11.25/96
第一、本件イラストの契約代金の決め方について
被告会社の代表取締役赤塚正紘(以下「訴外とし」という)が原告に対し、本件イラストの仕事を依頼した平成7年9月19日の打合せ状況の詳細は、今般提出した原告作成の報告書3(甲第13号証)に記載した通りである。それによると、訴外としは、原告に対し、
「とし氏は原稿を片手に持ち、ページ数を数えました。束になっているのでかなりありそうです。数え終わると「80ページだね。1ページにだいたい」と原稿を確認し「ほぼ5点づつだから全部でイラストが約400点だね。ということは、‥‥100万になる。これはすごいねー。ボーナスだねー。」と言われました。」(甲第13号証二頁七行目以下)
と説明したのであり、これを聞いた原告は、次のようにこれを理解した。
「つまり1点2500円の計算ということですので、通常1点3000円以上を希望イラスト料金として仕事を引き受けている私としては、400点というまとまった数ですから、この値段は悪くないと思い、引き受けることを決めて、話を続けました。」(右同頁11行目以下)
すなわち、原告は、訴外としの右の説明を、本件イラストの仕事は「400点で100万円」という計算方法、つまり一点あたり2500円という単価で代金を決めるもの、そして、最終的な契約代金は、この2500円とイラストの正確な点数に基づいて算定されるものであると理解したのである。
つまり、本件イラストの契約代金は、このとき赤塚氏の右のような申入れに基づいて、1点あたり2500円という単価×イラストの点数というやり方で計算することで合意されたのである。
まず、このような解釈は赤塚氏の右の説明から最も素直に導かれたものであることが明白である。
しかも、その後、訴外とし自らが、第二、二で後述する通り、本件イラストの代金をあくまでも単価によって決定するという立場(もちろんその金額は原告のそれとは大きな隔たりがあったが)を表明しており、今回、被告が初めて主張するに至ったいわゆる総額決定方式なるものは、窮地に追い込まれた被告が苦し紛れに編み出した最後の言い逃れにすぎない。
第二、契約代金の決め方に関する被告主張に対する原告の反論
まず、被告の主張によると、
「本件イラストの原稿料は、本件イラストも含んだシリーズ40冊全体のイラスト代金の総額約144万円であり、その支払時期はシリーズ40冊全部のイラストの仕事の終了時である」(被告準備書面一・3頁11〜13行目・8頁10行目。以下単に頁行のみ示す)
という、いわゆる総額決定方式というものである。
一、しかし、原告は被告のこの主張を聞いて、まず第一に驚愕せざるを得ない。なぜなら、このような主張はこれまで一度たりとも耳にしたことがなく、この訴訟に至って初めて主張されたものだからである。被告及び訴外としは、原告との間で、平成7年10月9日、本件イラストの原稿料をめぐって対立して以来これまで、同月11日、電話で話をし、また、その後11月29日、代理人による回答書(甲第八号証)を作成・送付といった具合に何度も被告の主張をする機会があったにも関わらず、この基本的で極めて重要な点について、これまで一度たりとも右のような主張をしてこなかったのである。
しかも、被告は今回の準備書面で、原告に本件イラストの仕事を依頼した平成7年9月19日の打合せの際に、シリーズ全体の総額で約144万円を原告に支払うことについて、
「この時(明確に原告に伝わっていたかどうかは別として)」(3頁11行目)
と述べている有り様なのである。
これが、果して、「この業界で20年以上も活躍しており」「業界の常識は十分熟知してい」(11頁10行目以下)る被告及び訴外としのやることだろうか。
二、それどころか、被告はこの間、次の通り、首尾一貫して、単価によってイラスト代金を決定するいわゆる単価決定方式にのっとって、行動してきているのである(もっとも、被告は、次第に、H出版に対して提出したとする見積書(乙第一号証)を根拠にして、原告の請求金額が到底払えない金額であることを強く主張する新たな方向に変遷していったが)。
1、訴外としは、本件イラストの仕事が済んだのちの10月9日に、原告に対して、甲第四号証のメモ(これを被告は「訴外としは書いた記憶がない」(8頁末行)などと今頃になってしらを切っている。被告がこのメモの作成を認めたくない気持ちはよく分かるが、しかし筆跡鑑定をすればすぐ分かることであるし、ここに書かれた金額自体、被告が請求金額として考えていた額であることは被告準備書面一・8頁7行目以下からも明らかである)を渡した際、そのメモにちゃんと「78枚×600」と単価方式で計算する旨(もっとも、ここでは「頁あたりの単価」という方式ではあるが)を自ら表明している。
