7.14/01
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生産協同組合としての批評空間社の立ち上げの経験を整理したもの。
目 次
1、生産協同組合の具体的な形態:批 評空間のケース
2、組織形態の理念
3、法律上の制度
4、具体的な検討:理念と現実(法律)との相克
5、各制度の解説
1、生産協同組合の具体的な形態:批評空間のケース
批評空間は、共同で経営を運営していく協同生産者の手によって設立された株式会社批評空間と、協同生産者と批評空間を支援してくれる人たちの出資によって設立された有限責任の投資組合(正式名称:批評空間投資事業有限責任組合)という2つの組織によって構成されています。
そして、この2つの組織がどういう関係になっているかというと、訳があって少々入り組んでいて(後に詳述しますが、)、株式会社批評空間の資本金の約90%は、有限投資組合からの投資に基づいているという関係になっており、残りの約10%を、協同の生産者たちが、同じ比率で出資するという関係になっています。
これを図にすると、以下の通りです。
2、組織形態の理念
批評空間は出版事業の立ち上げに際し、生産協同組合を組織モデルとしました。もともと資本制経済においては、他者(労働する者)は利潤追求のためのたんなる手段として扱われます。批評空間はそれに対して、他者を「手段としてのみならず、目的(自由な主体)として扱う」(カント)ことを目指して、生産にかかわる者が皆で出資して組織を立ち上げ、組合内においては、各人がその出資額にかかわりなく、平等な
経営議決権をもって、組合事業を運営しようとしました。それが生産協同組合といわれるものです。
3、法律上の制度
もっとも、生産協同組合がズバリ法律の規定で明文化されているわけではありません。
例えば、「生協(消費生活協同組合)」は、法律によると消費者が主として商品の共同購入をするための組合でして、生産協同組合というよりは、むしろ消費協同組合に分類されるものです。
また、法律が定める生産者の協同組合としては、中小企業等協同組合法に規定されている「事業協同組合」がよく知られています。これは、大企業との競争力において劣る中小企業が組合を作って結集し、原材料や生産手段などを共同購入することで、スケールメリットを実現したり、業界の意見を取りまとめて、行政府に業界保護を訴える役割を果たすものです。
しかし、われわれが考える生産協同組合は、決して業界を代表する組織ではなく、生産者同士の自由で平等なアソシエーションを目指すものですから、この「事業協同組合」とは異なります。
4、具体的な検討:理念と現実(法律)との相克
そこで、問題は、「自由で平等な生産者たちのアソシエーション」を現在の法律制度の中でいかに具体化していくかということでした。
ところで、「自由で平等な生産者たちのアソシエーション」つまり他者を単なる手段としてのみならず、目的(自由な主体)として扱うということは、次の2つの面において確保されなければなりません。
α.ひとつは、組織の内的な面における自由平等でして、生産者たち同士は、組合への出資額の多少に拘らず、組合の運営について全て平等な議決権を有すること(一人一票の議決権)。
β.もうひとつは、組織の外的な面における自由平等でして、生産者たちは、生産に従事しない組合への出資者に対し、自らの運営決定権を失って彼らの支配の下に置かれるようなことがないこと。
そこでこの2つの問題を具体的に考えるためには、組織を立ち上げるに際して、一体いかなる規模の資金を必要とするのかを検討することがポイントとなります。つまり、
a.もし、必要とする資金が協同の生産者同士だけでまかなえる場合
具体的に言うと、5人のABCDEで生産協同組合を作ろうという場合、5人がそれぞれAは100万円、Bは150万円、Cは200万円、Dは250万円、Eは300万円の出資を予定しており、その合計金額1000万円で事業資金が足りる場合のことです。
この場合、上のβの問題=対外的な独立の問題を考える必要がありませんから、αの問題だけを考えていれば足りるので、そう難しい問題はありません。もっぱら対内的な自由・平等(出資額の多少にかかわらず一人一票の議決権)を確保するために、民法上の組合や中小企業等協同組合法の企業組合などの良し悪しを検討すればよいのです。
従ってまた、この場合、資金調達のための投資組合などといったことは考える必要はありません。
b.資金が協同の生産者同士だけではまかなえず、外部の人たちからの資金調達を必要とする場合
具体的に言うと、上の5人で生産協同組合を作ろうという場合、事業資金が2000万円必要で、5人の合計金額1000万円では事業資金が足りない場合のことです。
この場合には、外部(協同生産者以外の人)からの資金調達が必要となります。まさに上のαとβの両方の問題を考えなくてはなりません。
そして、今回の批評空間のケースがこれでした。
この場合、厄介なのがβの問題=対外的な独立の問題です。
@ この点、最も古典的な解決方法が、金融機関からの融資です。
この場合には、通常、生産者A・B‥‥の個人財産を担保に提供させられたり、毎月の返済に追われて自転車操業を強いられるというまさに「他者を手段としてのみ扱う」関係に追い込まれます。
A これに対し、返済しなくても済む便利な資金調達の方法として株式の発行(株式会社の設立)というものがあります。
