資金調達手段の検討(総論1)

7.28/03

0、起業における資金調達手段を考えるにあたって

 次の2つのことを念頭において検討したい。
(1)、まず、現実に、いかなる資金調達手段があるのかを正確かつ明確に把握すること。
  その際、EquityやDebtとか、証券化とか、SPVやSPCなど金融固有の基本概念を(そして、その存在理由などを)明確に理解しておく必要があること。
(2)、その上で、我々市民にとって最も意味のある資金調達手段を発見する積りで、(1)の成果を再構築・再認識していくこと(いわばフェアトレードに匹敵するようなフェアファイナンスの発見)。

今回はまず、(1)に主眼を置いて検討。

1、出資・融資の方法について、伝統的な2つのタイプ

伝統的に、銀行などの金融機関を媒介にするかどうかで、次の2つのタイプの金融・出資がある。

間接金融: 銀行などの金融機関が出資者から集めた資金を元に、企業や個人に融資する方法
直接金融: 金融機関を通さず、資本市場などを通して、出資者から直接資金を調達する方法

           ↑
ここで重要なことは、銀行などの金融機関からの融資といっても、実はそれは決して金融機関が自前の金を貸している訳ではなく、言ってみれば金融機関が媒体として、市民のお金を市民に貸しつけているにすぎないということ。

だとすれば、ここで、融資・出資の産地直送という発想が生れ、市民が、金融機関の媒介ナシに直接、市民に融資・出資するという方法に目が行くのはごく自然なこと。ただし、いざ、融資・出資の産地直送を考え始めるとき、融資・出資もまた「交換」のひとつの形態である以上、ここでもまた、媒介ナシの直接交換の困難さ(あたかも、貨幣ナシの商品同士の直接交換の困難さと同様の)という最も厄介な難問に直面することになるでしょう(ここでは、これ以上触れません)。


2、間接金融

 伝統的な資金調達手段
 もっとも、金融機関を媒介にしない、それ以外のタイプの間接金融も存在した。

媒介名 長所 短所(課題) 実例
金融機関
民法上の組合 設立が簡単
運営が民主的(1人1票)
出資者は無限責任 未来バンク
投資事業有限責任組合 出資者は有限責任 設立は、民法上の組合ほど簡単ではない
運営が非民主的(無限責任組合員に権限集中)
批評空間社


「出資者は無限責任」という民法上の組合の短所を克服する方法
→出資者で構成する民法上の組合と資金需要者との間に、媒介者として匿名組合をかませる。


民法上の組合
−−→ 匿名組合 −−→
資金需要者
出資者| 営業者

つまり、ここでは、
出資者である民法上の組合は、匿名組合の出資者として、匿名組合に出資する。
資金需要者には、匿名組合の営業者の名前で出資が行われる。
      ↑
ここでのミソは、「匿名組合の出資者は出資額の限度しかリスクは負わない」という有限責任。
この仕組みを活用することによって、つまり、民法上の組合=匿名組合の出資者と変身することによって、有限責任の下で出資を行うことが可能。
      ↑
この技巧的なやり方は、98年に制定された投資事業有限責任組合の登場によって無用になったかのように見える。
しかし、投資事業有限責任組合の設立には登記が必要であり、その手続が何かと面倒くさいのに対し、民法上の組合も匿名組合も契約だけで足り、登記といった手続が一切不要であり、簡便さという点で、この方法は依然捨て難い。

3、直接金融

 株式や社債として既にお馴染みだが、
近時、この方向をより推し進める動きが盛ん。

対価 出資者 需要者 自他 名称 長所 短所(課題) 実例
ナシ 一般大衆
(証券化)
企業 Equity 株式(→配当) 出資者は有限責任
Debt 社債(→利払) 安定した利払
債券(→利払) デビッド・ボウイ債
プロジェクト 元本保証ナシの募集 調達コスト・手続が楽 よほどの信用・魅力が必要 新藤兼人映画プロジェクト(検討中)
特定人 企業 Equity 縁故募集による株式
Debt 小人数私募債
Debt 匿名組合 出資者は有限責任 営業者に経営を一任してしまう
アリ 一般大衆
(証券化)
Equity 権利の証券化 権利の現金化を可能 権利を譲渡してしまう
SPV・SPCなどのプレイヤーを準備
Debt
特定人 プロジェクト Equity 権利の譲渡方式
(→配当)
通常の出資・製作委託
Debt 権利の保留方式
(→利払)