2、その後10月11日、金81万4000円という原告の請求書を見た訴外としは、原告に電話をかけ、自ら「童美連の価格表」なるものをファックスで送り、
「1点3000円というのは、こりゃあもう法外なものよ。ふっかけているものよ。」(甲第10号証一頁本文四行目)
と、原告の請求した一点3000円の単価による算定がいかに不当かを非難し、最初から最後まで首尾一貫して単価をめぐる議論をした上で(反面、総額決定方式の「そ」の字も出ないまま)、「原告のいう単価が正当なものか調べて、その上で料金を決めて請求金額を内容証明で送ります」と締めくくったのである。
これに対し、被告は、準備書面一で
「原告が単価計算を当然の前提としていきなり被告会社に対して請求書を送りつけてきたため、原告(原告代理人注:「被告」か「訴外とし」かのミスであろう)も当惑してその主張に乗ってしまって」(九頁末行以下)
と弁解する。しかし、原告はその2日前に、訴外としから単価計算を当然の前提として作成されたメモ(甲第4号証)交付されたのを受けて、被告に対し請求書をファックスしたのであり、しかもファックスにあたっては、予め電話でその旨伝えて単にファックスしただけである。これに対し、当日の電話は、もっぱら訴外としの側から原告にかけてきたものである。
従って、「いきなり請求書を送りつけられて当惑する事情」なぞ何処にもない。もし本当に、被告が総額決定方式を確信していたのなら、どうして、こんな一枚のファックスがごときで、「この業界で20年以上も活躍しており」「業界の常識は十分熟知してい」るような訴外としが原告のいう単価決定方式にまんまと乗せられてしまうものだろうか。
3、しかも、その後、11月29日、原告代理人を通じ、本件イラストの原稿料についての回答書(甲第八号証)を作成する段階でも、ここに至って初めて、今回全40巻の制作に関し、全巻を通じ依頼する趣旨でその第一巻目のイラスト作成を依頼した旨主張するに至ったが、しかし、そこでも「100万円が全40巻のイラスト代金」という総額決定方式のことはひと言も触れられていない。単に、H出版に対して出した見積り金額金9万円を越えて支払うことはあり得ないと主張しているだけである。
三、次に、被告の主張によると、原告に本件イラストの仕事を依頼した平成7年9月19日の打合せの際に、原告に支払うべき代金として、訴外としは、
「シリーズ全体として「100万円以上になる。」ということを説明した。」(三頁九行目以下)
そして、その際、「100万円」という数字を口にしたのは、
「全40冊360万円の四割の144万円位で依頼するつもりであったが、原告の原稿の出来に多少不安な部分があったうえ、当時シリーズ全体で70冊になるという計画もあったことから、固いところで「100万円にはなる」と言ったものである。」(七頁四〜13行目)
のだそうである。
しかし、前述した通り、被告自身、この準備書面のすぐそのあとで、シリーズ全体の総額で約144万円を原告に支払うことについて、
「この時(明確に原告に伝わっていたかどうかは別として)」(三頁11行目)
と述べている。すなわち、訴外とし自身の真意とされる「シリーズ全体の総額で約144万円を原告に支払う」ことすら原告に明確に伝えたかどうかおぼつかないと認めざるを得ない被告なのに、それがどうして訴外としは「シリーズ全体として「100万円以上になる。」ということを説明した。」と言えるのだろうか。
四、しかも、もし本当に被告が「シリーズ全体として100万円」と言ったのならば、それは一冊あたり2万5千円であり、イラストが約400点あった今回の「室内でできる高齢者の体操」という本については、一点あたり実に62円50銭ということになる(仮にシリーズ平均60点だとしても、一点あたり416円66銭にしかならない)。その上、これを二日間でやれという。しかも、支払は何年先になるか分からないシリーズ40冊全部のイラストの仕事の終了した時だという。これはもう驚愕を通り越して、憤りしかあり得ないようなけた違いの数字である。こんな人をバカにしているとしか言いようのない数字の単価を承知で、経験15年の原告が本イラストの仕事を引き受けるなんてことが想像できるだろうか。
