12.10/93
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この裁判は判決だけ眺めていると、いかにも最初から最後まで被告の圧勝という印象を受け、難なく勝った事件のように見える。しかし、実際は、そうではなく、一審の最終ラウンドの時点で、我々は、数字的にひどい劣勢の立場にあった。
----8年目を迎えた4月、新たに着任した確か4代目の新任裁判長の指揮により、和解手続に入り、その席上、裁判長から、被告の我々に向かって「原告の3つの請求のうち、ドラマの著作権侵害は無理として、残りの2つについては、著作権侵害を前提にした和解を検討されたい」旨表明された。パーフェクトの勝利を予定していたのに、いわば1勝2敗を告げられたのだった。これは青天の霹靂にもひとしい出来事であって、この時点で、我々一同、気が滅入ってしまった。
しかし、考えようによっては、このときから初めて批評活動が始まったとも言える。裁判長の宣告がもたらした危機感がその後の約7ヶ月余りの活動に緊張感を導入し、我々の批評活動の質を決定したのだから。とにかく、裁判所が陥っている「俗情との結託」つまり、字面文字面が似ているだけで直ちに著作権侵害なのではないか、という思い込みを改めて、理論的に徹底的に打破する必要があった。
そのような認識的な格闘を余儀なくされて、我々は、一方で、これを理論的に解明する専門家の鑑定書を作成する必要があり、この作業に足る人物の捜索が始まったが、しかし実は、この種の作業に堪えられる頼みとなる専門家が殆どいないのに愕然とし、困り果てていたとき、たまたま見たNHK教育の「漱石探求」に出演していた小森陽一氏の話を聞いていて、彼がいいと思い、初対面の癖に、忙しい彼を拝み倒して(本人は「殆ど脅迫だった」と後日、語っている)協力してもらった。事実、彼とのディスカッションで多大な教えを受けた。他方で、何とか、ドラマストーリーが原告本の著作権侵害でないことを文芸の素人である裁判官に人目で分かる手立てはないか、と図形やグラフ(数学でいう幾何)や表(統計表)を活用することを模索した。
93年10月、裁判所は、法廷外の会議室なような場所で、双方の言い分をたっぷり聞いてくれる説明会を設けてくれた。我々は、この半年間の懸命な努力をここでぶつけるべく、立体図形やら統計表やら様々な工夫をこらして準備した(これに反し、2勝を聞かされた原告側は、勝利の美酒に早くも酔いしれてしまったせいか、殆どまともな準備をしてこなかった)。
この手続の中で、我々の説明を聞いていた裁判官(判決を担当する裁判官)が、突然、「ウッ!」と低くうめいたのを覚えている。彼は、血の気が失せたようになって、我々の説明を聞いていた。どうやら彼は自分の間違いに気がついたようだった。
この瞬間、初めて、原告の2勝1敗という夢は崩れたのであり、我々は、引き続き、小森意見書というサヨナラ満塁ホームランで最後のとどめを刺したのである。
以下は、その説明会に用意し、その後、証拠として提出したものの一部である。本当は、このとき用意した立体図形とか模型なようなものも掲載したいのだが、説明会で裁判官にそのあともじっくり見てもらいたいので、プレゼントしてしまって、手許にない。せめて、写真でも撮っておけばよかった(当時は、そんな余裕はなかった)。
この時、統計の作業を行ない、グラフや表を作成していて、もっときちんと統計の勉強をしてけばよかったと悔やまれた。幸い、こんな小学生並みのグラフで稚拙なものでも、それなりに目的を達成したが、もっとデリケートな事案だったら、歯が立たなかった。その後、仕事を中断し、ニセ学生を始めたときに、統計の勉強もかじったが、未だ、成果が出るには至っていない。忸怩たるものがある。
事件番号 | 名古屋地裁民事第9部 | 平成6年(ワ)第4087号 著作権侵害損害請求事件 |
当事者 | 原告(控訴人・上告人) | 山口 玲子 |
被告(被控訴人・被上告人) | NHKほか2名 | |
一審訴提起 | 85年12月28日 | |
一審判決 | 94年07月29日 | |
控訴判決 | 97年05月15日 | |
