7.02/94
事件番号 | 東京地裁民事第29部 | 平成5年(ヨ)第2538号 著作権侵害差止仮処分事件 |
当事者 | 債権者 | 辻なおき |
債務者 | 真樹日佐夫ほか2名 | |
申立 | 93年 5月23日 | |
決定 | 94年 7月 1日 | 申立を認める。 |
拝啓、既に今朝の朝刊でごらんになっておられるかと思いますが、昨日、裁判所より 「タイガーマスク」の無断続編である「タイガーマスク
THE STAR 」の出版を差し止め るという仮処分の決定が出ました。内容的には、裁判所の判断の前に「タイガーマスク THE
STAR 」の東スポ連載が終了してしまったため、真樹日佐夫氏らに対する執筆中止 や東京スポーツ新聞社に対する連載中止を求めることができず、残った「タイガーマス
ク THE STAR 」の単行本の出版差止だけが認められるという形になりました。
しかし、著作権法の解釈としては、「タイガーマスク THE STAR 」を執筆し、出版することは著 作権侵害であることを全面的に認めた、その意味で、我々の主張を全面的に認めた判断
となりました。
こうした、わが国の漫画界のみならず著作権ビジネスにとって画期的な 判断を勝ち取ることができたのは、当初から陳述書提出などで一貫して協力いただいた
ちばてつや氏とながやす巧氏、忙しい中アンケートの回答に御協力いただいた沢山の漫 画家の方々、それにこれらの一連の作業の真の指揮をとっていただいた千葉研作氏、そ
の他大勢の方々の熱意と御協力によるものです。心から御礼申し上げます。
今回の勝訴について、ひとつ個人的なエピソードを述べさせて下さい。
実は、今回の「タイガーマスク THE STAR 」の出版差止の仮処分の申し立てを行なう 時点で、大方の法律家の見解は、勝つのは難しい、無理だというものでした。水島新司
さんのアンケート回答のように「そんなバカな判断が出るわけがないと信じている」と いった確信を表明するやつは一人としていませんでした。
それは、法律家というもの が、だいたい過去の裁判例という情報の整理屋でしかなく、そのため今回のような裁判 例もなければ、文献にのってもいない文字通り『未知との遭遇』のようなケースに対し
ては、おおむね無難に「まあ無理でしょう」という回答でお茶を濁す場合が多いからで す。その意味で、まともな法律家というのは本質的に形式主義者であり、それゆえ保守
主義者なのです。
しかし、私にはそれがどうしても気に食わなかったのです。もともと 私は、まともな法律家のように法律とか法規範がこの世に実在するとも思っていません
し、また実在するかのようにうまく振る舞うこともいやなのです。私にとって、法律と か法規範とはいわば仮の姿でしかありません。真に存在するものは事実、これしかないのです。そして、この事実のうち、今回で言えば、漫画界に身を置く人々が日々空気のように当然のものとして了解してきた、あえて言葉にさえするまでもない、暗黙の良識
・確信といったもの、いわば「業界の無意識の確信」といったものこそが決定的に重要 な事実なのだと思ってきました。そして、この「業界の無意識の確信」に法的な表現を
与え、業界のことに全く無知な裁判所にも了解可能な形にまでに理論的な表現を仕上げ ること、これこそ私が法律家としてなし得る唯一の仕事であり、やり甲斐のある創造的
な仕事なのだと思っていました。だから、過去に裁判例がないとか文献がないなどとい うのは、この「業界の無意識の確信」に法的な表現を与える上で、ちっとも障害ではな
かったのです。
もっとも、今回は急を要する事件であったため、本件について「漫画界の無意識の確 信」というものが一体何なのかを見極める時間が----かつてドラマや文芸の著作権事件
をやったときに1年かけてシナリオ講座に通い、実際にシナリオを何本か書いたり、同 じく1年かけて文芸の専門家と物語の構造分析の検討をおこなったりするような時間が
