プライエイドの試み
−−プライエイドはどのような仕組みとして設立されたか−−

9.26/00


コメント

 音楽産業のオルタナティブな道を模索しているプライエイド・レコードの仕組みを、整理して書いたもの。
 


1、はじめに

 プライエイド・レコード−−それは、インディーズ的志向の極めて強いアーティスト/プロデューサーたちが「自分たちの作りたい作品を自分たちのペースで作り続けていきたい。そして、作り上げた作品を、アーティストと彼らの作品を支持してくれるユーザーたちにきちんと届けたい」という願いを原点にして、それを実現できる仕組みを考えているうちに、アーティスト/プロデューサーたちの協同組合的なシステムを作るしかないということになったケースです。

2、音楽業界の従来のシステム

 音楽の分野では、アーティスト/プロデューサーは、通常、@お金を持っていませんし、ACDを制作するための事務処理をこなす体制も、BまたCDを販売するための流通の仕組みも持っていません。

 そこで今までなら、これらは全て@出資者Aレコード会社B流通会社に依存するしかなかったのです。

 その結果、アーティストたちは、否応なしに、こうした連中の支配に置かれることになったわけです。そうすると、グループ「チューリップ」の財津和夫がこの前雑誌に書いていたように、

チューリップ時代は、売れる曲を書かなければという強迫観念から逃れられずに、ずっと走り続けてきました

といった、企業戦士同様のボロボロの敗残兵に成り下がるしかなくなるわけです。

 そこで、もうそういう無残な二の舞はくり返したくない、かといって、作りたいものも作っても誰にも聞いてもらえずただヤケクソになっているのも絶対嫌だ、というところから、今回のアーティスト/プロデューサーたちの新しい試みは始まったといえます。

3、プライエイドの試み

 そこで、彼らは何をしたかというと、上の3つの仕組みを自分たちの手で作り上げたのです。

@CD制作のためのお金を集める仕組み(=投資組合)も、
ACD制作の事務処理をするための仕組みも、
B制作したCDを販売するための仕組みも
自分たちで作り上げたのです。

 いわば、自分たちの手で
@銀行の機能を持った仕組みと、
Aレコード会社と、
Bレコードの流通会社を作り出したのです。

それが、彼らの生産協同組合というものです(下図参照)。

4、プライエイドの画期性@−−資金調達の仕組み−−

 では、これがそれまでの仕組みと比べてどこが新しいかと言いますと、

@お金を集める仕組みについて

 第1に、権利の帰属を変えたのです。
 それまでだったら、レコード制作に必要な費用を出資者から出してもらうと、レコードを作ったときに発生するレコード原盤の権利というのはみんな出資者(原盤会社)の手に渡り、アーティスト/プロデューサー側には残らなかったのです(そのため、いくらレコードが売れても、原盤の権利に発生する利益〔=ロイヤリティ〕はみんな出資者のものとなり、実際のクリエーターであるアーティスト/プロデューサーたちの元には僅かなロイヤリティしか還元されなかったのです)。ところが、この新しい投資組合という仕組みでは、出資者から出資は集めるけれど、原盤の権利はアーティスト/プロデューサーの元にとどめておくという新しいやり方を取ったのです。もちろん、作品がヒットすれば、それに応じて、出資者にも利益が分配されるような仕組みにはなっていますが、原盤の権利はきちんとアーティスト/プロデューサーの元にとどめ、そのため、末永く人々に聴かれる作品を創作すれば、それに対する見返りがきちんとアーティスト/プロデューサーに還元されるようにしたのです。

 もっとも、この原盤の権利をアーティスト/プロデューサーが持っている場合と持っていない場合とでは実際上どれくらい違いがあるのかと言いますと、確かに後者の場合でも、レコーディングをしたアーティストには、アーティスト印税というのが発生します。

 しかし、その数値たるや、通常、定価の1%でしかありません。これに対し、原盤の権利を持っていれば、原盤印税が発生するのですが、その数値は、通常、邦楽で定価の10〜20%、洋楽で定価の15〜25%と、アーティスト印税とは比べものになりません。つまり、音楽の世界では、原盤の権利を持っているかいないかが決定的なのです。

 第2に、アーティスト/プロデューサーにレコーディングに関する経済的な責任を負わせなかったのです。
 音楽も他の商品と同様、実際に売ってみなければ果して売れるかどうか分かりません。その結果、思ったような売上げにならず、投資した金額が回収できない場合が出てきます。

 このような場合、インディーズの映画などでは、監督やプロデューサーの個人資産(なかには親戚一同の資産まで)を処分して、赤字分の穴埋めをするようなことがザラです。その結果、監督やプロデューサーたちは、一度興行に失敗すると、生活の基盤さえ失い、二度と映画を作るチャンスを持てなくなるのです。

 ところが、アーティスト/プロデューサーに対するこうした過酷な責任追求がないようにしたのが、今回の投資組合の特徴です。つまり、アーティスト/プロデューサーは、実際に回収できた分だけでそれ以上の責任は負わなくていいとしたのです。その結果、もちろんそのようなアーティスト/プロデューサーは、引き続き同じような投資を受けることは困難になるでしょうが、しかし、映画の監督やプロデューサーみたいに、借金の返済のため、住まいを追われたり、行方をくらますような悲惨なことをしなくて済むのです。頑張れば、ずっと容易に立ち直れるチャンスがあるのです。

 第3に、今回の投資組合を立ち上げたときには、、まだ法律ができていなかったので間に合わなかったのですが、その後、投資事業有限責任組合法(98年11月より施行)という投資組合に関する画期的な法律が成立したのです。