しかし、これは第三者に株式を購入してもらう代りに、その第三者が会社の共同所有者になることを認めることでして、そのため、協同生産者は自らの運営決定権を失う危険があります。
上の図ですと、第三者が全株式の50%を保有しているわけで、彼が組織を運営する権限を手に入れることになります。
B また、映画や音楽では、組織に対する出資ではなく、作品制作に対し、映画会社やテレビ局や広告代理店などから出資を受けるというやり方があります。
通常、その作品の著作権は全て出資者の手に渡り、たとえ作品が大ヒットしても、制作者たちの元には利益が何も還元されないという扱いを受けます。つまり、この場合、協同生産者は、形式上自らの運営決定権は持っていますが、出資の結果、彼らの生産物である作品に対する自らの支配権を失ってしまうのです。
そこで、融資(出資)は受けられるが、そのために
@協同生産者は日々返済に追われることもない、
Aまた自らの運営決定権を失うこともない、
B或いは作品に対する支配権(著作権)を失うこともないという方法を見出す必要がありました。
Cさらに、出資者側の事情として、次のことを考えておく必要がありました。
今回、批評空間に出資してくれた人たちというのは、生産協同組合としての批評空間を応援してくれる人たちですので、出資者としての彼らの責任を、無限責任(もし経営が失敗した場合には、単に出資額にとどまらず、彼らの全個人財産までその借金の支払にあてられる)まで負うような危険な目にあわせることはできず、あくまでも出資額の限度でしか責任を負わない(有限責任)で済むようにする必要がありました。
たとえば、彼らに、生産協同組合としての民法上の組合に出資してもらうというのは、彼らに無限責任を負わせることであり、そのやり方は採用できません。
また、彼らに、投資組合としての民法上の組合に出資してもらうこともまた、彼らに無限責任を負わせることであり、この場合、民法上の組合は生産協同組合に出資するだけでそれ以上経営をするわけではありませんが、しかし、投資組織としての民法上の組合が、その業務執行者の背任行為などにより多額の赤字を計上するような場合がないとは言えず、その意味でも、このやり方は採用できません(以下の図を参照)。
そこで、現行法の下で、以上の要請を全て満たす法的な制度があるのだろうか。これが批評空間が直面し解決しなければならない課題でした。
解決のカギは「投資」にありました。つまり、カギは「(生産者の運営決定権を失う)投資」にはなく、同時に「(生産者の運営決定権を失わない)投資」にしかなかったのです。それは、批評空間が批評空間に投資すること、つまり、批評空間に投資するための組織(投資組合)を批評空間自らのイニシアチブで作り上げることによってのみ可能でした。
しかも、幸いなことに、この投資組合への出資者の責任が有限責任に限定されるという新しい法律(中小企業等投資事業有限責任組合契約に関する法律)が98年に施行されたのです。これでCの問題も解決しました。
そこで、以上のプランに沿って考え出されたのが、批評空間のイニシアチブで作り上げられ、出資者には有限の責任しか負わせない批評空間投資事業有限責任組合(以下、有限投資組合と略)というものでした。
その上で、残るαの問題=組織の内的な面における自由平等の問題を解決することになりました。
しかし、ここでまた私たちは、現行法の障害に直面しました。それは、上の有限投資組合が投資できる投資先は、原則として中小企業の株式会社に限られ、それ以外の民法上の組合や企業組合や有限会社ではダメだということでした。
言うまでもなく、株式会社は資本制経済に最も適した組織形態です。従って、この制度を単にそのまま採用したのでは、保有する株式の数に基づいて議決権が与えられる(資本多数決の原理)ことになり、私たちの本来の理念である生産協同組合方式が絵に描いた餅になってしまいます。
そこで、株式会社の組織形態を採用しながらも、組織の内的な面において生産者の自由平等を確保する方法はあるのだろうか。これが次に解決しなければならない課題でした。
解決のカギは、平等(多数決原理)でした。つまり、カギは「(所有株式の数に応じた)平等」にはなく、同時に「(一人一票の)平等」にしかなかったのです。それは、同じ数だけの株式(例えば10株)をいわば強制的に生産者全員に割り当てることにより、所有株式の数に応じた平等でありながら、一人一票の平等を実現してしまうことでした。
そして、各生産者は予定していた出資金の残額(もちろん各生産者ごとにその金額はバラバラとなります)を、その差異が生産者同士の経営に対する発言権に何ら差異をもたらさない形で出資すること、すなわち有限投資組合に出資することにしたのです。
具体的には、先ほどの例で言えば次の通りです。
予定している出資額(Aは100万円、Bは150万円、Cは200万円、Dは250万円、Eは300万円)のうち、全員が10株50万円分ずつ株式会社の株を保有することにする。
そして、残りの出資額(Aは50万円、Bは100万円、Cは150万円、Dは200万円、Eは250万円)は、資金援助者の人たちと一緒に、有限投資組合に出資する。
以上のようにして、
一方では、批評空間主導の有限投資組合を設立し、そこに、生産者全員の各自10株分を引いた出資金と有志の人たちの出資金全額を出資し、