4、基本概念の検討

  以下で、資金調達手段に関する基本概念を検討しておきたいと思います。
 とりわけ、株式という資本主義隆盛のキーワードとなったマジックのような資金調達手段の本質について、じっくり吟味したいと思います。

#(1)へのリンクEquityとDebtそして株式の本質

  Equity=自己資本のこと。Debt=他人資本のこと。 言い換えると、
  自己資本は、「返済不要」の資金調達方法。他人資本は、いつか返済要の資金調達方法。
  その典型例が、Equityなら株式。Debtならローン、社債。
        ↑
 普通に考えれば、他人から資金を調達するのであれば、それはいつか返済すると考えるのがごく常識である。
 しかし、それでは、資金調達する側(=資本)にとって、経営に必要な長期固定資本を調達することは不可能。
        ↓
 そこで、この課題をクリアするために、殆ど詐欺(マジック)のような幻想的な制度を編み出した。それが永遠に返済不要の資金=Equity(その代表が株式)である。
        ↑
 その意味で、株式の発明とは、資本増殖を至上命題とする資本主義にとって最高の発明のひとつ。
 そのことを、商法の或る学者は、こう言っている−−「資本集中の最高度の形態としての株式会社」(注1
        ↑
 では、いかなるマジック(ロジック)を使って、この魔法を編み出したのか。それは、「資金提供者を、会社の(共同)経営者のひとりにしてしまう」というロジックによって、他人資本を自己資本に転化してしまったのである。
        ↑
 但し、ことはこれだけでは済まなかった(単に資本集中という目的にとって必要条件にすぎない)。
 (1)、このマジックが広く一般大衆に受け入れられ、かつ
 (2)、このマジックが、元々の経営者(=機能資本家)の会社実権を損うことのないようにするために、
 さらにこの制度をシェイクアップする必要があった(つまり、資本集中という目的にとって十分条件を満たすことが必要であった)。
 それが以下のシェイクアップ。
        ↓

(1)、 このマジックが広く一般大衆に受け入れられるためには、次の問題を解決する必要があった。
(a)、 投下資本の回収の保障
「返済不要の資金」というのは、出資者からすれば、投下資本の回収の道がないことを意味する。これでは誰も投資しないのは明らかである。そこで、返済に代えて、新たな「投下資本の回収の道」を用意しなくてはならない。そこで編み出されたのが、
   株式の自由譲渡性の原則
である。つまり、これまでの原則(共同事業の共有者の地位の移転は、他の共有者全員の同意なしにはできない【注2】)を否定し、株式(=株主の地位)は自由に移転できるように逆転し(注3)、これでもって一般大衆に投下資本の回収の道を開いた。
(b)、 無限責任のリスクから解放
通常、事業の共同経営者になるというのは、その事業体と運命を共にすることであって、その事業の負債についても、共同経営者は全個人資産をもって責任を負う(無限責任)というのが原則であった(民法上の組合。合名会社。合資会社【注4】)。
しかし、それでは、一般大衆にとってリスクが大きすぎ、おいそれとは会社に出資するわけには行かないことになる。そこで、こうしたリスクを軽減することが不可欠となり、そこで編み出されたのが、
    株主有限責任の原則
である。つまり、これまでの事業体の共同経営者の無限責任という大原則を否定し、株式会社では株主は出資額の限度しか責任を負わなくていいとする有限責任に逆転し(注5)、これでもって一般大衆のリスクを軽減し、もって彼らによる出資の機会を増大させた。
(2)、 このマジックが、元々の経営者(=機能資本家)の会社実権を損うことのないようにするために、新たな解決策が必要とあった。
(a)、 返済の要らない資金が集まるということは、反面、共同経営者がそれだけ増大するということで、その場合、従来のあり方で行くと、共同事業体の運営は、当然のことながら、共同経営者の頭数による多数決原理によって決せられ(民法上の組合。合名会社。合資会社【注6】)、そのため、元々の経営者は、経営の実権を一般大衆という共同経営者によって脅かされる恐れが生じる。これは断固として阻止する必要があった。そこで、この問題(元々の経営者の地位安泰の確保)を解決するために、編み出されたのが、
    資本多数決の原理
である。つまり、伝統的な頭数による多数決原理(1人1票)を否定し、資本の数に応じた多数決原理(1株1票)に逆転し(注7)、これでもって一般大衆が元々の経営者の実権を脅かすような事態を阻止した。