五、また、平成7年9月19日、本件イラストの仕事の打合せをした際に、訴外としの言葉として原告が間違いのない記憶として鮮やかに覚えている言葉として、
「100万のボーナス」
という言葉がある。なぜなら、この言葉は訴外としからこのとき一度ならず口にされたからである(現に被告自身も、これを明確には否認していない)。そして、「ボーナス」とは辞書を引くまでもなく、一回でまとめて支払われるまとまったお金のことである。しかも、普通、9月の時点でやった仕事の支払はだいたい12月前後になることを考えれば、今回の場合も「100万のボーナス」と言った訴外としの言葉の意味がよく理解できる。
ところが、被告に言わせると、この100万とは実はシリーズ40冊全部のイラスト代金のことであり、従ってその支払時期はその仕事が全部終了した(何年先になるのか被告自身さえ不明な)時点ということになる。しかし、シリーズ平均して一点あたり416円66銭にしかならない法外に安い料金で、しかもその支払時期が将来の一体何時のことになるのか不明な仕事の代金ならば、そういうときには世間では「ボーナス」という言葉は使わない。こういう具体的なレベルのところで、被告は自分の言った言葉の意味をもっときちんと説明できるようにしてもらいたいものである。
六、しかも、イラストの仕事を頼む場合、料金については、口約束のときにはやや高めに言うのが通常である。だから、本件で「144万円位で依頼するつもりであった」と主張する訴外としが、それより少し高めの例えば「シリーズ全体として150万円」と原告に言ったのならばまだ分かる。被告に言わせれば「当時シリーズ全体で70冊になるという計画もあった」ぐらいなのだから、なおさらのことである。ところが、被告も認める通り、実際に訴外としの口にのぼった数字は、100万円でしかない。もし本当に「144万円位で依頼するつもり」だったとすると、実際にはその三分の二にしかならないような低い数字を口にすること自体、極めて不自然な説明と言わざるを得ない。
七、加えて、被告は、原告に支払うイラスト代金が全40冊で144万円とする理由について、
「実際にイラストレーターに支払うのは、編集会社である被告会社の利益分を除き、通常、四割から六割、ごく例外的に特別な事情があって七割である。原告の場合、‥‥四割が妥当と被告の側では考えていた。」(六頁末行以下)
と説明する。しかし、他方で、訴外としは原告に対し、平成7年10月11日、電話でのやりとりの中で、自信をもって平然と、
「うちのようなプロダクションから仕事を受ける場合っていうのは、全部これかける0.7、7掛けの料金になるわけだよ」(甲第10号証一頁本文下から13行目以下)
と断言している。つまり、当初は、実際にイラストレーターに支払うのは価格の七割だと言っていたのが、その後、「144万円位で依頼するつもり」だったということを主張し始めるや、144万円(つまり、H出版に対するイラスト料金360万円の4割の144万円(被告準備書面一・7頁4行目))につじつまが合うように途端に4割と言い出したのである。
八、結論
以上のことから既に明らかな通り、被告の主張とは、要するに、あとになって「144万円位で依頼するつもり」という立場から本件のストーリーを無理矢理組み立て直そうとしたために、こうした前後撞着して矛盾に満ちたいかがわしい主張をすることになったものにほかならない。
第三、被告準備書面一に対する認否・反論
今回はざっと認否・反論を行ない、必要に応じて、次回以降詳細に行なう。
一、本件イラストの契約代金の決定について
一、1
「被告とH出版との間において、本件の「室内でできる高齢者の体操」をはじめとする「介護福祉ハンドブックシリーズ」(以下本シリーズという)の出版をめぐってなされた交渉・作業に関する一連の事実」については全て不知。
「被告が本シリーズのイラストを原則として一人のイラストレーターに依頼する方針であった事実」も不知。
この点に関する原告と訴外としとの、平成7年9月19日におけるやりとりは、次の通りである。
『この料金の話のあと、とし氏は「この本はシリーズで合計8冊出るので、そのあともあなたに頼みたいと思っているんだ」と言いました。そして「これはイラストが多いので大変だろうけれども、ほかのはこの6割くらいになると思う」と言いましたが、あとの本のことは具体的な原稿などもまだ決まっていないようですし、日程もないようなので、私は「そうですか」と受け流しました。』(甲第13号証2頁下から9行目以下)
一、2、総額決定方式について
ここで、被告は、