他方で、生産者全員が発起人になって同数(10株分=50万円)の株式を引き受けて株式会社を設立し、生産者以外には上記有限投資組合が唯一の株式引受人となることにより、
αとβの両方の問題を解決したのです。
つまり、このように批評空間投資組合(資金調達のための組織)と株式会社批評空間(生産活動のための組織)の総体を、生産協同組合としての批評空間と考えているのです。
とはいえ、これは様々な法律上の制約の下で強いられ考案せざるを得なかった暫定的な解決策であり、そのアソシエーションのプログラムをまだ完全に手にしているわけではありません。しかし、これから、その運用において、これまでの法的な限界を乗り越えて、生産協同組合
の理念により近づいていく努力を続けていきたいと思っています。
5、各制度の解説
最後に、参考までに、今回利用した有限投資組合、現行法上、生産協同組合的な組織として代表的な民法上の組合と企業組合について簡単な解説を紹介しておきます。
@ 有限投資組合
有限投資組合は1998年に施行された法律(中小企業等投資事業有限責任組合契約に関する法律)で制定された新しいタイプの投資のための組合です。
この有限投資組合の基本事業は、組合員からの出資金を組合の共有資産として運用し、投資先として株式会社のうち法律で中小企業に分類される企業(有限会社や上場企業は除外される)に投資することで、その投下資本とその配当金の回収を主な目的としています。
具体的に言うと、中小企業の発行する株式(設立に際して発行される株式も含む)や転換社債(後に株式に転換する社債)の保有、またその企業が所有する工業所有権や著作権の保有です。さらに、これらの事業に付随して、投資先企業の経営や技術指導を行う権利を有します。しかし、金融機関が行うような融資業務(資金を貸し付け、その資金と利子を回収する業務)は認められていません。
この法律の制定の背景には、次のような認識があるようです。現在の経済社会を牽引するのは必ずしも大企業ではなく、むしろ時代に対応した身軽な中小のベンチャー企業であり、そのような中小企業に潤沢な資金を提供することが必要である。有限投資組合はそのために制定された組合であると考えられます。
設立要件:
有限投資組合の設立には4名以上の組合員が必要で、うち最低1名以上が無限責任組合員となる必要があります。
組合員には有限責任組合員と無限責任組合員があり、原則として全ての組合員に業務執行権がある民法の組合とは異なり、無限責任組合員のみに業務執行権があります。それゆえ、批評空間が有限投資組合のイニシアチブを握るというのは、批評空間の経営者が同時に有限投資組合の無限責任組合員になるということです。
また、仮に組合が多額の負債を負って解散するような場合(会社で言う倒産)、有限責任組合員の責任は最大でもその出資金が返還されないという範囲に留まりますが(有限責任)、無限責任組合員は出資金で返済が完了しない場合、個人の財産をもって返済する責任を有します(無限責任)。なお、組合員となるに際して、特に必要とされる資格はなく、個人でも法人でも組合員となる資格を有します。
設立要件について更に詳しく知りたい方は『投資事業有限責任組合法』(通産省中小企業庁振興課編、通商産業調査会出版部、1998年、3900円)をご覧下さい。
A.民法上の組合
組合員となるにあたってとくに必要とされる要件はなく、誰でも契約で定められた一定額の出資をすることで組合員となることができます
また、組合員の議決権も出資額にかかわらず、各組合員に平等に保障されています。しかし、議決権が平等に認められているのと同様、組合に対する組合員の責任も平等に連帯責任である、というのが組合組織の基本になっています。
すなわち、組合がその事業において仮に多額の債務(借金)を負った場合、その債務を組合員全員が連帯して返済しなければならない、という連帯無限責任の原則が適応されます。
要するに、会社組織のような有限責任が認められていないために、組合員には常に経済的な不安を強いることになる。その意味で、本来出資もし経営にも責任をもって参加する協同生産者の立場の人ならまだしも、単に出資をするだけで基本的に経営にはタッチしない資金援助者の人に対して、この組織は過剰なリスクを負わせるもので、適切なものではありません。
B.企業組合
この組合は中小企業等協同組合法のなかで認められている組合のなかでも特殊な組合で、組合の営利事業に関してもほぼ制約がありません。
また、上記の任意組合と異なり、組合員の有限責任が認められています。有限責任とは、組合の債務に関し、組合員が個人として責任を負うのは自身の出資額の範囲内に限定される、ということで、最大でも出資金が返還されないという範囲に留まるということです。
しかし、企業組合においては組合員となるにさいしての制約があります。組合員の大多数が組合の専従者でなければならない(例えば大学の教師をやりながら企業組合の組合員になることは認められない)。この制約のため、多数の有志に組合員となるよう呼びかけることができず、また、組合員となれない以上、彼らからの出資を期待することもできない。その意味で、企業組合は事実上、少数の者が専従的に生産に従事する、小規模な生産活動にしか向かないと思います。
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