証券化

 証券化とは、或る本によると、「資産を何らかの仕掛を使って、証券の形に変えること」と定義しています(注8)。
 しかし、これだけでは何のことかピンと来ません。
      ↓
 そこで、ズカッと次のように言うのがいいのではないか。
 「資産はあるが、現金がなく(現金が欲し)い人に現金化の道を開くための技術」或いは
 「資産を今ここで現金化するための技術」或いは、
 「資産を対価として、一般大衆から投資してもらうための技術」

 一般に、或る制度の本質を理解するための方法として、2つのやり方があります。
ひとつは、その制度と似て非なる異質な制度を取り上げ、それと対比して吟味するというやり方。
(カントが「視霊者の夢」で語った「強い視差」による方法【注9】)
もうひとつは、もしその制度が存在しなかったとしたらどういうことになるか、を徹底して吟味するというやり方。
(数学でいう背理法【注10】)

ここでは、前者のやり方を取ってみたいと思います。

その場合、対比する異質な制度として、次の2つのものを取り上げます。
1つは手形制度、
もう1つは、株式の制度です。

どちらも証券化として大先輩の制度ですが、
最初の手形の場合、これは、(××までに手形に記載された金○○○○円を支払えという)金銭債権という資産を証券化したもので、いわば現金化の寸前の資産を今ここで現金化してしまおうという技術です。
(1)、もちろん、「今ここで現金化」するのですから、手形が現金の代りとして転々流通することを予定しています。しかし、3ヶ月後、半年後、1年後には弁済期が到来して支払に至り、手形はその目的を達成して役目を終えるので、そのような短期間しか存在しない資産の売買のために、証券市場を開くのは現実的ではないでしょう。
 これに対し、住宅ローンとかリース債権というように、通常、長期間にわたって存在し続ける資産を対象にしている証券化の場合には、証券市場は投下資本の回収方法として是非とも必要なシステムということになるでしょう。

(2)、他方、手形という資産は、短期間で支払いが到来する金銭債権ですから、その財産的価値の評価は比較的単純です。要は、まもなく到来する弁済期における支払者の支払能力を評価するくらいのことです。
 これに対し、通常、長期間にわたって存在し続ける資産を対象にしている証券化の場合には、その資産の評価はそう単純ではなく、そこで、一般投資家が参考にできる専門家による資産評価が必要となります。そこで証券化には格付け機関が登場します。

