害者の生命・身体の尊重と他方、同じく加害者の教育を受ける権利の尊重との対立・調整が最大の課題な筈ですが、そこで、学校は、この2つの理念の衝突をどのようにして調整しようとしたのか、その点の見解を明らかにして欲しい。
3、さらに、今回の場合、加害者の生徒たちに「過ちを通じて学び、更生する」機会を与えて、両方の生徒たちが再び学校で共存できる可能性を考えたとしたのなら、そのために学校はこの短い期間に具体的に一体何をやったのか。そして、生徒たちはこんな短い期間でどのような変化を遂げたというのか。とくに、加害者の生徒にとって、彼らが自分のやったことの意味を自分で納得行くまで認識することは容易ならざる作業である筈であり、それは粘り強い努力の積み重ねの中で一歩一歩明らかにしていくしかないような時間のかかる作業の筈である。そのように、自己を見つめ直せるようになって初めて加害者は、被害者と向かい合って心を通わせることに立ち向かえるのだと思う。その道程は生やさしいものではないはずである。なのに、たかだか1週間足らずの間に、学校はこのようなことをどれだけやれたのだろうか。或いは生徒のほうもどれだけのことができただろうか。
このような地道な時間のかかる作業をやらないことが、加害者が生まれ変わるチャンスをサポタージュしたことになるのみならず、その結果、被害者の精神的回復すら困難にしている結果になっていることを学校はちゃんと自覚しているのだろうか。
この点において、学校や寮では都合のいいように自由(放任)といったうたい文句を持ち出す傾向がある。加害者が自分のやったことを認識するためには、周りの大人が心を開いて向かい合うことが不可欠だと思う。だから、ここで自由放任なんて口にすることは犯罪的ですらある。これに対し、生徒や親たちが自主的に自森NGOホームページの紹介のビラを配っているようなときにこそ、学校は自由放任を貫くべきである。ところが、事態は反対で、今の自森はこんなときにビラは許可なく配ってはならないと不当な干渉をする。こんな余計な干渉をする暇があるんだったら、こういった加害者自身の自己認識のための援助にもっと真剣に取り組むべきだと思う。
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