「自由の森」の起源について

1996.10.06

(・・・自由の森に保存)


 これまで法律の仕事に従事してきていながら、ずっとよく分からなかったことがあります。それは、憲法で表現の自由とか教育の自由とかが保障されているといわれるが、一体それはどこでどう保障されるものなのか、実は分からなかったのです。そんなことはちゃんと六法に書いてあるじゃないかと言われるかもしれないが、しかし、六法なんてただの紙切れであって燃やしてしまえば消えてなくなる。その意味で、憲法というものを誰も見たこともなれけば、誰も触ったこともないのです。それならば、表現の自由とか教育の自由を保障したという憲法はただの幻想にすぎないのか。人権とはただの幻だろうか。それがかつて私の正直な気分だった。しかし、或る経験を通じて、それはちがうと思うようになった。憲法も人権も幻と紙一重にすぎないかもしれないが、しかし、それは私たちが人権侵害に異議申立をする限りにおいて、人権蹂躙に抵抗する限りにおいて、その限りにおいて紛れもなく実在するものなのだということに気がついたのです。その意味で、人権とは自由とは、過去の歴史上もそうであったように、本質的に抵抗する権利、抵抗権なのです。

 思い起こせば、「自由の森」という学校というのは、10年ほど前、競争と管理にがんじがらめにされ、ボロボロにされ、個人の尊厳と教育の自由を根こそぎ奪われてきたニッポンの教育制度に対する異議申立として、抵抗として奇跡的に出現した学校であり、その意味で自由の森はまさに人権の、自由の申し子だったのです。だから、それは必然的に「経営者」なんかではなく、抵抗を志した「現場の教育者と父母」たちの手によって作り上げられていったと思うのです。

 そのような「自由の森」の起源を思い起こすとき、今回、学校管理職による父母の自主的組織に対する公の抗議文を手にしたとき、正直言って、これをどう受け止めてよいのか、憤りや反発を通り越して、憂いが心を覆って仕方ありませんでした。こんな事態は10年前の設立当時であったなら、絶対あり得なかったはずです。第一、既に教職員会議で公表したような資料、しかも今後の自森の方向を模索するような「自由の森学園の新たな方向」と題する重要な資料なら、10年前だったら、ともにこの自森を作り上げてきた父母たちに対しとっくに公表されていたはずです。それを「内部資料」とか称してここまでこそこそやるようになった。しかるべき手続を経ないと「いたずらに混乱を招くだけ」と混乱を極度に恐れるようになった。この抗議文に名を連ねた管理職の人たちはホント言えば、ものすごい自信喪失になっているのだと思う。もう、堂々と情報をオープンにして、議論が沸騰して少々の混乱があっても情熱と信念の下で突き進んでいくといった「情報の公開と自由な討論」に耐えていけるだけの自信をなくしておられるのだと思う。そして、何よりも残念なのは、その自信喪失の空気が今や自森全体を覆ってきているということです。

 話は飛びますが、私は息子を自森に5年間も通わせておきながら、最近まで自森に何の関心もなかった親です。教師はあの不毛な「競争と管理」をやってくれなけば十分であって、あとは本人が自主的にやるだろう、その意味で教師はいてもいなくてもいい、透明人間みたいな存在でいいと思っていました。しかし、実際のところ、前半の3年間を過ぎた頃、「競争と管理」から解放された息子が実現したものは何かというと、自主的に道を進むということではなくて、それとは正反対の、金さえあれば何でも手に入るといった欲望のとりこ、ただの消費の奴隷ということでした。その全く予想外の展開に初めて事態の深刻さを覚りました。それではじめて自森に出かけるようになって、そこで、自森が抱えている困難な事態、先生たちが文字通り殆ど透明人間になっているような事態を目撃しました。10年前に、競争と管理から解放された学校さえ作れば、素晴らしい教育実践が出来るはずだと自信を抱いてきた先生たちにとって、これは理解を絶するようなものすごいショッキングなことだろうなと思いました。自由放任をモットーとしてきた私だって、何時までたっても金の奴隷に成り下がっている自分の息子を見ていて、この際、スパルタ人みたいに、ひと思いに息子を谷底に突き落としてやろうかという衝動に思わず駆られます。