「被告会社がH出版から受けるに際し、シリーズ全体のいわゆるグロスで定めた以上、そして、その仕事全部を原告一人に依頼する以上、当然、被告会社が原告に依頼するにあたってもグロスでの定めであった」(五頁四〜七行目)
旨主張するが、これは前提事実をねじ曲げた上で初めて成立する主張に他ならない。つまり、前述した通り、原告は被告から、全40巻シリーズ全体のイラストの仕事を頼まれた覚えはないからである。
もっとも、本件がシリーズとして出されることは、前述の通り、訴外としから、本件の依頼の関連事項として聞いたが、しかし、それも「あなたに頼みたいと思っているんだ」という程度の、あくまでも暫定的な仮定としての話でしかない。第一、何年もかかるような全40巻シリーズの仕事を本当に申し込まれたのであれば、原告としては、その際、二冊目以後のイラスト原稿の中身についてとか、いったい何年先までかかるシリーズなるのかについてきちんと質問したはずである。なぜなら、そのように長期的な仕事はフリーで仕事をしている者にとって、それを聞いておかなくては他社の仕事を受けるのに差し支えるからである。しかし、その種のやりとりは一切していない(現に被告もこの点を何も主張していない)。ここでも、具体的なやりとりのレベルの話になると、被告の主張は途端に内容がなくなる。
次に、被告は、原告が「本件一冊に注目してその単価が異常に安い」と主張したことに対して、
「逆に結果的に当初の予定よりイラスト点数がかなり多くなったとしても、出版社から支払われる請負代金は変わらないので、イラストレーターの取り分が多くなることはない。当然他に「しわ寄せ」が来るからである。その場合のイラストレーターの不満は、次に割の良い仕事を優先的にまわすということで調整しているのが実際である。」(六頁五行目以下)
と反論するが、誠に身勝手な反論である。
被告のこの反論を読んだ第一線で活躍中のイラストレーターのひとり加藤直之氏(甲第12号証の陳述書の作成者)は次のように言う。
『被告の見積りにあるイラスト60点(そもそもこの平均60点という数字は根拠のあるものなのかも知りたいところです)が今回の本のように400点になることは、これまた常識外である。仮に見積りと実際のイラストの点数が極端に違う場合には、その間違った見積りは訂正変更されるのが普通であり、それを変更しないまま業務を続けるのは、訴外としの経営する被告会社内部でイラストを制作するケースなら業務全体で調整できるであろうから構わないだろうが、今回の原告みたいに正式に外部に発注する場合にもそんな無理を通すのは、商行為として許されることではない。仮に立場の弱い「下請け」であっても、下請け側にも、その仕事を断わる自由は保証されているべきである。「見積りと実際のイラストの点数が極端に違う場合にも代金は変わらない」というのなら、そのような重大な情報が「下請け」側に伝えられないまま、一方的に無理を通そうというのは、非常に卑怯なやり方と言わざるを得ない。
さらに、ここでイラストレーターに不利な仕事だった場合「次に割の良い仕事を優先的にまわすことで調整しているのが実際」と主張していますが、これまた単に仮定の話であって、社内の者に対してだったらともかく、外注者に対してはどこまでも仮定の話でしかなく、そんなことはめったにないこともこれまた業界の常識である。』
一、4
「本件では実際に原告に対して、被告から金四万六、八○○円が支払われている。」という事実は否認する。及び、
「全体の報酬は本来であれば仕事全部(全40冊)の終了時に支払うべきであるが、今回は40冊と冊数も多く全体の支払い時期が不明確であること及ぴ原告が早く仕上げてくれたのをねぎらう意昧もあったことから、全体の報酬の一部金として支払ったものである。」という事実も否認する。
そもそも「本来であれば仕事全部(全40冊)の終了時に支払うべきであるが」「全体の支払い時期が不明確で」「原告のねぎらい」で支払時期が決まるような、そんなあやふやで不安定な契約など原告にはとてもできない。
二、その他の挿絵の代金決定について
「現在単価計算をすると、被告会社が原告に仕事を依頼し始めてから間がないこと、及ぴ原告が本件のバソコンソフトの扱いは不慣れであったこと(甲第一号証参照)等から、いずれも800円から1500円程度が妥当である。」(10頁12行目以下)
という事実及び被告の主張は断固として否認し、及び争う。