----まったくとれなかったのです。それで、とりあえず、もしそんなことがまかり通っ たら、誰でも過去の名作漫画のキャラクターに乗っかって自由に続編をでっちあげるこ
とが出来ることになる、そんなのおかしいじゃんけ、ただそういった個人的な直観だけ を頼りに出発したのですが、それが果して的を得たものかどうかすこぶる不安でした。
そこで、第二弾、第三弾のターゲットにされている、ちばさんやながやすさんにも、 ----忙しく、時間が取れないことを承知で----無理言って強引に会わせてもらい、本件
に対する感想を、率直な生の感想を何とか聞きたいと思ったのです。おふたりとも、初 対面の弁護士なんかに、きっといやな 思いをされたと思うのですが、時間をとってくれました。
ちょっと個人的な話になりま すが、私はもともと無意味な受験勉強ばっかりやらされてきたため、漫画を全然知らな いできました。それが、学生時代、仲間の不良どもにまんまと騙されて、全く不向きな
司法試験に足を踏み入れて毎年失敗していた20代後半ころ、私が出会った1冊の本が あります。それは「おれは鉄兵」でした。当時、泥沼にはまってうちのめされて私は、
「おれは鉄兵」を読み、そこで、人がどう言おうと何と思おうと、自分は、鉄兵のよう に「あるがままの自分」でやるしかない、やり続けるしかないことをはじめて思い知ら
され、長いしょうもない受験勉強の中ですっかり腐っていた私に、自分を取り戻す初め てのきっかけと勇気を与えてくれたのです。だから、ちばさんとは初対面にもかかわら
ず、私にとってすごくなつかしい人でした。それで、とくにちばさんの言動に注目しま した。しかし、弟の研作さんはよく喋ってくれたのですが、肝心のちばさんはなかなか喋っ
てくれないのです。そのうち、時間も過ぎ、退席する間際になって、ちばさんが、下を むいたままポツリと、吐き捨てるように「とんでもないことだ」と漏らしたのです。そ
の瞬間、私の迷いは吹っ切れました。
「とんでもないことだ」これが、ちばさんの「漫画家としての無意識の確信」をズバリ 表明したものだ、そして、これが同時に「漫画界の無意識の確信」にちがいないと得心
がいったのです。たった10分足らずの対面でしたが、私には、かつて最も悲惨な時期 に自分を絶えず激励してくれた「おれは鉄兵」との長いつきあいの時間があったせいか
、いいかえれば「おれは鉄兵」という作品を通じて作者のちばさんと一読者の私との間
で一種不思議な時間を共有する経験があったせいか、その蓄積された時間が私に一挙に 不思議な確信を与えてくれたのかもしれません。その後、私は、ガリレオのように、
すっかり強気になりました。これが時間のなかった今回の裁判を支えてくれた最も大き な確信となったのです。
もっとも、途中で、裁判官が私の確信に満ちたラヴレターをちっとも理解してくれな いので、漫画界と司法界とのコミニケーションを橋渡しする自分の力不足にすっかり自
信を失ったり、余りにも頭の固い裁判官に業を煮やしたりしました。そのため、再び、 漫画家の方々に御協力を仰ぐ羽目になってしまいました。
しかし、結果的には、これら のアンケートを通じて、裁判官のみならず、私にとっても、「漫画界の無意識の確信」 というものをより掘り下げ、考えさせられるとてもよい機会となりました。その意味で
、先日お送りした準備書面(5)は、私にとって、曲がりなりにも、漫画界と法律家と の協同作業の最も貴重な成果だと思っています。
最後に、私は、やっぱり、映画でしたら実際に脚本執筆の場に立ちあったり、ロケの 現場に立ちあったりするのが大好きなのです。その意味で、漫画では、これまで寡黙な
ちばさんと10分くらい会ったり、アンケートで文字を通してしか皆さんにお目にかか れていません。今後、もし機会がありましたら、是非とも制作現場を見学させて下さ
い。
ご協力、本当にありがとうございました。
とりいそぎ、御礼とご報告まで。
敬 具
1994年7月2日
辻直樹 代理人
弁護士 柳 原 敏 夫
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