 しかし翻って思うに、それは「自由の道を突き進んでいく者が否応なしに直面しなければならない本質的な困難、まだニッポンではまともに経験されたことがないような未知の避けられない困難」のひとつだと思うのです。だから、今こそ、教職員と親たちの間でそのことをもっと率直に認めあって、一緒になって事態の打開を模索していくしかないと思うのです。今回のように、事態を打開していくための自由な討論を保障するために必要な情報、この情報を親たちの側で公開したからといって、いきり立っているような場合ではない。だから、私はこの抗議に対してどちらが正しいなんてコメントする気になれない。こんなレベルのことで貴重な時間を費やすなとだけ言いたい。現に、この抗議をめぐって開かれた緊急職員会議の職員室にたまたま届けものをしに行った息子は事務局の人に注意されて、「超むかついた。職員会議なんて生徒に隠れてこそこそやるなよ!」といきり立っていました。生徒たちはちゃんと学んでいます、「この大人たちはいったい何やってるんだ」と。そして、間違いなくどんどん信頼を失っていくと思う。だから、もうこんなバカげたことは一刻も早くやめてほしい。

 最後に、昨年から、私は入学した生徒や親たちから「自森に騙された」という言葉をたびたび聞きました。その意味で、「法的な責任」を云々するんだったら、入学説明会で立派な教育実践をうたい文句にしておきながら、いざ入学してみたら全然ちがうことをやっているということの方が、実はよっぼど重大な「法的な責任」問題です。授業料をきちんと払っているのに、「競争と管理」から解放された生徒たちを引きつけるような授業をきちんとやってないのではないかという不満も実はものすごくあるはずです。だから、誰かが自森を契約違反で訴えてもちっとも驚かない。しかし、そのことを法的な責任という形で追及したって、何も前向きのものは生まれないのです。だから、そういう不毛なことから一刻も早く足を洗って、前向きに自森本来の困難な課題に勇気を持って取り組んで欲しいと切に思います。その意味で、私は、もう一度自由の森の起源に立ち戻って、教職員と親たちが困難を勇気を奮って突き進んでいった、あのときの勇気を是非とも取り戻してほしいと思うものです。

コメント
 先日、息子の通っている「自由の森」学園という学校から、4名の管理職名で全校の親宛に、(在学生と卒業生の)親たちが自主的に作っている「自由の森の理念を継承する会」の行動を非難し、謝罪を求める抗議文が送られてきました。この「自由の森の理念を継承する会」の行動というのは、簡単にいえば、教職員会議で配布された「自由の森」の今後を占うような重要な校長作成の文書を、この会が本人の承諾を得ずに公表したというものです。それで、4名の管理職は、これを『「法的責任」をも問われかねない非常識な行為』であるとして、この会に対し『抗議し、明確な謝罪を要求』してきたのです。
 元々、私は、この「自由の森」という学校の良さは、コンピュータみたいなところにあると思っていました。つまり、しょっちゅうゴタゴタしている、しょっちゅう問題を起こしている、だから、魅力なんて数えるしかない、しかし、そのわずかばかりしかない魅力はその百のゴタゴタにもかかわらず、これらを全て上回って余りあるものなのです。そのため、百の欠点・ゴタゴタにもかかわらず、この数少ない魅力に魅せられて、この学校にこだわってきたのです。だから、「自由の森」という名前を標榜しているにもかかわらず、自由と自立とは正反対の、日本的なズルズルベッタリで徒党を組むような現象がこの学校の至るところに見られたことに対しても、これまでいちいち性急にならず、対応してきました。しかし、今回の学校のやり方は、自由の森のわずかばかりしかない魅力を全て絞め殺してしまうような強引なやり方に思えてなりませんでした。
それですぐさま書いたのがこの感想文です。

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