 この法律がどうして画期的かというと、それは、従来でしたら、投資組合を作るときには、通常、民法に定めた組合という制度しかなかったのです。しかし、この組合では、組合が第三者に負う負債に対し、組合に出資した者は単に出資した金額ではなく、出資者の全財産をもって責任を負わなければならなかったのです(無限責任)。
 こういう重い責任では、投資家は出資を躊躇せざるを得ず、そのため、従来の組合方式でスムーズに出資を集めてくることは大変困難だったのです。

 ところが、この新しい投資事業有限責任組合法に基づく投資組合を使えば、出資者は、単に出資した金額だけ責任を負えばいいことになります(有限責任)。
 その結果、この方式により出資が非常にスムーズに実行されるようになったわけです。

 もっとも、この法律は、もともとアメリカに大きく立ち遅れている日本のベンチャー企業の保護育成のために立法されたものです。しかし、それが思いがけず生産協同組合の保護育成にも大いに応用可能なものとなったところが、もともと軍事目的で始まったインターネットなどと似ていて、とても興味深いことです。

5、プライエイドの画期性A−−生産・流通の仕組み−−

次に、Aレコード会社とBレコードの流通会社の点ですが、いくつものアーティスト/プロデューサー集団が集まって、協同して、レコード制作とレコード流通に必要な事務処理を全て管理・処理するレコード制作の管理会社とレコード流通の管理会社を自分たちで立上げたのです。

 それまでだったら、基本的にはアーティストとプロデューサーとアシスタントだけの少人数のグループでは、とても自分たちで、レコード会社やレコード流通の会社をやるなんて不可能だったのです。そのため、いやいやながらも、大手のレコード会社やレコード流通の会社に対し、彼らの言いなりの条件を飲んで、これらの業務を委託していたのです。でなければ、自分たちの作った作品を世に知ってもらう手段がなかったからです。

 しかし、こうした弱小の、しかしインディーズ的志向の強いアーティスト/プロデューサーたちでも結束すれば、それまで夢でしかなかった、レコード会社とレコード流通の会社を自分たちでも持てるようになったのです。

 しかも、これは、自分たちが作ったレコード制作の管理会社とレコード流通の管理会社ですから、アーティスト/プロデューサーの夢を支えるために存在する会社です。だから、自らが肥え太るのではなく、その反対に、徹底的に安いCD製造コストをめざし、徹底的に安い著作権等の業務管理コストをめざし、徹底的に安いCDの流通コストをめざしたのです(それは、個々のアーティスト/プロデューサーたちが集まって、こうした業務を専門に行う会社を立ち上げることにより実現したのですが)。この点が、既存の大手のレコード会社やレコード流通の会社と決定的にちがいました。

 そこで、ここでプライエイドが採用したシステムについて、もう少し解説したいと思います。
 それは、一言でいって、
    徹底したコストダウンをめざした形態の模索
ということです。

 言うまでもなく、私たちは資本主義生産の中におり、生産協同組合を立ち上げていく際にも、こうした資本主義的な企業との過酷な競争に否応なしにさらされます。
 従って、資本主義的な企業との競争に負けないような工夫を見つけ出すことが不可欠となります。そのひとつが徹底したコストダウンのための工夫です。そこで具体的に考えられたのが、90年代に復活したアメリカ企業の切り札とも言われたアウトソーシング(=業務の一部の外部委託)の協同組合的応用です。

 つまり、いくら小さくとも個々の生産協同組合(的な組織)が独立して企業を立ち上げるとなると、レコード会社にしても、資金の調達から始まって、CDの制作業務、CDの販売業務、CDのプロモーション業務といった様々な分野の業務をひとりでこなしていかなければなりません。
これは零細の生産協同組合にとっては大変なことです。

 しかし、よくよく考えてみると、このうちで、ほかに代替不可能なその協同組合特有の活動というのは、作曲・作詞、レコーディングといった創作的な活動部門だけであって、それ以外の部門というのは、必ずしも個々の生産協同組合自身が担当しなければできないものではありません。

 ここに目を付けたのが、今回のプライエイドでした。
 つまり、ほかに代替不可能な創作的な活動部門は個々の生産協同組合に残し、それ以外の部門は、個々の生産協同組合たちが集まって新たに結成した別組織の協同組合に委託するというアウトソーシング方式という工夫です。

 言い換えれば、新たな協同組合として、CDの制作に関する著作権処理などの業務部門を担当する組織、CDの販売業務部門を担当する組織、CDのプロモーション業務部門を担当する組織をそれぞれ立上げ、個々の生産協同組合は、そこに各部門の業務をアウトソーシング(外部委託)することにしたのです。

 これによって、クリエーター/アーティスト/プロデューサーたちは、最も得意で本来やりたいと思って始めた創造的な分野=音楽活動に専念できることになりました。

 以上のことを図にしてみると、次のようになります。

6、アーティストの、アーティストによる、アーティストのための協同組合

 このような、いわば「アーティストの、アーティストによる、アーティストのための協同組合」という仕組みが、商業主義の仕事に飽き足らない、仕事そのものに誇りと喜びを求めるアーティスト/プロデューサーたちの共感を呼んだのは当然のことでした。

 発足当時、6つのアーティスト/プロデューサー集団でスタートしたこの協同組合も、1年後には6倍の36ものグループ、1年半後の2000年9月現在では55のグループが結束し、こうして、自分たちの作りたい歌を作り続けられることを可能にするシステムの中で、ここに集まったアーティスト/プロデューサーたちは、ようやく次の課題――自分たちが作る音楽が果して人に聴いてもらうに値するものかどうかという真価が問われるという本来の課題――と取り組んでいるのです。

     


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