次に、株式会社における株式の場合、これは手形や住宅ローンやリース債権のような金銭債権とちがって、株主の共同所有者としての地位のことです。しかし、会社の実権を握る一部の経営者を除いて、株式の本質は配当など単なる経済的利益を受ける権利にすぎず、債権と変わりません。その意味で、むしろ、株式こそ証券化のエッセンスを体現している資産ということができるのではないでしょうか。つまり、
(1)、株式とは、住宅ローンやリース債権の証券化のように、最初通常の債権として発生した資産を証券化するために、あれこれ仕組みを用意するのではなく、最初から証券としてのみこの世に登場し、最初から証券市場の中で(その企業が存続する限り)永遠に売買され続ける運命にあるものとして登場した証券化の申し子のような存在です。
その意味で、株式の場合、必要なシステムは、証券市場格付け機関だけで、債権を証券化するために必要とされるSPVとかオリジネーターとかアレンジャーといったプレイヤーは不要ということになります。
(2)、そこから見ると、世に言う住宅ローンやリース債権などの証券化というのは、本来、株式のような証券化の要件・資格を備えていない非株式的な資産を、何とか株式に近づけて、現金化の道を切り開こうと懸命になっている制度ということができる。それゆえ、これがアレンジャーとか信用補完機関とか得体のしれないケッタイな連中(プレイヤー)が次々と登場する所以です。

SPVやSPC(特定目的会社)

 SPVとは、証券化の対象となる資産(債権)を購入して、証券の発行体となる組織のことで、Special Purpose Vehicleと呼ばれます。特定の目的のために作られた媒介というニュアンスです。
 そして、SPVとして様々なタイプの組織がありますが、その代表的なものとしてSPCがあります。SPCとはSpecial Purpose Companyの略で、SPVのために新たに作られた会社のことです。
 ここの問題は、なにゆえ、SPVやSPC(特定目的会社)のような者が登場する必要・必然性があるのか。株式みたいに、株を売る人と買う人と会社と株式市場さえあれば足りるのではないか、という疑問です。

(a)、SPV
 この点は、株式と対比してみると、問題点がもう少し明瞭に浮かび上がってくるように思えます。つまり、株式の場合、株式を発行した会社は、元々株式の転々譲渡を前提にしています。つまり、株式の転々譲渡により、株主がどんどん変わろうが構わない。たとえば、配当なら、一定の時点における株主名簿に記載された者に支払えばいいようになっています。
これに対し、住宅ローンやリース債権の場合、債権の転々譲渡により債権者がどんどん変わることを予定していない、すくなくとも現在の仕組みはそのようになっていない。その結果、債務者のほうは、住宅ローンやリース債権の支払をする相手がコロコロ代わっては、いったい誰に支払ったらいいのか分からなくなり困るという事情があります。しかし、証券化という以上、証券が自由に転々譲渡されることが不可欠です。
そこで、一方は転々譲渡は困る、他方は転々譲渡してもらわなくては困る、この二律背反(矛盾)を解決するために編み出されたのが、ほかならぬSPVなのです。つまり、住宅ローンやリース債権などの資産を持つ者(最初の債権者)と、お金を払って、住宅ローンやリース債権などの証券を購入しようという一般投資家との間に入って、両者の橋渡しをする媒介のことです。

具体的にどういう役割を果すのかというと、
一方で、SPVは、住宅ローンやリース債権などの資産を持つ者から資産を譲りうける(もちろん代金を支払って)。
そして譲り受けた資産を証券化し、(細分化して)一般投資家に売り出す。
しかし、ここから証券化特有の技術を導入し、
1、対債務者との関係
証券を、一般投資家に売り出したからといって、株式みたいに、買主が直接、会社と権利関係に立つのではなく、あくまでもSPVが最後まで、債務者と債権債務関係に立ち、SPVが債務者からローンの支払(ローン債権)やリース代(リース債権)を受け取るようにする(注11)。
2、対一般投資家との関係
その結果、証券市場で証券を購入した一般投資家は、株式みたいに、債務者にローンの支払(ローン債権)やリース代(リース債権)を求めるのではなく、SPVに対し、自己が受け取る利益を求め、SPVは、債務者から受け取ったローンの支払(ローン債権)やリース代(リース債権)を一般投資家に分配する。
つまり、証券は自由にどんどん持ち主が交替(転々譲渡)できるようにしたい、しかしその場合でも、債務者との関係では、常に特定の者(SPV)が債権者として権利を行使(債務者から支払を受ける)するようになっていて、以上の矛盾を解決したのです。これが媒介者としてのSPVが登場する理由です。