最高裁判決 | 98年09月10日 |
一、 主 語 ・ 主 体 一 覧 表
作成者 「ドラマストーリー」作成補助者 松島利昭
二 、 統 計 グ ラ フ
作成者 弁護士 柳原敏夫
三 、 時 代 区 分 対 照 図
作成者 日本放送協会総務局法規部 渡辺明
センテンスの主語が誰か、或いは主語が記述されていない場合には、それは誰について語った
ものか(科白の場合は、科白の語り手が誰か)を両作品の全センテンスにわたって調べ、これを
貞奴、音二郎、桃介、房子、その他の五つに分類して、各章ごとにまとめたものです(具体的に
どのように主語・主体を調べたかを明らかにするために、参考までに、両作品の冒頭部分を検討
したものを添付します)。
この一覧表により、
1.各章ごとに、いったい誰が「主人公」か、或いは各人物にはどの程度の「主人公性」が認めら
れるか
2.貞奴なら貞奴という人物が、作品の「初め」から「終わり」に至るまで、「主人公性」或いは
「重要性」がどのように推移しているか
などが明らかになります。
この統計資料の詳しい見方については、小森意見書(乙第一二三号証)の一六頁以下を御参照
下さい。
→主語・主体一覧表へ
以 上
二 、 統 計 グ ラ フ
統計資料「主語・主体一覧表」が意味するものを、ひと目で分かるようにしようと試みたもの
が、この統計グラフです。二種類あって
A.各章ごとに、貞奴、音二郎、桃介、房子の四人の登場人物の主語・主体の数をグラフ化し、
これを両作品で対比(左が原告著書、右がドラマストーリー)してみたもの
B.四人の各登場人物ごとに、作品の「初め」から「終わり」に至るまで、主語・主体の数がど
のように推移しているかをグラフ化し、これを両作品で対比(実線グラフが原告著書、点線グ
ラフがドラマストーリー)してみたもの
これによって、
Aより、各章ごとに、いったい誰が「主人公」か、或いは各人物にはどの程度の「主人公性」が
認められるか、がひと目で分かると思います。従って、共に全一〇章からなる両作品の同じ章同
士を対比すれば、各章ごとに両作品の「主人公」或いは「主人公性」が同じものか、或いはどう
ちがうものかがはっきりします。
Bより、貞奴なら貞奴という人物が、作品の「初め」から「終わり」に至るまで、「主人公性」
或いは「重要性」がどのように推移しているか、がひと目で分かると思います。従って、共に全
一〇章からなる両作品の全体の推移を対比すれば、各人物について、作品全体における「主人公
性」或いは「重要性」の推移の仕方が同じものか、或いはどうちがうものかがはっきりします。
→1、貞奴と音二郎の、両作品の各章ごとの主語・主体の数を折れ線グラフで対比したもの
2、桃介と房子の、 両作品の各章ごとの主語・主体の数を折れ線グラフで対比したもの
3、貞奴・音二郎・桃介・房子とその他人物の、両作品の序章・1章における主語・主体の数を棒グラフで対比したもの
4、貞奴・音二郎・桃介・房子とその他人物の、両作品の2章における主語・主体の数を棒グラフで対比したもの
5、貞奴・音二郎・桃介・房子とその他人物の、両作品の3章における主語・主体の数を棒グラフで対比したもの
6、貞奴・音二郎・桃介・房子とその他人物の、両作品の4章における主語・主体の数を棒グラフで対比したもの
7、貞奴・音二郎・桃介・房子とその他人物の、両作品の5章における主語・主体の数を棒グラフで対比したもの
8、貞奴・音二郎・桃介・房子とその他人物の、両作品の6章における主語・主体の数を棒グラフで対比したもの
9、貞奴・音二郎・桃介・房子とその他人物の、両作品の7章における主語・主体の数を棒グラフで対比したもの
10、貞奴・音二郎・桃介・房子とその他人物の、両作品の8章における主語・主体の数を棒グラフで対比したもの
11、貞奴・音二郎・桃介・房子とその他人物の、両作品の終章における主語・主体の数を棒グラフで対比したもの
以 上
三 、 時 代 区 分 対 照 図
両作品の各章ごとに、それが何時から何時までの時代を扱ったものかを調べ、この時代区分を貞
奴が浜田屋へ駆け込んだ明治八年から貞奴の死んだ昭和二一年までの七一年間を目盛った数直線