まず、「被告会社が原告に仕事を依頼し始めて間がない」と言うが、そもそもフリーランスにイラストの仕事を依頼する場合、間がないから安いとか、長く依頼しているから高くなるという考え方は殆ど通用しない。必要に応じて人が選ばれ、一回だけの依頼をうけるというケースはベテランのイラストレーターの場合でも多いのである。
また、ここで被告は、原告のことをいかにも「依頼し始めて間がない」まだ信用できない人間であるかのように主張するが、もしそうであるならば、他方で、どうして、そんな「依頼し始めて間がない」人物にシリーズ40冊全ての仕事を依頼したなどと主張するのだろうか。要するに、これもその場しのぎの行き当たりばったりの主張でしかない。
さらに、「バソコンソフトの扱いは不慣れであった」と言うが、しかし、訴外としは原告との最初の面接の時(平成7年9月7日)に、コンピューターで描いた原告のイラストを見て「これくらい描ければ使える」と言ったのである。しかも、その後、同じくコンピューターで描いた最初のイラストを入稿したあとも、訴外としは「この前のイラストはすごくよかった」と言ったし、本件イラストの打合せのため、被告会社を訪問したとき(同月19日)も「この前のイラストはすごくよかった」と言ったのである。さらに、本件イラストの仕事が済んだあとに被告会社を訪問したときには
「あなたは私よりもうまい。週のうち何日か来ないか。私の童画の仕事を手伝って描いてほしい。それをしてくれたら、何年かして、童画家としてデビューさせてあげよう」
とまで言ったのである。そして、原告が社会科副読本のイラストを描いて持っていったときにも、その場で訴外としから、一流教科書会社の「社会科教科書のイラスト」を描くよう言われ描いたのである。
これらはすべてコンピューターで描いたものである。原告のことを「バソコンソフトの扱い」に慣れたものと判断していなければ、かなりの描写力のいる一流教科書会社の「社会科副読本のイラスト」や「社会科教科書のイラスト」のようなものをどうして原告に頼めるだろうか。
ここでも被告の主張はいつもの行き当たりばったりのいい加減な主張にほかならない。
三、原告のその他の損害について
三、1、精神的損害について
被告は、
「要するに本件は契約代金の支払いをめぐって、双方の意思確認の不徹底から誤解が誤解を呼び、はからずも訴訟にまで至ってしまったものである。」(11頁3行目以下)
と主張するが、とんでもない。これはただの開き直りというほかない。本件の事実関係をつぶさに検討していけばいくほど、勝手に童美連の価格表なるものをでっち上げて使ったり、実際はやりもしないのに原告の仕事先を調査すると原告に迫ったり、或いは弁護士名で被告の要求を飲む以外に解決の道はないとか原告に対し業務妨害で刑事告訴するとかいう内容証明郵便を送ったり、この種のトラブルに対して被告の手慣れた用意周到な悪辣ぶりが反論の余地のないほど明らかとなる。第一、被告の態度は原告との話し合いにおいて、当初の平成7年10月11日のときから、
『彼(原告代理人注:「訴外とし」をさす)は一方的に「実際に73万の仕事でどうしてイラストレーターに百万支払えるの。あなたの言い分は解釈の食い違いだから、いくら話をしてもしょうがないことだ」とくり返すばかりでした。そして、彼は「あなたが、あなたの請求した金額に相応するだけのレベルのイラストレーターかどうか、今まであなたがこういう業界人として常識にないやり方をいつもやってきたのかどうか確かめたいし、あなたに仕事を頼んだ出版社・編集者がボクと同じような不愉快な思いをしたかきちんと確認をしたいから、あなたの仕事先をいくつか教えてほしい」と追及して迫りました。この申し入れは一見もっともらしく思えるかもしれません。しかし、私の仕事先にこういう問い合わせが行くということは全く関係のない出版社に私に関する事で迷惑をかけ、話し方によっては私にとってはダメージになる事でやめてほしい事でした。しかし、やむなく私がいくつかの仕事先、担当者、仕事内容、料金、仕事をした時期を教えると、とし氏は「あなたのことを調べて、その上で料金を決めて請求金額を内容証明で送ります。2、3日にはできないけれど、すぐ送ります。これに対し、あなたが不満だったら、裁判でも何でもやって構わない」と言って電話を切りました』(甲第一号証原告陳述書3頁下から8行目以下)