(b)、SPC
 SPVの組織として、信託(銀行)や民法上の組合や商法の匿名組合がなどがありますが、最も活用されるのがSPC=Special Purpose Companyという会社です。
 では、なにゆえ、このSPCが活用されるのか。 それは、SPVの存在理由から導かれます。つまり、SPVという組織は、それ自体が目的ではなく、あくまでも証券化というシステムを回していくために、債務者と投資家との間を取り持つ媒介役として存在する理由があります。
そこで、投資家からすれば、
1、単なる媒体にすぎないSPVと投資家に二重課税されるようなことは避けたい(法人税の透明性=Tax Transparency)。
2、単なる媒体にすぎないSPVが、原資産保有者(最初の債権者)の倒産やSPV自身の倒産によって影響を受けることは避けたい(倒産隔離=Bankruptcy Remote)。
3、従来存在する会社・組織をSPVとして利用すると、従来の業務による資金の流れ・会計とSpecial Purposeによる資金の流れ・会計とが混同され濫用される恐れがあるので避けたい。
      ↑
そこで、この問題を解決するために、新たにSPCという会社を設立し、
1、ケイマン諸島のような場所で会社を設立して、租税(SPCへの課税)を回避する。
2、SPC自身が破産することのないように、SPCの設立にあたって、定款にSpecial Purpose以外の業務ができないなど様々な制約を課す。
3、一からまっさらな状態で、Special Purposeのためにのみ活動し、資金を動かすことにする。

これが、新たにSPCという会社を設立する理由です。

これに対し、従来のやり方である信託銀行でも、
1、二重課税されない(信託銀行には課税されない)。
2、信託銀行が倒産しても、信託銀行の債権者は、信託財産を差し押さえることは禁じられている。
といった長所がありますが、他方、
(1)、SPCを設立するようには、簡単に、信託銀行を設立するわけには行かない。
(2)、そうすると、既存の信託銀行を利用するしかなく、それは何かと自由がきかないし、また一からまっさらな状態で活動することができない。
といった欠点があります。


また、民法上の組合や商法の匿名組合でも、
1、二重課税されない(組合には課税されない)。
2、簡単に設立することができる
といった長所がありますが、他方、
(1)、組合が倒産した場合には、組合の債権者に財産を差し押さえられてしまう。
(2)、民法上の組合は法人格がないので、何かと不便。また、出資者は無限責任を負うので、リスクが高い。
(3)、匿名組合は経営を営業者に一任するので、信頼がないとできない。
といった欠点があります。

そこで、匿名組合でも、営業者の従来からやっている会社や組織に、この活動を委ねるのではなく、SPCと似たように、新たに、Special Purposeのためにのみ営業をする組織を設立して、営業者にその組織で活動をやらせるという形態を取ることが多い。

ここから、資金調達におけるひとつの原則が導かれると思う。
−−出資において、媒介として必要となる組織とは、従来から存在する組織を援用するのではなく、その目的のためだけに存在する組織として、新規に立ち上げた組織でもって運営すべきである。


小人数私募債

  株式会社が直接金融の方法で資金調達する柱が、株式と社債です。
  社債は、Debtと言われるもので、いつか返済しなければならないお金のことです。しかし、その金利を銀行の預金金利より高く、かつ銀行の借入金利より低く設定すれば、貸す一般投資家にしてみれば、銀行に預けるよりは有利であり、借りる会社にしても銀行から借り入れるよりは金利が安く済むので、両方がハッピーということになります。

  しかし、このうまみを利用するためには、今まで、社債の発行に関する面倒くさい規制(それは一般投資家保護のために設けられたもの)があって、中小企業には敷居が高かった。その結果、このうまみを利用できるのは大企業に限られていた。

  ところが、一定の条件さえ満たしていれば、従来の面倒くさい社債発行の手続を経なくても、簡単に社債を発行できるやり方があり、これが小人数私募債と言われるものです。中小企業も、今まで大企業だけが享受できた社債のうまみを、この小人数私募債を活用して多いに享受すべきでしょう。