に対応させたものが、この時代区分対照図です。
左が原告著書、右がドラマストーリーです。
この対照図により、共に全一〇章からなる両作品の各章同士について、その時代区分が同じも
のか、或いはどうちがうものかがはっきりします。
もともと二つの作品の作品内容が同じものであれば、当然、描かれている時代も同じ訳ですか
ら、それゆえ、作品内容の同一性を判断する上で、この各章同士の時代区分を対比することが大
変重要な判断資料となります(そして、作品内容が同一でないと認められる場合には、当然その
表現形式も同一でないと判断されます)。
以
上
原 告 本 ド ラ マ ス ト ー リ ー
貞奴 音二郎 桃介 房子 その他 貞奴 音二郎 桃介 房子 その他
《序章》 《プロローグ》
地の文 61 15 2 0 67 地の文 4 1 0 0 6
引用 4 3 0 0 1 引用 0 0 0 0 0
台詞 0 0 0 0 8 台詞 4 2 0 0 5
計 65 18 2 0 76 計 8 3 0 0 11
センテンス合計(161) センテンス合計( 22)
《1章》 《1章》
地の文 107 0 20 0 181 地の文 11 20 10 0 41
引用 18 0 0 0 13 引用 0 0 0 0 1
台詞 5 0 0 0 7 台詞 1 5 1 0 1
計 130 0 20 0 201 計 12 25 11 0 43
《2章》 (351) 《2章》 ( 91)
地の文 47 145 3 0 250 地の文 17 36 8 3 49
引用 4 13 0 0 20 引用 0 0 0 0 0
台詞 0 0 0 0 0 台詞 4 7 1 0 8
計 51 158 3 0 270 計 21 43 9 3 57
《3章》 (482) 《3章》 (133)
地の文 54 75 0 0 234 地の文 28 35 15 11 40
引用 12 14 0 0 4 引用 0 0 0 0 3
台詞 3 3 0 0 4 台詞 3 6 1 1 14
計 69 92 0 0 242 計 31 41 16 12 57
《4章》 (403) 《4章》 (157)
地の文 45 40 0 0 222 地の文 18 33 0 0 45
引用 23 6 0 0 20 引用 0 0 0 0 2
台詞 1 0 0 0 0 台詞 9 7 0 0 5
計 69 46 0 0 242 計 27 40 0 0 52
《5章》 (357) 《5章》 (119)
地の文 107 80 0 0 227 地の文 14 21 0 0 59
引用 25 14 0 0 20 引用 0 0 0 0 0
台詞 1 1 0 0 1 台詞 5 8 0 0 9
計 133 95 0 0 248 計 19 29 0 0 68
《6章》 (476) 《6章》 (116)
地の文 56 68 2 0 210 地の文 16 10 14 3 39
引用 16 15 0 0 12 引用 0 4 0 0 0
台詞 0 1 0 0 0 台詞 6 1 7 0 15
計 72 84 2 0 222 計 22 15 21 3 54
《7章》 (380) 《7章》 (115)
地の文 129 14 20 0 172 地の文 6 12 8 2 48
引用 47 11 0 0 18 引用 0 1 0 0 1
台詞 0 0 0 0 1 台詞 1 2 1 1 2
計 176 25 20 0 191 計 7 15 9 3 51
《8章》 (412) 《8章》 ( 85)
地の文 114 1 86 24 257 地の文 28 15 7 3 56
引用 6 0 12 0 14 引用 0 0 0 0 1
台詞 6 0 1 1 5 台詞 7 2 1 1 5
計 126 1 99 25 276 計 35 17 8 4 62
《終章》 (527) 《エピローグ》 (126)
地の文 93 5 22 0 181 地の文 6 1 2 0 4
引用 1 0 0 0 5 引用 0 0 0 0 0
台詞 2 0 1 0 4 台詞 1 0 0 0 0
計 96 5 23 0 190 計 7 1 2 0 4
センテンス総計 3863 センテンス総計 978