という、つまり法律の素人で労働組合もないフリーのイラストレーターにとって裁判を起こすことがどんなに大変かを十分承知の上で、話し合いは問答無用と突っぱねた態度をとったものにほかならない。この態度は、その後の代理人による回答書(甲第八号証二頁10行目以下)でも、童美連の事務局長が間に入って交渉しようとしたとき(甲第七号証本文七行目以下)でも見事に首尾一貫している。さらに敢えてつけ加えれば、この10月11日の電話のやりとりの後、原告は恐怖心に襲われながらもこれに負けずに、三回ほど、訴外としに電話をした。しかし、訴外としは原告に対し、ただ次のように言うばかりであった。
「あなたとは話せないから。すぐ書類を送ると言っているだろう。それで納得いかないなら裁判でもなんでもしなさい」
或いは、原告が第三者の人に仲裁に入ってもらおうと提案すると、訴外としは
「その人は関係ない。忙しくて時間はとれない。」
さらに、原告が「童美連の方にご相談します」と言うと、
「なんでも好きにやりなさい」
と突っぱねるだけであった。
このあと、しばらくしても約束の書類が送られて来なかったので原告が再び問い合わせると、訴外としは、
「書類は月末と決まっている。それで納得いかないなら裁判でもなんでもしなさい」
と言うばかりで、しかも、肝心の書類はその月末(10月末)をすぎても送って来なかったのである。
つまり、自分の主張を受け入れない限り「裁判でも何でもやって構わない」という被告の悪辣な態度こそ本件をまさしく訴訟にまで至らしめた張本人にほかならない。
従って、被告が原告に対し、慰謝料及びその弁護士費用を賠償するのは当然である。
また、被告は、
「そのような被告会社が(というより誰であっても)原告の主張するように、当初100万円の支払いを確約しておきながら、払う段になって惜しくなって4万円余に値引きするというのは、常識で考えてもありうる話ではない。」(12頁1行目以下)
と主張するが、しかし、これこそ「常識」という名の下にただ勝手な主張をしているとしか言いようがない。もしも、本当にこのような話が「常識で考えてもありうる話ではない」のならば、どうして今回の裁判にあたって、かくも大勢の同業者であるフリーのイラストレーターたちがわざわざ自分の仕事の時間を割いてまで、法廷に傍聴に来るのだろうか。それは、この人たちにとっても、本件のような悪辣な弱い者いじめの事例が決して他人事ではなく、まさしくいつ自分たちの身に降りかかってくるとも限らない切実な関心事だからに他ならない。
四、被告の損害について
被告は、被告の損害(逸失利益)について次のように主張する。つまり、
原告が平成7年10月ころ、「本件イラストの出版元のH出版に電話して、担当者にこの間の事情を説明した」こと、つまり、
『その前の10月11日電話でやりとりした際、訴外としとが原告に対し、
「あなたのことを調べて、その上で料金を決めて請求金額を内容証明で送ります。二、三日にはできないけれど、すぐ送ります」
と約束したにもかかわらず、その後一週間以上たっても、訴外としから約束の回答書(内容証明)が送られてこないので、それでやむなく、原告は本件イラストの出版元のH出版に電話して、担当者にこの間の事情を説明した。』
ことをもって、そのために被告は本シリーズを二冊編集しただけでH出版との契約を打ち切られたのであり、そこで、本シリーズの38冊分の編集代金が得られなかったという損害(逸矢利益)を原告が賠償すべきであると主張する。
しかし、これまたとんでもない言いがかりである。そもそも被告とH出版との間には、被告自身が準備書面一・四頁八行目で認める通り、本シリーズ40冊を編集する編集委託契約自体からして存在していない。それゆえ、そもそも38冊分の編集代金自体が、被告に保障された利益でも何でもない。
しかも、本シリーズが三冊目以降、被告に発注されなかった原因・理由についても、被告は単なる憶測でものを言っているにすぎず、何等の証拠も示していない。しかも、原告がH出版に問い合わせたのは、単に、被告がのちになって言い出した見積金額を事実かどうか確かめるためであって、それ以外の何物でもない。もしかりに、原告のこのような言動が原因なら、原告がかかわった一冊目の段階で編集の仕事は打ち切りになるのが自然であり、それが二冊目も被告会社で編集したということ自体、原告の言動が被告とH橋出版との関係に何の影響を与えなかったことを雄弁に物語るものである。
また、万が一原告の言動が被告とH出版との関係に影響を与えたとしても、それはこのような悪辣な行動をとっている被告の正体が暴かれたというべきであり、まさに自業自得にほかならない。これをもって、原告に対する損害賠償とは倒錯も甚だしい。
以 上
Copyright (C) daba