 ここで一定の条件というのは、ざっと次の3つだけです。
1、株式会社であること。
2、出資者は49名まで。
3、出資者に金融のプロがいないこと。

あとは、取締役会の承認さえあれば、償還期間(返済するまでの期間)、利息、発行金額など自由に決められます。届出も不要です。
また、6ヶ月経過さえすれば、再び、小人数私募債が可能です。

もともと、私人間の法律行為というのは、とくに法律の規制がない限り、本来、自由にやって構わないのです(私的自治の原則という近代私法の大原則)。そして、社債という会社の借入行為も、一般大衆投資家の保護のためにもうけられた様々な規制に該当しない限りは、本来、自由にやって構わないものなのです。この原理の応用例が今回の小人数私募債というやつです。つまり、一般大衆投資家の保護のための様々な法律の規制に該当しないで、自由にできる社債のやり方という訳です。

とはいっても、この小人数私募債の技術を使えば、万事メデタシかというと、そんなものではありません。単に、法律の面倒くさい規制なしに、自由に借入ができるというだけのことであって、ここから、出資者に対する信用という本来の経済的な課題に直面するのです。

なお、小人数私募債の具体的なやり方については、松村昭子「小人数私募債で資金調達する法」(明日香出版社)などを参照されたい。


プロジェクトの出資・製作委託契約のケース

 3の直接金融の図の最後のケースで、映画なり音楽なりゲームなりの制作資金を出資する場合、その権利関係については、出資した者が、出来上がった作品の著作権なりの権利を手に入れる(著作権の出資者への譲渡)というのが通常の条件です。
 そのため、作品の制作者たちは、一生懸命作品を作っても、出来上がった作品の権利はすべて出資者の元に奪われてしまい、たとえ、その作品が世に受け入れられ、著作権使用料が入ってきても、原則として、著作者はその分配に預かることはできません。

 そこで、このようなやり方に対抗して、「出資は受けたいが、しかし、出来上がった作品の著作権は手放さない」という(取りようによっては得手勝手に見える)クリエーター・アーティストの願いを実現してしまったケースがあります。

 それが、或るレコード会社がかつてやってのけた出資契約のケースです。

 しかし、そんな夢のような話がどうして可能になったのか?−−思うに、その秘訣は、
1、ひとつには、出資者が、作品をビジネスとして展開するノウハウ・力を持っていない(或いは、仮にそういうノウハウ・力を持っていても今回は発揮する気がない)ということが必要でした。
たとえば、映画のケースで、テレビ局や映画会社や玩具会社や広告会社などが出資者の場合、彼らはその映画を二次利用して商売する専門の業者であり、そこで、自社の立場・発言権を強めるためにも、自ら著作権者となることを強く望むことが多いので、彼らに向って「著作権を手放さない」なんて口にするのは殆ど不可能でしょう。

2、その上で、出資者が、制作者側が提示した配当の条件が自分で著作権を持って商売を試みるよりも有利な条件だと納得することが必要でした。出資者の最終目的は、著作権ではなく「儲け」にある訳ですから、どちらが得かが分かれば著作権にはこだわらないからです。
       ↑
しかし、これは、或る意味では、制作者側にもそれなりの自信がないとなかなか提示できない条件だと思います。
その意味で、最後は、力関係とネゴの押しで、出資者を説き伏せて押し切るしかないのではないか。

(文責 柳原敏夫)


注1 或る学者

河本一郎「現代会社法 新訂第8版」(商事法務研究会)3頁

注2 共同所有者の地位の移転の条件

 共同事業のひとつである民法上の組合について、 私法の一般法である民法には規定がないが、学説(我妻栄)は、
他の組合員全員の同意があれば組合員の地位を移転することができる
と解する(民法講義債権各論中巻2・841頁)。
 なお、会社については、合名会社では、社員の地位の移転には、他の社員全員の承諾を要する(商法73条)。
また、合資会社では、無限責任社員の地位の移転は、合名会社と同じく、他の社員全員の承諾を要する(商法73条・147条)が、有限責任社員の移転の場合には、無限責任社員全員の承諾があればよいとされる(商法154条)。
       ↑
こうした条件を、株式会社についてはすべて撤廃し、買主さえ見つかれば自由に移転できるものとした。

注3 自由譲渡性

商法204条1項本文
 株式ハ之ヲ他人ニ譲渡スコトヲ得

注4 無限責任
民法上の組合について、民法675条
組合ノ債権者ハ其債権発生ノ当時組合員ノ損失分担ノ割合ヲ知ラサリシトキハ各組合員ニ対シ均一部分ニ付キ其権利ヲ行フコトヲ得

合名会社については、商法80条1項
会社財産ヲ以テ会社ノ債務ヲ完済スルコト能ハザルトキハ各社員連帯シテ其ノ弁済ノ責ニ任ズ

合資会社の無限責任社員は、合名会社と同様(商法80条1項・147条・157条)。

注5 有限責任
商法200条1項
株主ノ責任ハ其ノ有スル株式ノ引受価額ヲ限度トス

注6 1人1票の原則
民法上の組合について、民法670条1項
組合ノ業務執行ハ組合員ノ過半数ヲ以テ之ヲ決ス

合名会社については、商法68条1項→上記民法670条1項
会社ノ内部ノ関係ニ付テハ定款又ハ本法ニ別段ノ定ナキトキハ組合ニ関スル民法 ノ規定ヲ準用ス

合資会社の無限責任社員は、合名会社と同様(商法147条)。

注7 1株1票の原則
商法241条1項本文
各株主ハ一株ニ付一個ノ議決権ヲ有ス

注8 或る本
井手保夫「証券化のしくみ」(日本実業出版社)

注9 「強い視差」による方法
柄谷行人「トランスクリティーク」(批評空間社)74頁より

‥‥カントの独特の「反省」の仕方が『視霊者の夢』にあらわれている。

先に、私は一般的人間悟性を単に私の悟性の立場から考察した、今私は自分を自分のでない外的な理性の位置において、自分の判断をその最もひそかな動機もろとも、他人の視点から考察する。両方の考察の比較はたしか強い視差を生じはするが、それは光学的欺瞞を避けて、諸概念を、それらが人間性の認識能力に関して立っている真の位置におくための、唯一の手段である。(「視霊者の夢」)

注10 背理法
数学における証明法のうち,重要なものの一つ。
証明すべき命題の仮定の外に,結論の否定をも仮定して推論を行い,矛盾を導くことにより,もとの命題を証明する方法のこと。
〈誤りに帰着させる〉という意味で帰呈(きびゆう)法とも呼ばれる。
具体例として、素数が無限にあることを背理法で証明してみよう。
素数が有限個しかなかったと仮定して,それら全体を p1,p2,……,pn としよう。N=1+p1p2……pn の素因数 q を考えると,q は p1,p2,……,pnのどれかと一致するのだから,右辺は q で割って1余る。これは,q が N の因数であることに反する。それゆえに素数は無限にある。(永田 雅宜。世界大百科事典より)

ちなみに、森毅は、背理法のことをこう評価している。

背理法の方がむしろ自然で、三段論法はABCとチェーンでいきますから単純に進んでしまって、あんまり自然だとはぼくは思えないんですよ。
「そりゃそうやろ、そうでなかったらおかしいやんけ」というのが背理法だからね
(「シンポジウム」編・著 柄谷行人)


注11
但し、古典的な証券なら、手形にせよ、株式にせよ、それが転々譲渡されれば、権利者(債権者)もまた交替する筈なのに、どうして、ここでは、そうならずに、権利者(債権者)が最初のSPVのままにとどまるのか、その理論的な根拠は(私にとってまだ)不明です。